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竹取奇譚 ~冓物語~  作者: 累々 蛍垓
第一章 大和編
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第六話



 時刻は(いぬ)一つ時。

 商人たちの話が確かならば、不死身の人斬りは半刻後に出没する。

 彼らは奈良町の南西に位置する高田にいた。

 専立寺(せんりゅうじ)もとい高田御坊が立つ高田は、古代から官道の伊勢街道が位置し、交通の要であった。即ち、商業が発展するのはごく自然である。


「なんとお礼を言ったらいいか……」


 気絶した賊を縄で縛りあげた竹千夜へ、商人は感謝しながら謝礼金を渡す。


「アンタが噂の不死身の人斬りなのかい? 面妖な刀を扱って、能面翁を付けてるなんて話、聞いてないが……」

「期待させて悪いが、俺は噂の当人ではない。大和に住む者としての責務であり、奴の……尻拭いをしているのだ」


 竹千夜はやや言い淀みつつも、正義感溢れる口調で締めた。

 これも哥刈が考えた作戦である。

 実際に、不死身の人斬りを中心とした二次被害が発生しており、その”尻拭い”なぞ付け足せば、当人の株が下がって名声から一歩遠のく。

 また、竹千夜には能面翁という曖昧模糊な部分もあるため、商人を介して噂を広げるにあたり、これ以上効力を発揮する場面はないだろう。


「もし、不死身の人斬りについて知ってることがあれば、教えてもらえれば助かる。なくても、他に困り事があれば気軽に言ってくれ。この町のためなら尽力しよう」

「そう言ってくれるとありがてぇ……が、俺は人斬りに関しちゃ噂の範疇しか知らなくてな。面目ねぇ」


 商人が頭を下げるので、竹千夜は優しく宥めて面を上げさせる。

 そして「夜も更ける故、気を付けよ」と言い残して去ろうとした……寸前、商人は何か思い出した様子で竹千夜を引き留めた。


「能面の旦那ッ、図々しいのは承知だが、頼まれ事を引き受けちゃくれねぇか?」

「ふむ、話を聞こう」


 商人は周囲を確認すると、怯えながら声を潜めた。

 他人に聞かれることを忌み嫌うが如き行動である。


「ここから北東に元興寺(がんごうじ)という寺があるんだが、最近周辺にて童子の変死が多発しているらしい……」

「その原因を解明してほしいと?」

「いや、原因は粗方予想がつく。賊を一人で対峙する旦那なら頼めると思ったんだ。何せ“鬼”が絡んでるかもしれねぇ」

「鬼だと?」


 商人の話をまとめると、元興寺には『がごぜ』という名の鬼にまつわる伝承があるそうな。

 現在発生している事件も、伝承に類似した箇所が見受けられるため、地元民はがごぜの仕業ではないか、がごぜが復活したに違いないと浮足立っているらしい。

 商人を見送った竹千夜は、陰から観察していた哥刈へ話した。


「貴殿はどう思う?」

「かぐやの遺産が放つ【月の力】の影響かもしれません。土佐町の民も『鬼が物の怪を扇動してる』と申しておりましたし……」


 少し熟考し、哥刈は頷いた。


「これは好機かもしれません。商人だけでなく、民衆の支持も得ることができれば、「自分が得るはずだった名声が横取りされた!」と不死身の人斬りが痺れを切らすでしょう」

「だな。それに苦しむ民を見過ごせない」


 そうと決まれば、後日二人は道中で賊や浪人を倒しつつ、元興寺へ向かった。


「恐ろしいほど人気がないですね……、本当にここは奈良町なのでしょうか?」


 彼らが元興寺へ赴いた時間帯は夜。

 だが、民が寝静まっているとしても、異常に感じる寒気と静寂が支配していた。

 追い打ちをかけるが如く、月に雲が(かげ)り、突風で壁に設置された蝋燭の火が消える。

 完全な闇に包まれ、哥刈は竹千夜の着物の裾を掴んだ。


「竹千夜様……少し照らしましょうか?」

「……頼む」


 哥刈の指から足元がわかる程度の光が漏れ、二人はゆっくりと境内へ足を踏み込む。

 視界不良により感覚が研ぎ澄まされ、足元で蠢く砂利が一層騒がしく感じた。


