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竹取奇譚 ~冓物語~  作者: 累々 蛍垓
第一章 大和編
7/12

第七話

「……人斬り本人が釣れました! ですが、がごぜとの連戦になります。体の具合は大丈夫ですか?」

「これくらい平気だ」


 哥刈の作戦が功を成し、不死身の人斬りを炙り出せた機会を無駄にできない。

 竹千夜は自身へ言い聞かせ、彼女をやや離れた場所で待機させる。

 今宵は満月であり、月光で視界がやや照らされているため、人斬りの外見もある程度確認できた。

 頭部に漆黒の外套を羽織り、顔面を秘匿性で覆っている。だが、流石に視界を確保するため、外套の隙間から闘争心に満ちた眼が輝いた。背丈は約五尺以上。しかし、外套を纏っていてもわかる、筋骨隆々の肉体。剣術を極めた者特有の筋肉のつき方をしている。

 また、刀を仕舞う鞘が月光に反射し、高貴な意匠を想像させた。彼の刀は、身分が高い可能性がある。


「先刻の鬼との殺し合い、見物させてもらったぜぃ? 兄ちゃんはどうやら血液を操るみてぇだな。なかなか物騒な力じゃねぇかぃ。そちらの麗しい嬢ちゃんは光を操るときた。特異な力をもつ妖は何体か斬ったが、人間は斬ったことねぇ。こりゃあ、俺様の名声もぐぅんと広がるだろうなぁ!」

「その言い方、まるで貴様が勝つとでも宣言しているように見えるな」

「願望じゃなくて確信だぜ? でなきゃ、鬼と戦って疲弊してる兄ちゃんを狙わねぇさ。おっと、卑怯と言うなよ? 勝負の世界ってのは、常に勝った者が正しいんだ」


 人斬りはニヤリと笑いながら距離を詰めた。

 初めこそ余裕ぶる竹千夜だったが、彼から一切敵意を感じず、その不気味さが焦燥感を煽る。

 常識的に考えて、これから死合を行う両者が向き合えば、自然と刀を構え合う。だが、彼は刀を鞘から抜かず、丸腰で接近するのだ。

 まずは心理戦に持ち込み、情報を引き出すべきだ。

 竹千夜はそう考えつつ、再び血継剣を顕現させる。


「貴様がもぎ取る勝利とは、無敵の妖術に頼ることか。己が実力の低さを隠匿して名声を得ようなど、余程自信がないと見える」

「頼るぅ? こいつぁ正真正銘、俺様の(もの)だ。お天道様が俺に授けた────」

「たまたま拾っただけなのにな」

「────!?」


 その時、初めて人斬りの歩みが止まった。

 人斬りは苛立ちを感じたのか、足元の砂利を草鞋ですり潰すが如く足を左右へぐりぐりと動かす。


「……なんで兄ちゃんが()のことを知ってんだ。あの場には俺様しかいなかったはずだろぉが!? ま、まさか、天人だって言うのか!? この衣を回収しに来やがったってのか!?」

