荒れ地のダンジョン(2)
「物を知らなくて悪いが、例えば魔法?魔術ってのは何が出来るんだ」
トールが木の枝を折って火に投げ入れながら聞く。
オハイニはちらりとこちらを見て、それからグランヴィーオの隣に座るラクエを見た。
「何でもできると言えるし、何もできないとも言える」
「どっちなんだ」
「トールは相変わらずせっかちだね。嫌われるよー」
「お前がいうと素直に受け止められねえ」
「シシ。なんというか、ここに水いっぱいの池を作ろう!ってアタシが言わない理由さ。水は作れるさ、今すぐに」
さっと、オハイニが宙で手を振ると、雫が数滴、ぱっと飛び散った。
「すっげー」
グリウは感心したように手を叩く。
「ありがと。今のは空気中の水分をかき集めたのさ」
「……空気に水がある?」
トールたちは不思議そうに首を傾げた。
「あるんだよ、多かれ少なかれ。ただ、ここはものすごく少ない。今やったのは半径1メートル内の空気から集めた水の量になる」
「え……」
「例えば隣のセントールの王都でこの魔法を使ったら、桶1杯分は水ができるね」
「そんなに違うのか」
「うへえ……じゃあここでは池を作れないのか……」
残念そうに肩を落とすグリウ。
「できないことはないよ。ここに水はないけれど、作るってことはできる。空気から魔法なり錬金術でなり、作り出せることはわかってる。ただ、ものすごく手間がかかる。さっきの数滴を作るのに数時間かな」
「ええー……」
「他に材料もいる。その材料がないから作る事もできる。ただし……」
「また数時間かかるってのか」
「トール御名答!つまりそうやってあれがないこれがないって言うのをやるより、川を見つけて水を引いたほうが早いってわけ」
「そう言われると魔法ってたいしたことない気がするぜ」
「そうさ、大したことはないよ。無から有を作るってのは、あまりにも尊い。できないことはないけどね」
「ふーん……じゃあ、そこのラクエちゃんは?」
「あー……」
びくっ、とオハイニは一瞬身体を硬直させた。
「理論は分かるけど常識外だよ。ラクエちゃんクラスの従魔を召喚して契約するなんてのは」
「いきなり難しくなった」
「召喚っていうが、俺はバ・ラクエの神殿を探して釣っただけだ。覚醒値は5で起こす必要はなかった、」
「あーはいはい!それわかんのアタシだけだからね!そこまで!」
「わたしはバ・ラクエ」
「ラクエちゃんは正解!」
「あー……なんとなくグランヴィーオサマの事がわかってきた」
「どこかスイッチみたいなもんがあるんだろうな」
「そんでそれ以外にあんまり興味ないのね。まー魔法のことについてならアタシが答えてやるからね。まあ、ラクエは存在自体はここに根ざしてるものだったから、さっきの水を作るよりは理論は簡単だよ。けど、とんでもないエネルギーがいる。アタシがラクエを作ろうとしたら、一生かかるだろうね」
「俺は10分だ」
「探索と構築含めたら?」
「1ヶ月」
「どっちにしろ非常識だわ」
オハイニは首を振った。彼女の様子を見ると、やはりどうもグランヴィーオはかなりおかしい魔術師だと言うことなんだろう。
グリウが呆れたように笑った。
「また難しいじゃんね」
「グリウに説明すると、長くなっちゃう。聞きたいなら今度うちの村の子達に教えるから来な。あ、グリウになら、特別なお勉強もしたげるよ?ふたりきりで?」
「それはいいっす」
「いけずねー」
オハイニがしなを作り、それをグリウとトールは冷ややかな目で見ている。ベルソンは相変わらず表情も体も動かしていない。
「……兄さんは顔も整ってるよね」
にや、とオハイニが今度はグランヴィーオに寄ってきた。
「好みだわ。髪の色も珍しいわね、きれいな深い藍色……」
スッと伸びてきた手に、肩口で遊んでいた髪巻き取られる。今は闇と焚き火の赤い光でもとの色は分からない。オハイニはますます身を寄せてきて、肩が触れそうだ。
だが、オハイニは口元に笑みを浮かべながら、目は――探るように、グランヴィーオの顔をあちこち見ている。
「戯れに付き合う義理はないが」
オハイニの腕を叩いた。
あいたっと軽そうな悲鳴を上げて、彼女は離れた。
「ひどいわー最近みんな付き合い悪いわー」
「村で遊んでろ」
「西に問題持ち込まないでくれなー」
「いやー村長がめっちゃ怒るんよね……」
今さらなんなのさ、とオハイニはぶつぶつと文句を続けている。
「話が終わったなら、各自休めよ」
しらけた顔をしたトールが、大きめの枝を手に取った。
「火の番は順に。明日も早めに発つ」
「オーケー。じゃあ寝ますとするか」
あっさりと横になるオハイニに、低い声がかかった。
「……本当に大丈夫なのか」
ベルソンだ。
初めて声を聞いた。
オハイニは上掛け代わりのマントを引き上げながら、
「結界のこと?だーいじょーぶだって。兄さんの魔術は完璧よ」
「……」
ベルソンの細い目がグランヴィーオを見た。
「問題はない」
ここに野営すると決めた時、グランヴィーオは結界を張った。
死霊が荒れ地を彷徨っている。夜になると活発に動くのは常識だが、簡単な結界があれば、そしてそれを朝まで維持できれば奴らは近づけない。
「……大丈夫だろう。現にさっきから死霊は見当たらない」
トールが荷物を探りながら言うと、ベルソンはのっそりとうなずき、笑ったグリウに背を叩かれていた。




