荒れ地のダンジョン(13)
ダンジョンは5階で切り上げることになった。
魔物との戦闘はトールたちも慣れているつもりだったが、こんなに連続して戦ったこともなかったのだ。当然疲れが出た。
さらに、いくら魔法で完璧な回復をしていても、大怪我を負ったグランヴィーオのことも気になっている。
「問題ない」
と、本人はいつもの何を考えているのか分からない調子で言っているが、顔色は悪い。
それに当初の目的の、ダンジョンの様子を見るという任務はこれくらいでいいだろうということだった。
あのオルトロスとかいう魔物は、めったに出てこない幻獣というものだそうだ。一度退治すれば、そう何度も出てくるものではなく、今回はイレギュラーだったらしい。だから、危険といってもさんざん戦ったあの憎らしいうさぎと、大小の犬くらいだ。
なので、サクサクと来た道を戻り、今は地上だ。
「はあー、やっぱり外は明るいっすね」
グリウが背伸びをする。だが、トールは首を傾げた。
「明るいは明るいが、空気が……」
「んーやっぱり埃っぽいよね」
言葉にできなかったところを、オハイニが言ってくれた。そう、妙に口当たりが悪い。
ダンジョンの、湿気とやらも最初は気持ち悪かったから、ようは環境の違いなんだろう。今までほとんど荒れ地からそうそう出ることがなかったから分からなかったのだ。
「……物資も残ってるし、このまま帰るか」
ダンジョンには4時間ほどの滞在だった。多めに1日分の食料などを持っていたが、余ってしまった。
「賛成!」
「そうだなー」
「……」
各々賛成らしいリアクションをするが、ひとりだけ、無反応の男がいる。
グランヴィーオは、何か考え込んでいるらしかった。
「どしたの?」
オハイニが尋ねると、おもむろに動き出すグランヴィーオ。
彼はオハイニに手を差し出した。
「……地図を」
「え?うん?」
素直にオハイニが渡すと、グランヴィーオはペラペラとページをめくりながら……歩きはじめた。
「え?なに?」
オハイニの声が聞こえていないのか、うろうろとその場を歩き回る。その後ろをラクエがついて回るので、妙な行進になっている。
グリウはそれを見てケラケラ笑っている。
「また妙なことを始めたな」
ベルソンにまで言われているのだが。
そのうち、ノートをオハイニに返し、また歩くグランヴィーオ。今度は縦に横にと規則的な動きだ。
しばらくして、ふと動きが止まった。
「……少し、騒がせる」
ポツリとそう言って、重厚なマントの上に散りばめられていた装身具をいくつか外す。
「んえ!?」
オハイニが何故かそれを見て、身構えた瞬間。
ぽい、と装身具を投げた。
次にトールたちが感じたのは。
ドオオオオオッ!
という、轟音と、立っていられないほどの地響きだった。
トールはよろけて地面に膝をつく。遅れて、周囲には、大量の土埃が。
目も開けていられず、じっとしていること、1分ほど――
ようやく、揺れが収まった。
「何……」
をしたのか、あの魔術師は!