「ぁいたっ、……竹千夜様、き、急に止まらないでください」


 竹千夜が不意に立ち止まったため、哥刈は彼の背中にぶつかって頬を膨らませた。

 しかし、彼女の非難を無視し、竹千夜は人差し指を立てて静かにするよう促す。


「……何か聞こえないか?」


 彼に言われるがまま、哥刈は耳を潜ませる。



 べちゃ、くちゃ、ぐちゃ。



 確かに聞こえる。

 哥刈は眉間に皺を寄せつつ思考した。


「水音……ですか? でも、川は近くにございませんし、水が流れたり、滴る際の音でもなく……もっとこう根本から違うような……」

「哥刈、もっと奥を照らせるか?」


 本殿へ近付くにつれ、不気味な水音がはっきりと耳に残る。

 哥刈はやや力を強め、境内をほんのりと照らした。

 すると……一人の僧が(うずくま)っている姿が視認できる。


「おい、貴殿はそこで何をしている。俺は元興寺の事件を調査しに来たんだが、何か知ってることがあれば────」


 直後、竹千夜は哥刈を抱き寄せ、血継剣をすぐさま構えた。

 突然の出来事に、哥刈は顔を赤くしながら彼の腕を払い除け、眼前の光景を視界に収め────絶叫した。


「いやああああああああぁぁぁ!!!」

『エ……、見ラレタ?』


 僧が振り返ると、彼の口元は夥しい量の血液で塗れ、人間の髪や皮膚が付着していた。そして、その手元には食事の残骸(・・)と思しき人間だった(・・・)もの。僧の顔は、全体が腫瘍で腫れあがったが如く凹凸な肌をしており、竹千夜たちと目が合うなり、食事中だった遺体を投げつけた。

 そこでようやく遺体の状況を把握できる。遺体は頭部と腹部を無残に食い荒らされ、哥刈は青ざめながら夕餉を吐き出さないよう我慢した。


『食事邪魔シタ、オマエ嫌イ……。童ノ臓器、美味イノ二。邪魔シタ……邪魔シタ……、死ネ……死ネ死ネ死ネッッッ!!!』

「貴様ががごぜとやらか。意志疎通が可能……とは言い難いが、言葉を交わせる物の怪は初めて見た」

『ナンデ名前知ッテル?! オマエ、アノ童子ノ仲間……?』


 がごぜは鋭利な爪を振るう。

 土佐町で戦闘した一本踏鞴とは比べ物にならない速度であり、竹千夜は足が竦んだ哥刈を蹴り飛ばし、血継剣で受け止める。「こんなに麗しき乙女を蹴り飛ばすとは何事ですか!?」と、怒声が聞こえたが、竹千夜は無視した。

 脳漿と血液が入り混じった臭いが鼻孔を掠め、竹千夜は不快な表情を浮かべる。

 対するがごぜは、攻撃を防いだ彼の懐へ入り込み、腹部目掛けて腕を振るう。


『オレ、知ッテル。人間、柔ラカイトコ!』


 寸でのところで膝を蹴り入れ、がごぜは大きく吹っ飛び、着地点の砂利が散らばった。


「竹千夜様、大丈夫ですか!?」

「腹部を少し掠めただけだ。竹取之翁は血を自在に操る故、これくらいの傷はすぐに防げる」


 竹千夜の着物の腹部から、やんわり血が滲む。

 がごぜは気味がいいのか、その様子を見て笑った。


『ケケッ、オマエ……モシカシテ弱イ? ナァ、弱イノカ???』

「煽るほど余裕があるとは、物の怪と意志疎通ができるのも考えものだ!」


 竹千夜は足元の砂利を投げる。

 しかし、がごぜは軽やかに避け、今度は喉元を掻っ捌こうと爪を光らせた。

 凶暴な腕を血継剣で切り落とす……寸前、がごぜは態勢を急旋回し、爪を竹千夜の右腕へ突き刺した。


「くっ……!」

『ギャハハハハハッ!!!』


 その後も、がごぜは猛攻撃を仕掛け、竹千夜は瀬戸際で回避する……が、人ならざる動きへ完璧な対応ができるはずもなく、少しずつ切り傷を増やし、その度に血が流れた。

 気が付くと、竹千夜は肩で息をしており、周囲の砂利に彼の鮮血が飛び散っていた。


「竹千夜様ッ、私も加勢します!」

「やめろ、貴殿が来ても足手まといになるだけだ! それに、この程度の物の怪を討伐できぬようでは、宮本武蔵との死合なぞ夢のまた夢ッ!」

「…………っ」


 彼の空元気が滑稽だったのか、がごぜは血継剣の射程外で立ち止まり、小馬鹿にする表情で笑う。それだけでは飽き足らず、自身の尻を左右に振ってみせるなど、徹底的に竹千夜を煽った。

