第九話
柳生家。
その歴史は長く、室町時代が発祥とされる。成立や詳細な情報については、伝承の域を出ないほど謎に包まれている。だが、近年になって彼らは歴史の表舞台へ進出した。
事の発端は半世紀ほど遡り、彼らを語る上で柳生 宗厳の存在は、避けては通れないだろう。
何故なら、彼の存在こそ新陰流を世に広めた張本人と言っても過言ではないからだ。
兵法家であり剣聖、上泉 伊勢守こと上泉信綱は研究の末に新陰流を生み出した創始者である。そんな信綱の弟子の一人こそ、宗厳であった。
信綱から新陰流を受け継いだ宗厳は、徳川第一代将軍こと家康の目下にて、『無刀取り』という技を披露した。すると、家康から気に入られた宗厳は、徳川家の兵法指南役として勧誘される。
宗厳は老齢だったので、己が息子を指南役で推薦した。その人物こそ、現在の柳生藩・藩主の柳生 宗矩であり、その息子こそ【火鼠の皮衣』の所有者である柳生 三厳である。
「三厳様はとある事情により、家光様から謹慎処分を言い渡されてました。その間に修行をされたり、旅へ赴いていたのですが……」
「その道中で【火鼠の皮衣】を入手したとみて間違いないな」
竹千夜の言葉を肯定するため、忍者は首肯した。
哥刈は立ったままの彼へ座るよう手招きするが、申し訳なさそうに屈むだけだったため、「天人の言うことはよく聞くことです」と零して不服な表情を浮かべた。
「宗矩殿は息子のことを把握しているのか?」
「はい。元はといえば、三厳様が夜な夜な外出されるので、私が不審に思って調査したことが始まりなのですが……。宗矩様に報告すると、忍衆へ三厳様を監視せよと指示されました」
「だが、宗矩殿は徳川家で兵法の指南をされるほど腕が立つのだろう? 優れた武術家と聞いているぞ。ならばわざわざ俺が柳生家の問題に首を突っ込むのは藪ではないだろうか?」
竹千夜の意見は至極当然だ。
正論へ唸る忍者をよそに、哥刈は同情する眼差しで口を開く。
「宗矩様の立場上、無理ではないでしょうか?」
「というと?」
「不死身の人斬り……こと三厳様は辻斬りの動機について『父親から認めてもらうため』と仰っておりました。にもかかわらず、それを父親の宗矩様が解決してしまえば、火に油を注ぐが如く三厳様の自尊心へ傷を付け、根本的な解決へ至らないと思います」
「なるほど……」
親子間の確執や悩みを、【竹取之翁】という重き歴史を両親から素直に受け継いだ竹千夜は理解できなかった。そういう家庭もあるのだな、と相槌を打つが如く彼女の言葉に頷くだけだった。
忍者は頭を悩ませる姿勢を取り、哥刈の考察を肯定する。
「事情は把握した。しかし、一方的に三厳殿を懲らしめると依頼しようが、俺たちはどんな利益を得るというのだ?」
柳生家の事情が露わになろうが、ここは商談の場であることを忘れてはいけない。
竹千夜の態度へ失礼だと感じたのか、哥刈は不安な表情を浮かべた。
「確かに、俺たちは三厳殿が所有する【火鼠の皮衣】が欲しい。どっちみち、俺たちは目的に近付いていた。しかし、柳生家の忍衆……もとい宗矩殿からの依頼なら話は別だ。依頼ならば、利益が絡むべきなのだ」
「報酬……ですか」
「ああ、商談だからな。【火鼠の皮衣】の回収なぞいつでもいいが、貴殿らの依頼にて前倒しで計画するのだ。柳生家の面子を保つために依頼を受ける……これがどういうことかわかるか?」
竹千夜と忍者が数秒睨み合う。
そして、忍者が根負けしたのか、彼はやれやれと肩を竦ませた。
「……仕方ないですがが、我らには時間がない。宗矩様から言伝を預かっているので、こちらをお渡しします」
忍者はそう言いながら懐から一枚の書簡を取り出し、竹千夜たちへ見せ────哥刈は目を丸くして倒れ、竹千夜は驚きのあまり笑みが零れていた。
それは。絵空事が現実になってしまったが如き異例な内容。
それは、三厳の暴走を止めた暁に、柳生家が抱える忍衆の一部を、竹千夜たちの遺産集めへ貸与する文言であった。