驚きと怒りで立ち上がって、周りを見渡すと、視界を覆っていた土埃は、さあっ、と薄くなっていく。
「げほっ、もう、何するかちゃんと言ってよね!?」
姿が見えたオハイニの周囲が光っている。……どうやら魔術で土埃を取り除いたのは彼女のようだ。
だが、向こうのグランヴィーオは、微動だにしないまま前を見ている。
「おいおいおい……」
グリウの引きつった声。
トールも思わず息を呑む。
グランヴィーオの前に、大きな穴があいていた。
「またダンジョン作ったの!?」
オハイニの悲鳴。
だが、グランヴィーオはのんびりと、違う、とのたまった。首を傾げ、
「……失敗か?」
「だから何、」
オハイニの、喚く声はまた起こった轟音でかき消えた。
どおん!という、腹の底から揺れるような音、それと同時に、グランヴィーオの前の穴から何かが勢いよく噴き出した。
ざああああ、と耳慣れない、何かが大量に擦れるような音と、柱のように噴き出る――
「……水!?」
オハイニの驚く声を聞いたあとに、ぱたり、と顔に何かがかかった。
拭っても、特に新しい汚れは見当たらない。そのうちいくつも同じ感覚に見舞われた。それでようやく、1年以上前に降った雨の日のことを思い出した。
穴から噴き出したものは、そのまま空に昇っていったようだった。
「……で、説明を。グランヴィーオ」
オハイニのまたか、という呆れ返った声に、ようやくこちらを向いたグランヴィーオは相変わらずの乏しい表情だった。
「ダンジョンは作っていない。あれは純粋な魔法のみで発現する。今のは、すべて魔力封石を軸に構築した魔術だ」
「そう、で?」
「既存のダンジョンに穴を開けた」
「どうやってダンジョンの構築崩したのよ!?」
「中に入ったときに擬似構築を繰り返した。分析は――」
「アンタアタシらに全部任せて何してんのかと思ったらダンジョンの解析!?」
「そうだ。それで脆弱性と構築再現は少しばかり理解し――」
「穴開けたの!?水は……まさか、あの池!?」
「そうだ。貯水量はそれなりだっただろう」
ラクエが池の上を飛んで、どれくらいの大きさで深さがあるのか、グランヴィーオが調べていた。
グランヴィーオはしれっと、ワケのわからないことを続ける。
「すべての水を使った。気温は調節できないが、」
「そこ、はしょって」
オハイニが怒り半分の顔で、グランヴィーオへ指示した。
「……風もコントロール、」
「次」
「…………細分化した水が、」
「結果だけどうぞ」
「雨が降る」
「……はい?」
全員ぎょっとして魔術師の男を見た。
「だから、雨が降る。あと2,3日後に鉱山周辺で」
「……池の水で雲作って雨を降るようにして、鉱山のあたりで雨が降る、ようにした?」
「そう言っている」
ちょっと怒ったのかもしれない。表情は変わらないが。
トールなどは何一つ理解できないが、ただ一つ言えるのが――
魔法のことで、グランヴィーオは嘘をついたことがない。
急いでも1日半はかかる道だ。
疲れもあって歩が乱れがちなのもあって、西の村に戻るのに2日近くかかった。
――雨が降ったのは、ちょうど村に入ったときだった。
雨の量は多くもなく少なくもなく、さらさらととめどなく西の村のほとんどの家の屋根を濡らしていた。
みんな驚愕の顔で天を仰いでいる。
雲で薄ら暗がりになり、お世辞にも明るくないのだが――
数分後には、村人は喜び勇んで桶や瓶、割れかけたカップまで、あらゆる入れ物を家から持ち出して軒先に並べた。
歌が流れている。
故郷の祭りの歌だ。
「……なんと、この雨は、グランヴィーオ様が」
村長のロドリゴは、しばらく我を忘れたように立ちすくんでいた。祖父が倒れやしないかと、トールは駆け寄ってその肩を支えた。
グランヴィーオは、相変わらずのとぼけた表情だった。
「あの池は1日で元の水量に戻る。必要なら、また行って同じようにしてくる」
しん、とあたりが静まり返った。しとしとと降る雨の音と、グランヴィーオの無感動な声だけが耳に聞こえる。
「ただ、細かい位置は指定できない。せいぜいが鉱山周辺に限定するだけだ、今回は運良く西の村だったが……次は東の村か、鉱山の真上かもしれん」
「グランヴィーオ様」
ロドリゴがその場で膝をついた。
その近くに立っていた村の重役や、自警団の団長、女衆をまとめる女将、その娘や息子……村のすべてが膝を折るのはそう時間がかからなかった。
当然、トールたちもだ。
「我々西の村は、この雨を恵んで下さった救世主、領主様……貴方様に恭順致します。なにとぞ、そのお力で我々をお導きください。そのかわり、我々は、貴方様の手足となり、身を粉にして働きましょうぞ」
グランヴィーオからの言葉はない。
ちらりと盗み見た彼の顔は、何を考えているのか読めない、乏しい表情のままだった。
後に、この宣誓は『雨の庭の誓い』と呼ばれ、栄える国の伝説として語り継がれることとなる。