 苛立ちを覚えた哥刈は前のめりになるが、竹千夜はこれを制し、己の後ろに下がるよう指示を出す。


「哥刈、安心しろ。俺の勝利だ」

『何言ッテンダァ? オマエ、気デモ狂ッタ?』

「歴代の竹取之翁たちは天人に抗うため、各々が技術を磨き、次世代へ継承したのだ────三十人も(・・・・)!」


 竹千夜はそう言って、血を一滴、がごぜの頭上へ弾き飛ばした。


「血継・檻弦(おりづる)

『────ナ、何ダ……コレ!?』


 竹千夜が飛ばした一滴は、幾重にも分裂し、糸へと形状を変化させる。そして、周囲の砂利に飛び散っていた血痕と結び付き、一瞬でがごぜを囲う檻となった。

 逃走を計るがごぜだったが、破壊しようと糸に触れた腕がぼとりと落ち、多量の出血と共に腰を抜かす。


『イ……イタイ! イタイ、イタイッ!!!』

「【血継・檻弦】は四代目が考案した罠型の術。周囲に血を撒き、それが乾かない内に、始点となる血液を糸状にして繋ぐ。後継者たちは、糸の強度をいかに上げるか、を課題とし、十三代目で強度の基盤が完成した」


 先程まで余裕の表情だったがごぜは、確実に迫る死への恐怖で染まり上がる。

 そして、無慈悲にも血継剣は、檻弦の隙間を縫い、その剣先が物の怪の喉元を穿った。そのまま、竹千夜は喉から心臓、右脇腹へ軌跡を描く。

 檻弦を解除すると共に鮮血を吹き散り、がごぜは恨めしい両眼で、竹千夜を睨みつけた。


『……ク、……ソガ……ァ!』

「貴様は確かに強い。慢心しなければ、死んでいたのは俺の方だった。貴様が殺した者たちが、貴様を全力で黄泉へ引きずり込むのを楽しむがいい」


 息絶えたがごぜは、そのまま灰と化して霧散する。

 先刻まで漂っていた悪寒も、充満した獣臭い血の風も、夢の如く消え失せた。

 安全を確認するなり、哥刈は輝かしい瞳から大粒の涙を零しながら、竹千夜を抱き寄せる。


「心配かけないでください! こんなに傷だらけで……本当に死んでしまったら、どうするつもりだったのですか!?」

「貴殿がここまで心配するのは、その……なんだ、予想外だった。ほら、前にも言った通り、体質上もう傷が塞がっているだろう?」


 竹千夜は困り顔を浮かべつつ、切り傷だらけの腕を見せる。確かに、すでに傷口は閉じており、一眠りでもすれば完治する勢いである。

 しかし、そんなことはどうでもいいと、哥刈は彼の腕を払い除けた。


「そういう問題ではありません! どれほど傷だらけになろうが、竹千夜様が気にせずとも、私はとても不安になるのです。私たちは二人で遺産集めの旅をするのです。竹千夜様の体は、既に竹千夜様だけのものではないのです!」

「そ、そうか……? いや、心配をかけたことは謝罪する。すまなかった、以後気を付ける」

理解(わか)ればいいんです!」


 泣き疲れたのか安心したのか、哥刈は「では、元興寺の件も片付いたので、宿へ帰りましょうか」と言いながら光を消す。

 そして、今になって竹千夜を抱擁していたことを思い出し、顔を赤らめて離れた。闇夜を取り戻した今、彼女の顔色など竹千夜には確証を得られないが。


「────ひゅう、お熱いねぇ」

「誰だ!?」


 不意に男の声がした。

 竹千夜が哥刈を庇い、声のした方角へ振り返る。


「最近、俺様の手柄を横取りする輩がいるもんでなぁ。なんでも、『血塗れの能面翁』と『傾国の美女』なんて噂されてる……それってアンタらだろ?」

「さてな、俺たちはどこぞの無頼漢のせいで、治安が悪化する奈良町にて事件解決のため奔走しているまで。貴様の言う『手柄』が何のことか理解できぬよ」


 男は元興寺の屋根から飛び降りる。

 それなりの高さから突然落下したので、怪我したものかと心配するが、男は溌剌と飛び跳ねて見せた。


「自己紹介がまだだったな。俺様が巷で噂の────【不死身の人斬り】ってやつだ」



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