荒れ地のダンジョン(5)
地下に潜っていく穴は狭く、人が両手を広げて通れるくらいだ。広がって歩くわけにもいかず全員1列で進んでいく。
先頭にグランヴィーオとラクエ。その後ろがベルソン、次にトール。後ろの方にグリウとオハイニが後方を気にしながらゆっくりと歩く。
緩やかに下っていって、カーブを描いている。ゴツゴツしていた岩肌が、だんだんと滑らかになっているのがわかる。苔も数が多くなり、光はますます強い。
「なんか……空気がおかしくない?重いっていうか」
グリウがなんとなく不安そうにこぼすのが聞こえる。
たしかに、妙に服が肌に張り付く気がする。
「水があるって証拠だ。……ほら」
オハイニが立ち止まり、手を宙で振った。
とたんに空中で、大粒の水が、いくつもいくつも生まれては落ちていく。
「……水だ!?」
「湿気が多い……空気中に滴るほど水が多いってことだ」
ことさらすましたような顔でオハイニ。
「驚いてないで行くよ、目的はこれがどんなダンジョンか見ることだから」
見たことがないほど真面目な顔をして、オハイニは手帳を書き込みながら言った。
「ダンジョンはモンスターがいるんだ、絶対に。まだ出てきていないだけで、いつ襲われてもおかしくない。気を引き締めな」
まだまだ穴を降りていき、10分後にようやく広いところに出た。
ちょっとした広場のようだった。村の広場の一回りほどの空間で、天井はそこまで高くなく、やはり苔がいくつも生えて光っていた。
――そして。
「えっ犬……?」
あっけにとられたようなオハイニの声を聞き流しながら、トール、それにグリウとベルソンは自分たちの得物を構えた。
広場のようなその平らな地面に、獣の姿が数匹あった。
オハイニがこぼしたように、中型の犬に見える。
茶色の毛並みで、腰布を巻き、牙が発達して上顎からはみ出している。
「コボルト!」
グリウが短く叫ぶ。
こちらに気づいていたその魔物、コボルトはダッと4本の足で地面を蹴った。
犬と同じくらい頭が良く、たまに2本足で武器まで扱い、魔法まで使うその犬型の魔物に、警戒心からぐっと剣を持つ手に力が入る。トールが一歩踏み出そうとした、その時。
叫び声が上がった。
それも複数。
「ぎゃあああ!」
「キャンッ!」
「キャウウウウッ!」
一つはおそらく、人間の声で、後ろから上がった。
他は、コボルトだろう……眼の前で、牙を剥いたと思ったらくるりと尾を見せて離れていった。全部だ。
奥にすぼまった穴があり、そこに一目散に入っていくコボルトを改めて数えると5匹いた。
「……なにが起こった?」
「さあ……」
「……」
グリウとベルソンを見るが、トールと同じように疑問をそのまま顔に浮かべている。
目の前のグランヴィーオとラクエを確認するが、変わった様子はない……不自然なほど。ぼうっと二人でコボルトが逃げていった方向を見ている。
そして、最後のオハイニは。
「ひぃいい……」
しゃがみこんで、ガタガタと震えている。
「あ、姉さん……」
「大丈夫か」
「大丈夫じゃないぃぃ……」
彼女の真っ青な顔を見て、ふと、思い出した。
「グランヴィーオ。おい、もしかして魔力を感知させないとかいう術をやめたのか」
「……」
無言だったが、魔術師の男はなにか思ったらしくマントを揺らした。
するとオハイニが落ち着くので、どうもトールの言うことは当たりだったらしい。
「……お前、また大きい穴でも作るつもりだったのか」
少し警戒しながら、聞く。
こちらを振り返って一瞥したグランヴィーオは、無表情に近いいつもの表情だった。
「場合によっては」
「……あのな、ここは地下だぞ。崩れたりしたらどうするんだ」
「崩れはしねえよ」
そして、グランヴィーオの口調が変わった。
いつもは貴族でも相手にしているのかと思うほど慇懃なのに、たまに、こうやって自分たちのようにぞんざいな口調になる。自分のことも、『私』から『俺』に言い方が変わっている。
トールたち西の村の民は、ほとんどが住んでいた土地を追われた一族で、流浪の民だ。元貴族である祖父のロドリゴの教育は、10代半ばに根無し草になった孫たちへはそこまで行き届かなかった。
グランヴィーオの佇まいは、一族が貴族だった頃が長い親世代と似ている。
「ダンジョンは突然崩れたりすることはねえ。魔力構築が厳重だ」
最初は機嫌が悪くなったのかと思ったが、今も、とつとつと話すグランヴィーオの機嫌が変わったとは思えない。
「……意味がわからねえ」
「ダンジョン自体に魔法がかかってるってこと」
はー、とため息をついたのはオハイニだった。
「よっぽど……それこそダンジョンを作る気合いがあれば知らないけど、大体の魔法なら中で使っても壊れたりすることがないのさ」
「姉さん、大丈夫かい」
「ありがと」
グリウが心配そうに差し出した手に、オハイニは掴まりながら立ち上がる。
「魔法使うなら一言言ってくれよぉ」
「……ああ」
こっくり頷くグランヴィーオは、反省したのだろうか?
ともかく、オハイニは調子を取り戻したようだ。
「まあ、コボルト?も兄さんの気配に驚いて尻尾巻いて逃げたから良かったけど。今度から魔法いるときはまずアタシがやるよ」
うーん、と頭をかきながらオハイニは言った。
「グランヴィーオのは大げさすぎる。危険なときは仕方ないけど」
「分かった」
「わかった」
ラクエまで返事を返して、オハイニはニコリと笑う。
「よし。ところで、トールたちは、さっきの犬っころに勝算はあった?」
トールたちは顔を見合わせた。
「余裕だな」
「そーだな。コボルトなら何回か戦ったことはあるし」
「……ああ」
「なら、先に攻撃してくれ。アタシは補助か、どうしてもってときに出るよ。それでもだめなときは……」
「グランヴィーオサマ、か」
「まあ、そうならないことを祈るよ」




