荒れ地のダンジョン(6)
やれやれ、とオハイニは首を振り、それから全員をあらためて見た。
「壁を調べてくれ。よく見たり叩いたりして、何かないか」
「何かってのは?」
「わかりやすいのは隠し通路とか、かな」
オハイニはさっきまで書き込んでいた手帳とちがう別の冊子をポーチから取り出した。パラパラとめくりながら、
「罠とかもあるみたい。異変があったらアタシを呼んで」
「……これってただの洞窟じゃないのか?」
グリウがあたりを見回した。
「地下洞窟が掘り起こされたとかそういう……」
「言ったろ、魔法がかかってる」
冊子をしまいながらオハイニは言った。
「それに、深すぎる。魔物がいるってことはどこかに入口がないと入ってこれないだろ、そんな深い穴は周辺の国にもないし……」
「なるほど……変だな?」
グリウが首を傾げて、トールも考えてみたが、天然の洞窟というにはやはりおかしい。
「……こんなのばっかりなのか、ダンジョンって」
「そうらしい」
オハイニは頷く。
「おかしいって、わかりやすいのは、ペンテイラのダンジョンかな。山奥にあいた穴の下が、立派な豪邸になってる」
「豪邸?」
「それはまた……」
「誰もいないのに、ダンジョン探索に行ったときには柱にかかった燭台にはろうそくがあかあかと灯っていて、いつ行っても点いてる。発見の記録は200年以上前、未だに点いたままらしい」
「……まだ苔のほうがマシだな」
怪談である。
ゾッとしたのを振り払いたくて、トールは壁に近づいた。
「ともかく、調べればいいんだな?」
「ああ」
返事をしたのはグランヴィーオだった。
「この階になにもなければ、このあとは壁の仕掛けは無視で良いだろう」
「え?詳しくしなくていいの」
オハイニはキョトンとグランヴィーオを見ている。
「今回は、どのようなダンジョンか観察しにきただけだ。本格的に探索するには時間も人間も道具も足りぬ。言ってみれば、今回は浅いところにどのような魔物がいるかだけの調査だろう」
「あー……直近危険があるかだけだね、たしかに」
「浅いところ……って、俺らは1日ほどの準備してたっすけど、どれくらいの深さになるとか……」
「一番深くまで潜ったダンジョンは、200階近くあったけど、」
「200」
「まだ最下層は見つかってない。基本的に、ダンジョンのモンスターは浅いところは弱くて深いところは強い。200階ともなると魔物が強すぎて、その国の騎士団と最強と謳われる冒険者の連合軍で今もまだ探索中。死傷者は数知れず」
「げえ……」
「構造も複雑になっていって、200階のダンジョンは地図がなかったら迷って出られない迷宮だって話」
「だから地図を書くってことなのか」
「……なあ、200階ってどれくらいの深さなんだ」
ふと気になった。
このダンジョンだって、まだ入りたてだというのにそこそこの深さだろう。
おそらく鉱山の掘り進んだところより深い。
200階……というのはつまり今いるような、こういうフロアが下に200も重なっているということだ。
トールは聞きながら頭が痛くなって軽く押さえた。
グランヴィーオが来てからというもの、トールの想像を遥かに超えたことばかり見たり聞いたりする。頭が良い方ではないトールの限界が近い。
オハイニはあっけらかんと肩をすくめた。
「さーね。深いってもんじゃないでしょうね、地下だから測れないけど。一部では世界の反対側の人たちにコンニチハする日も近いんじゃないかって言われてるしねー」
「反対側?世界の?」
「ん?」
オハイニはトールをキョトンと見た。
「ああ、そっか、まだその理論は一般的じゃないか」
「反対側ってどういう……?」
グリウがしきりに手をあれこれ動かして顔をしかめている。ベルソンは首をわずかにかしげてそのグリウの手を見ていた。
オハイニは頭をかきながら苦笑した。
「これは難しいなあ……えっとね、世界って何だと思う?」
「は?」
トールが声を上げて、グリウは手を動かすのをやめてオハイニをじっと見た。
意味がわからない。
「まーそうよね。ともかくね、アタシたちが立っている地面はどこまで続いてると思う?」
考えたこともなかった。
グリウがおそるおそる口を開く。
「……確かずーーーーっと遠くに世界の果てがあるっていうのを聞いたことあるぜ。海とか全部そこに落ちていくとか」
「……蛇がとぐろを巻いているのに囲まれていると俺は聞いた」
ベルソンがむっつりとそんなことをいう。
トールは……聞いたことがあるような気がするし、全然知らない気もする。
「世界を囲む蛇に会いに行く男の話があった」
グランヴィーオがふとそんなことを言った。
「なら、蛇がいるってのか?」
「その男は、何日も歩いた」
トールには答えずグランヴィーオは淡々と話す。
「山を越え谷を越え、海や大河を渡り、魔獣と戦い、竜に会い、恐ろしい力を持った人の形をした悪魔にも打ち勝った。だが、男は、蛇に会えなかった」
「世界の果ては蛇じゃないのか」
「男はいつの間にか、自分の住んでいた国に戻ってきていた」
「諦めたのか?」
「いや」
ゆっくりと、グランヴィーオはオハイニを見据えた。
「男は真っ直ぐに歩いた。どんな深い谷や高い山があっても真っ直ぐに」
「……なのに戻ってきた?」
「世界の果てがなくて、全部つながってるってことっすか?」
グリウが驚いて自分の手のひらを見つめた。
「繋がって……反対側の……」
「世界は丸い、という仮説があるのさ」
オハイニは薄っすらと笑っている。
「え!?」
「それは……」
「色々証拠はあるよ。ただ、知られていないだけで」
「なんで知られてないんだ?」
「さあね……」
オハイニは言いながら、グランヴィーオから目を離さない。
「ずいぶん物知りだよね、グランヴィーオって」
「魔術師は知者であれというのは常識だろう」
「……まあ、いいさ」
ふん、とオハイニは不満そうに鼻を鳴らした。
(なんだ?まるで知ってるのが悪いみたいに)
隠そうとしているが、オハイニはなんだか機嫌が悪そうだ。そう、グランヴィーオが蛇に会いに行く男の話を言い出したときから。
グリウが寄ってきて、こっそりとオハイニを指し、トールに訴えるからこちらも頷く。
「俺には分からん、学がないからな。ここが向こう側とやらに突き抜けるような深いダンジョンじゃねえことだけは祈るがな」
「……そうねえ、どこまで行くのか楽しみだわ」
オハイニは少し苦笑いしたようだった。
「ともかく、今はこのダンジョンに集中だわ。この階あらかた調べたら次に行きましょ」
オハイニがいつもの調子で軽く言って、トールたちは頷いた。
グランヴィーオは、何を考えているのか、いつもの乏しい表情でじっとオハイニを見つめていた。




