荒れ地のダンジョン(4)
「ダンジョンというものは」
めったに喋らないベルソンが、低い声でボソリと言う。
「どんな穴なんだ。ただ深いだけか」
「さっぱり分からないよ」
オハイニは肩をすくめた。
「穴が空いて魔物が出てくる。それ以外に共通点がない。行けば分かるけど、ただの穴じゃない、不思議空間さ」
「不思議空間……」
オウム返しに言って、ベルソンはまた黙り込んだ。幼馴染みながら、何を考えているかわからない。
けれど、もっと分からないのは……
穴の手前まで来ると、止まれ、とグランヴィーオは足を止めた。
「……ここまであからさまに近づいても出てこない」
「?魔物がか?」
トールの問いにグランヴィーオは重々しく頷くと、胸元の装飾のひとつをむしり取った。
「これをやる」
「うわっと」
装飾を投げてよこされたオハイニが慌てて受け取る。どうやら宝石があしらわれたブローチのようだが。
「……もしかして魔力封石?」
ブローチを眺めているオハイニの、驚いたような声にグランヴィーオはまた頷いた。
「1年身につけた。このダンジョンを出るまで使う量はあるだろう」
「えっなんでくれたわけ」
どうやらまた魔術師の話をしている。グリウとベルソンを見ると、彼らも呆れた顔をしていた。
「その札では面倒だ。お前にはマッピングをしてもらう」
「いいけど……いやに具体的な指示だね。たしかに地図はあとあと必要になるか……」
オハイニはブローチをウェストポーチに付け、握っていた紙もその中にしまった。
オハイニは半信半疑というような表情だ。
「なに?ダンジョン攻略もやったことあるの」
「いや。だが、手つかずの遺跡や深い山奥は何度も行った」
「なぁに。冒険者みたいじゃない」
「冒険者だったが」
「え?」
「冒険者ぁ?」
オハイニと、グリウが素っ頓狂な声を出すが、トールも驚いていた。
どこかの貴族に雇われたりしている魔術師かと思っていた。まさか冒険と危険を買って出る荒くれ者の一味とは。
「いやー……てっきりどこかの宮廷魔術師かと」
オハイニはもっともなことを言った。
どうやら知識がある魔術師ほど強いということらしいが、こんなに魔力もあってあれこれ蘊蓄も話す男が、国や貴族に召し抱えられていないほうが変だった。
だが、ここで、グランヴィーオは妙に浮かない表情をした。
初めて見るような表情だ……まるで、解かなければならないのに解けない謎を前にして、悩み抜いて絶望したような。
「……ヴィーオ」
彼の袖を引くラクエに、ようやく気づいたように彼女を見下ろすグランヴィーオの顔は、もとに戻っていた。
「……記憶に留めるものいいが、できればすぐに紙に描け」
「え?」
全員が、グランヴィーオが何を言っているのかわからず、ぽかんとしてから、オハイニははっとしたようだ。
「あ、ああ……手帳はあるしね。次からは大判の紙を用意するよ」
……どうやら、話が戻って、地図を書くという指示らしい。
――本当によくわからない魔術師だ。
ラクエが飛んで、穴を上から見てみると、どうやら敵になりそうなものはいないらしい。
なにもない、とたどたどしく言うので、不安になったが、グランヴィーオは何も言わなかった。
トールは、まだこの魔術師を信じられなかった。
軍を退かせた、死霊を追い払った、それはおそらく間違っていないだろう。自分の目で、ラクエが死霊を食ったのは見ている。
けれど、そんな力を持っていても……だからこそ、信用はできない。
その力で荒れ地で何をしようというのか。
ロドリゴがあれほどグランヴィーオに親身になっているのも、これが西の村、あるいは荒れ地のためになるからだろう。
けれど、それは、正しいのか。
グランヴィーオはおかしなやつだが、今のところ荒れ地に害をなそうとは思っていなさそうだ。
鉱山のことも、それを巡って戦争を起こした国を退けたのだ。そして、何故かそこで採れる鉱石はロドリゴたちの好きにしていいとまで言った。
何が目的か、全然わからない。
結局、ダンジョンの入り方は魔物がいないならそのまま突入というシンプルな方法になった。
10メートルほどの穴に、土くれをまたいで入り込む。
「うわ……」
中を見て、グリウが声を上げる。
穴はすり鉢状になっていて、緩やかな傾斜が中心に向かっていた。数メートルはその傾斜が続いていて、降りるのは簡単だが登れはしないだろうと、ロープを垂らしておく。
……ロープをくくりつける支柱は、グランヴィーオが魔法で頑丈な太い石柱を作った。ベルソンが手持ちの斧で叩いてもびくともしなかった。
脆い土がすり鉢状になっている穴の中心は、また穴ができていた。4メートルほどの直径で、そのまま緩やかに斜めに下へと続いている。
「……なんか明るいな」
ランプをつけようとしたが、目が岩肌のデコボコを確認できるほどのうっすらとした明かりがある。
「本当に明るいんだな」
オハイニは感心したように手帳に書き込んでいる。
「ダンジョンには明かりがついているらしいね。ランプみたいについていたり、岩が光っていたり。花が光ってるってのもあったな」
「なんだそのバラバラは」
「さっき言ったでしょ、ダンジョンは不思議空間だって」
にんまりとオハイニは嬉しそうに笑う。
「ともかく普通じゃないし、言ったようにバラバラなんだよ、ダンジョンの特徴っていうのは」
「なあなあ、なんか、植物がある」
グリウが手近な壁を触っている。
確かによく見ると、岩にこびりつくように枯れかけた植物があった。
そして、それが光っている。
オハイニは驚いたようにその植物をじっと見る。
「苔……?」
「苔だな」
グランヴィーオも頷いた。植物は苔という種類らしい。
「苔ということはつまり、」
「水がある」
オハイニの口から、とんでもない言葉が聞こえた気がする。
「水?」
「えっどういうことだよ」
「苔っていうのは湿った場所にしか根付かない。水辺の近くか雨が振りやすい地域の植生だよ」
「……このダンジョンに、水場がある?」
言いながら、トールはグリウとベルソンを何度も見る。ふたりとも、信じられないというような顔をしているが、目が輝いている。
荒れ地に、水が、ある。
「……行けばわかる」
グランヴィーオがラクエを連れて足を進めた。