「衣ですって!? やはり人斬り様が所有しているのは【火鼠の皮衣】で間違いないみたいですね!」

「出任せだったが、簡単に引っかかってくれたみたいだな」

「ぐぬぅ……!? だからなんだってんだ! 拾い物だからどうなるっつんだ!?」


 哥刈の鋭利な眼差しへ、人斬りは少したじろいでしまう。

 その一瞬の隙を見逃さず、竹千夜は深紅の一閃を人斬りの頭部へ浴びせた。

 しかし────


「くそっ、頭部を覆う外套も……いや、あれはただの外套ですらない! あれは【火鼠の皮衣】だ! 不死身の人斬りは、全身を【火鼠の皮衣】で覆っている!」


 まるで鉄を斬りつけたが如き衝撃が竹千夜へ跳ね返り、彼は両手を痙攣させながら血継剣を手から滑らせてしまう。

 そこでようやくハッと我に返った人斬りは、慌てて竹千夜と反対方向へ血継剣を蹴り飛ばした。


「これは拾った俺様のものだ! 落とし物だとして、落とした張本人が悪ぃ! こんなにも優れたもの、はいどうぞと素直に返す道理なんてねぇぜ!」

「【血継・穿釘(せんてい)】ッ!」


 人斬りはようやく抜刀し、丸腰の竹千夜へ斬りかかる────寸前、蹴り飛ばされた血継剣が鋭利な釘へ変形し、凄まじい速度で人斬りの背後へ衝突する。

 だが、【火鼠の皮衣】の影響で貫通しなければ、よろけもしていない。


「何っ!?」


 【火鼠の皮衣】が斬撃を防ぐ効果は想定していたが、まさか衝撃まで吸収するとは予想外だった。

 竹千夜は、かぐやの遺産が想像を上回る常識外れの性能だったことへ、己の認識の甘さを噛み締めながら、人斬りの斬撃を回避する。

 しかし、【血継・穿釘】の衝撃込みで行動を考えていたため、竹千夜の行動は一呼吸遅れてしまう。


「竹千夜様!」


 竹千夜の服から血が滲み、足元へ零れ落ちる。

 右肩から左脇にかけて、一閃の刀傷が紡がれた。深手ではないものの、がごぜとの戦いで負った傷より大きく、流石の竹千夜も呻き声を漏らして体勢を崩す。


「これくらい……すぐ治る。だが、問題はそこではない。【血継・穿釘】は予備動作が読まれやすく、術者と直線状にしか発射できぬ代わりに、血継流の中で最高火力を誇る技だ。その衝撃を無効化されては、俺に打てる手はない……!」

「ははっ、良い表情だぜ! 自分が磨き上げた技が通用せず、絶望する馬鹿を屠るのが最も楽しいんだ!」

「それは……悪趣味極まりないな」


 その後も、竹千夜は諦めずに猛攻を繰り返すが、一向に有効打が入る気配はない。むしろ竹千夜から流れる血が増える一方だった。

 すると、痺れを切らしたのか、人斬りは欠伸をしながら刀を中段に構える。


「おいおい、兄ちゃんよぉ……アンタの太刀筋を観察してっけど、動きから鑑みるに剣術を生業としてねぇだろ? いや、兄ちゃんが若ぇだけか? 太刀筋のところどころ甘ぇ」

「何が言いたい」

「浪人も藩士もよ、人から享受してもらった剣術や、自分自身で編み出した剣術で戦ってる。だが、奴らは『武勲さえ得られるなら何でもいい』って連中なんだよ。そんな奴らを絶望させる(すべ)を知ってるかぃ?」

「────ッ!?」


 竹千夜の猛攻が、次第に人斬りの剣術で捌かれ、遂に無敵の肉体に掠りさえしなくなった。否、人斬りは初めから実力の一部さえ見せていなかった。

 彼の防衛術は無駄がなく、あまりにも美しい洗練された動き。


「────秘技・【(まろばし)】。圧倒的な剣術で叩き潰すんだ。奴らは、自分が振るっていた武器が矮小で、鈍だったことに気付き、絶望して死んでいくんだ。なんとまぁ滑稽だ」


 転。

 その技の真骨頂は、最小限の手首の動きだけで刀を捻り、相手の斬撃をいなすことにある。いなす瞬間を見極め、相手に最も負荷がかかる場面を見極めるのだ。

 行動とは最小であればあるほど、次の戦局にて選択肢が増える。

 その二つが噛み合うことで、相手の力を利用した反撃技が完成するのだ。


「貴様……いや、貴殿っ、剣術の名家だとお見受けする。何故【不死身の人斬り】なる名で奈良町に混乱を生む? もっと真っ当に生きる道があったはずだろう?」

「ははぁん、やっぱり気付いちゃうもんかぁ。それだけで兄ちゃんの血継流とやらも、歴史がちゃぁんとしてると理解できるぜ? なあなあで剣を振るう輩は、疑問にさえ気付かず死ぬんだ」


 流石に血を失いすぎたのか、視界を歪ませながら竹千夜は人斬りから距離を置く。


「俺様が名声を求める理由なんかどうでもいいだろ。まぁ、強いて言えば『親父に俺様を認めさせるため』だな。俺様をここまで楽しませてくれた兄ちゃんだから教えてやるんだ。冥土の土産には、ちと豪勢すぎるか」

「……ふっ」


 外套で隠れているが、人斬りは憂い表情を浮かべているだろう。

 しかし、逆境に追い込まれているはずの竹千夜は、彼を小馬鹿にする笑いを零した。


「……何がおかしい?」

「笑わずにいられまいよ? 貴殿の父は辻斬りを生業とするのか? 違うだろ。父親が認めてくれないから、父親と違う土俵で勝負するなど愉快なことこの上ない! 【火鼠の皮衣】で得た他人の力と、下級を狙った人斬りで手にした穢れた名声など、貴殿の家に泥を塗るだけの恥じた行為に他ならないッ!」

「餓鬼が……調子に乗るなァ!?」

「────竹千夜様っ!」


 人斬りの刀が竹千夜目掛けて振り下ろされる────寸前、哥刈が咄嗟に光を放った。

 あまりにも突然のことだったので、闇夜に慣れていた人斬りは急停止せざるを得ない。哥刈の意図により、目に光が直撃しない角度だった竹千夜は、ふらつきながらその場を後にした。

 竹千夜の噛み締めた唇から血が流れる。

 何を隠そう、これが身内以外に付けられた、竹千夜の人生初の黒星だから。


「くそッ、逃げるんじゃねぇッ、能面翁ああああぁぁぁ!!!!!!」


 夜の奈良町に、虚しい咆哮が響き渡った。



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