荒れ地のダンジョン(12)
「残りのモンスターを始末してしまうぞ」
言えば、トールがものすごく嫌そうに顔をしかめた。
「はあ……なんなんだお前は」
「何がだ」
「そこで待ってろ、すぐ終わらす。オハイニはグランヴィーオについててくれ」
「はいよ」
「襲うなよ」
「お前戻ってきたらただじゃ済まないよ」
精一杯低めたオハイニの声に、ぎょっとしたような顔をしたトールが、そそくさとどこぞへと走っていった。
「はあああもう、心臓止まるかと思った」
オハイニがトールを睨むのをやめて、大きく息をつく。それから真剣にこちらを向いた。
「本当に大丈夫かい?怪我は全部治った?他に不具合は?ともかく座んなさい」
少しふらつくのは、血が足りていないせいだろう。
言われるまま腰を下ろすと、その横にべったりと体を寄せてラクエが座る。
「……?」
「で、本当に大丈夫なの?」
「ああ」
オハイニも座り、その目はじろじろとグランヴィーオの全身を見たが、やがて諦めたように首を振った。
「……ともかく、助けられたね。アンタがいなかったら今ごろ全員あの犬のお腹の中だ」
「だろうな」
「しかし、なんだってこんな……」
オハイニはゾッとしたように、血を流しながら横たわる巨体に目を向けた。
彼女も、この化け物じみたモンスターを知っているのだろう。
オルトロス――世では幻獣と称される1体。
魔物には間違いないのだが、幻獣と呼ぶのは、ただの分類に過ぎない。普通のモンスターと区別される理由は、強すぎる、たったその1点だ。
希少でもある。このオルトロスなどは、300年と100年前に記録が残っているだけだ。
「オルトロス?だよね……なんで、突然、こんなダンジョンの浅いところに……」
「たぶん、バ・ラクエがテリトリーに入って来たからだろ」
魔力絶縁をかけていても、悪神の存在感は消せないのだろう。
今はもう絶命して横倒しになっているが、四つ脚で立ち上がれば成人男性の背丈をゆうに超える体高と、大きな頭がふたつ。全身漆黒の毛並みに小山のような体格。
素早いと聞いていたが、予想をはるかに超えてい
た。まさか一瞬であんな距離を移動するかような速度だとは。
あの巨体で、あの速度。もう少しグランヴィーオがためらっていたら、大惨事になっていた可能性は高い。
「よく倒せたわね」
オハイニはポツリと言った。
「素早いだけだ。知能はそこまで高くなかったんだろ、行動が単調すぎた」
「……アンタが食われた時は肝が冷えたよ」
オハイニはまだ青い顔をしている。
「何かしなくちゃって思ってるうちにアンタが前に走っていって……よく判断できたわね」
「経験の差だろ」
オハイニに戦闘の経験がないのだろうというのは見ていればわかる。魔術師が戦闘するような境遇になることはまずない。どちらかというと、知識を頼りに研究を重ねる立場が多い。
冒険者などをやる、言ってみればそぐわない魔術師はいないわけではないが、食うに困っているからというのがほとんどだ。
村で薬師をしていた女は力なく笑った。それからふと気付いたように、
「あれ?魔力絶縁解いてないの」
「ああ」
「……ってことはさっきの攻撃って」
「お前が言うところの『魔術』だ」
グランヴィーオは『魔法』だろうと思っていた、魔力封石から魔力を引き出し構築する方法は、確かに魔力操作をすれば消える絶縁という初歩的な魔法を解かずにできる、という点は大きな違いだった。
グランヴィーオの考えでは、構築が同一なら、自分自身の魔力でも、外部の魔力でも違いを見いだせるほどのものではないと思っていた。だが、考え直さなければならないかもしれない。
オハイニは少し引きつった顔になった。
「あの……じゃあその封石は、どれだけ使ったわけ」
「……」
自分の身につけていた魔力封石は、無数にあるが……
「半分くらい」
「もったいねっ!?」
オハイニは驚愕してのけぞった。
「早ければ数ヶ月で再使用できる」
「そういうことじゃなくてー!?」
彼女はしばらくどれだけの出力、とか、同時構築の量は、とかブツブツ言っていたが、やがてがくりとうなだれた。
「魔術師って……」
それから彼女はグランヴィーオの隣に座るラクエを見た。
「……あのさ、あのときアンタは……」
「これで、魔物はいないぜ」
オハイニの小さな声にかぶって、陽気な男の声がかかった。
グリウたちが、いくらか戦闘を終えたらしく、汗やホコリを拭いながら戻ってきた。
オハイニははっとして、近寄ってくる彼らを立ち上がって迎えた。
「お疲れさま」
「細かいのがちょろちょろしてたが、敵になんねーよ、あんなのに比べたらな」
トールがうんざりしたように、オルトロスの方を見た。
「バケモンだな。あんなのがダンジョンにはいるのか」
「でさ……」
トールは巨躯の魔物を気にしたが、グリウとベルソンは別のことが気になっている。
「ああ」
グランヴィーオも気づいてはいた。
この5階のフロアは、目算で約100メートル四方の円形のようだった。今までで一番広い。
ボコボコとした岩壁に囲まれているが、光る苔も大量に生えているため、明かりはしっかりあった。
そして、最大の特徴は。
「水だ……」
信じられない、と言わんばかりのグリウ。
広いフロアだが、3分の1が、水に覆われていた。
池だ。
見た限りでは濁ってもおらず、水量もあるようだ。苔の淡い光で、静かな水面が光っている。
「こんな量の水、もう何年も見てねえ」
トールも感慨深そうだ。
「どれどれ」
オハイニは水辺に寄り、バッグから紙の魔力封符を取り出し、そっと水に浸す。
取り上げて、魔力を構築、符の周りにパチパチと光が細かく散る。どうやら成分を鑑定したらしい。
「毒とかはないね、ただ、飲むにはちょっと難しいね」
「飲めないのかー」
がっかりしたようなグリウ。
オハイニは苦笑した。
「畑に撒くとか洗濯とかには全然使えるよ。ろ過と煮沸すれば飲めるんだけど……今は道具がね」
「触ってもいいか」
ベルソンがこころなしかそわそわしていて、オハイニは笑って許可を出す。
男達3人は、顔を見合わせてからいっせいに池に手を突っ込んだ。




