荒れ地のダンジョン(3)
西の村から南に2日ほどのところが、少し前に鉱山をめぐる戦争の主戦場になったところだった。
荒れ地の外側で、セントール王国領の目と鼻の先。
戦のあとが残るその場所に、ぽっかりと大きな穴が空いている。
直径で10メートルはある、土くれで縁が盛り上がって、でこぼことした穴だ。
自然にできたようにも見えるが、もちろんこんななにもない場所に突然大穴が空いていること自体がおかしい。
ダンジョンの入口。
信じられないが、そういうことらしい。
周囲を警戒しながら、だいぶ近づいてみたが、神出鬼没の死霊や、ダンジョンにいるというモンスターなどは見当たらない。
だだっ広い平地であるため、何か隠れているということもない。
それでも剣を抜き、いつでも戦えるようにトールたちは構えて、とうとう大穴の数メートルのところまで来た。
「……これを、魔法で作ったって?」
げんなりとそんなことを言うのはオハイニ。
彼女は両手に札のような物を握っている。彼女に、ああ、とそっけなく返すのはグランヴィーオ。
「威嚇と、実験がてらだ」
「魔術じゃなくて?」
「そうだ」
「はぁ〜……」
がくりと肩を落とすオハイニに、トールは気になっていたことを聞いた。
「魔法と魔術って、どう違うんだ?」
数日でめっきり聞くようになった言葉だ。魔術師というものに深く関わったことがなかったため、薬師程度にしか思っていなかった実はすごいらしいオハイニと、そんな彼女が規格外だというグランヴィーオが二人で会話をしているとちんぷんかんぷんだ。
オハイニは疲れたように首を振った。
「簡単に言うと、魔法は自分の魔力だけで行って、魔術はいろんなものを使ってすることを言うのさ」
「魔法と魔術は定義も曖昧だが」
「それ言ったってこの子達にわかんないでしょーが!」
とぼけた顔をするグランヴィーオに、するどく突っ込んでくれるオハイニは、どうやらかなり常識人だ。今までそうは思っていなかったけれど。
彼女はともかく男にだらしがなかった。東西南北の4つの村に、彼女の誘惑を受けたものは数知れず。
トールなどはハナから信用していなかったため、遠巻きに彼女の行動を見ていただけだったが、身内にも熱を上げたやつがいる。
不思議と人気はあるらしい。そこまで美人でもなく、性格もオープン過ぎて問題も起こっている。
けれど薬師として――本当は魔術師だったが――腕は確かだったし、面倒見はいいらしく子どもたちにも懐かれていた。女衆の中でもそんなに嫌われていないようだと聞いたことがある。
数年前東の村にふらりと現れて以来、彼女はずっとそんな感じだった。
けれど、コテコテの魔術師らしい(祖父のロドリゴがそう言っていた)グランヴィーオを見ると、かなりまともなのでは?とここにきてオハイニの評価が上がった。
今は妙にくたびれた様子でぶつぶつとわかりやすく質問に答えてくれる。
「兄さんが言いたいことも分かるけど。実際はどれが魔法でどれが魔術かなんて、魔術師によって言うことが違うっていうのは本当だよ。だからあくまでアタシの思ってることっていう感じで説明するわね」
「ああ」
素直に頷くグランヴィーオ。と、隣に立っているラクエが何故か同じように首を振る。
「魔法は、さっき言ったように魔力だけでどうにかすることさ。昨日見せた水を出したのは魔法。道具も構築も……ええと、魔力を何度も区切って使って、そうすると何倍にも大きくなることを言うんだけど」
「分からねえ」
「だよね。どういえばいいかな?一枚板と組み木の壁の違いとかって言ってわかる?」
「ああ、それならわかるっす」
グリウが持った弓の弦を弾きながら相槌を打った。
「まあともかく、こういう道具を使ったり、何回も魔力をケチくさく小出しにしないのを魔法っていう」
オハイニは手に持っていた紙をトールたちによく見えるように広げてみせた。細かく、見たことのない文字と、幾何学的な文様が書かれていた。
「それは?」
「これが道具。すぐに魔力を蓄えられて、消えずにここに貯めておける便利なものさ」
「へえ……?」
「まあ、こういう道具を使ってするのが、魔術っていってる」
「だが、それ自体は魔力の貯蓄であり、厳密には魔道具と分類されるのは、」
「グランヴィーオは真面目だね……」
くるりと紙を巻いて手に握り直したオハイニは喋り出したグランヴィーオにまた呆れたような顔をする。
「っていう感じで、魔法と魔術の違いなんて気にするのは魔術師だけさ。ただ……」
オハイニは周囲をぐるりと見回した。
「魔術師としていうなら、この穴はやっぱりとんでもないね。魔法だっていうんだから」
「ええと、道具を使わずこんな穴を作っちまったってことなんだよな……?」
ぶるりと身を震わせて見せるグリウに、オハイニ深く頷いた。
「ちょっと違うけど、何人もスコップ持って何時間もかけて穴を掘るのと、ひとりでひと掻きで穴を掘る差だね」
穴を掘る、という例えにしてくれたおかげで、ようやく、眼の前の大穴が同行する魔術師によって作られたということがどんなことかなんとなく分かって、呆然とする。
オハイニは薄く笑って大穴を見やる。
「だから、ダンジョンなんてものができたのかもしれない。こんな桁違いの魔力、伝説の魔術師すら超えてるんじゃないかね」
「伝説の……とか、やっぱりいるんだな」
トールも英雄譚などは嫌いではない。
「興味ある?」
ずい、とオハイニが近寄ってきたので、腕を前に出して拒否したが。
「……魔物がいない」
そんなトールたちのことは知らないとばかりに、グランヴィーオは腕を組んで穴を見ていた。
話しながらだいぶ近づいてきたが、大穴はまだ遠い。
オハイニがきょとんとした。
「いいことじゃないの?」
「待て、出て来られないように結界とやらを張ったんじゃないのか」
トールは理解できずに呻く。ちらりとオハイニが目をくれた。
「張ってあるよ?ただし周囲に数メートル、ドーム型ね」
魔力が見えるらしい魔術師には、その結界が見えるという。
真剣な顔をしたグリウが担いだ矢筒に触れながら、
「じゃあ入り口?出口付近にモンスターがいないのは……」
「おそらく、出られないということが理解できて、外に出ることを禁じる命令ができるほどのリーダーがいる。知能が高くて統率の取れた群れなんじゃねえか」
やっかいだ。
集団で襲ってくる獣というのは、やりにくいどころかこちらの対処を上回ることが多い。
魔物は獣と近いものが多い。魔法を使うという点で分けられるが、それ以外の生態はそう変わらないのだ。




