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竹取奇譚 ~冓物語~  作者: 累々 蛍垓
第一章 大和編
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第五話

鹿せんべいは、古くて1672年には存在しているそうです。



 大和国北部。

 時はさらに八世紀まで遡り、大和国が日ノ本の中心であった頃。唐の長安城を模して建造された都城を、人は『平城京』と呼んだ。しかし、(まつりごと)の中心が長岡京へ遷都し、八一〇年に薬子(くすこ)の変が起きると、瞬く間にかつての都城は廃墟と化してしまった。

 だが、当時建設された数ある歴史的建造物は修復を重ね、今もなお色褪せず、幾星霜の時を超えて大和国に存在していた。乱世を乗り越え、かつての都を中心に再度発展した場所こそ、奈良町である。


「うわぁぁぁ……竹千夜様が仰っていたとおり、堺や中之島ほどでないにせよ、土佐町より発展してます! これが大和国最大の町ですか……!」

「流石に天下の台所と比較するのは酷だが、ここが大和で最も人が栄える場所だ」


 奈良町の成立は、今より三十一年前の慶長六年まで遡る。

 豊臣氏が大坂に城を構えていたということは、隣国の大和も例外でなく支配下だった。当時、秀吉の息子・秀長は和泉・大和・紀伊を支配下に置いていた。

 その後、徳川幕府は大久保石見守長を奈良代官へ任命し、大和にて土地の区分けを行った。そこから町が形成され、現在の奈良町が生まれたのだ。

 故に奈良町の歴史は案外若く、つい三年前に地子銭が免除されたことで、町は更なる発展が見込まれていた。


「商人曰く、不死身の人斬りは奈良町から京都、中之島にかけて最も目撃情報が見受けられる。聞き込みをすれば、より正確な情報が掴めるかもな……哥刈?」

「竹千夜様、あれは一体なんでしょうか!?」


 今後の方針を提案した竹千夜だったが、肝心の哥刈は別のものに夢中である。

 竹千夜は呆れた様子で、彼女の視線を追った。

 そこにいたのは、数頭の鹿に何か与える男性二名。


「貴殿にとって鹿を見るのは初めてか?」

「鹿くらい流石にわかりますよ!? 彼らが鹿に与えているアレはなんだと聞いているのです!」

「ああ、あれは鹿せんべいと言って────哥刈!?」


 哥刈は竹千夜から銭をひったくると、鹿せんべいを販売している男性から目にも止まらぬ速さで購入していた。そして、他の者と同様に鹿へ渡す────寸前、あろうことか哥刈は鹿せんべいを口に入れた。


「この時代の食事は大変美味しいもので溢れております。ならば、鹿せんべいとやらも美味なはずです……もぐっ」

「哥刈ッ、それは鹿用であって、人間が食べても味がしないぞ!」

「……ぐすっ、塩味のない素朴で健康志向な味……ですが、後味はあまり良いとは言い難く、口の中の水分がなくなりました。これは間違いなく鹿用の食事ですね……」


 哥刈は呆然と呟いて、定まらぬ焦点を空へ向けていた。

 涙ぐむ彼女に追いついた竹千夜は、呆れた様子で近くの鹿と目線を合わせる。


「おい、何をやっているんだ。鹿せんべいは原料は米糠と小麦粉のみだ。塩分がないのに、人が食べて美味いと思うはずないだろ」

「最初からそう言ってください!」

「独断で行動したのは貴殿だ」


 竹千夜は、哥刈から鹿せんべいを一枚取り、慣れた手付きで鹿の口元へ近付ける。すると鹿は匂いを嗅ぐなり、二口程度でせんべいを平らげた。

 そして、視線を竹千夜から哥刈……の手元にある鹿せんべいへ動かす。


「奈良町には鹿が多いんだ。茶屋と並列して出店すれば、客は鹿を愛でながら団子を楽しむことができ、連鎖的に日銭を稼げる仕組みだな。ほら、貴殿もやってみるといい」

「動物を愛でる茶屋とは斬新ですね……!」


 哥刈も竹千夜の動きを真似る。

 せんべいを嗅ぐ鹿へ、手が食べられるのではと多少の怯えを持っていた哥刈だが、鹿が食べ始めると安堵の表情に包まれる。


「これだけ鹿がいて、なぜ商業や観光に利用するのでしょうか。駆除の検討などないのでしょうか? 不作の保険になると思うのですが」

「おい、鹿を愛でながらできる発言ではないだろ。最早物の怪より凶悪な思想だろ……まぁいい、あれを見ろ」


 竹千夜が指差したのは、立派な角が生えた雄の鹿。


「鹿の角は”力”の象徴であり、非常に縁起がいいんだ。実際に、俺の住居にて施した魔除けにも使用されている。また、武甕槌命(たけみかづちのみこと)が白鹿に乗っていた伝説から、鹿を『神の使い』と信仰する風潮があるのだ。故に、鹿は奈良町で大事にされている」

「神の使い……天人の使いである私と似たような境遇なのですね……」


 哥刈の横顔は切なく、同情するようだった。

 記憶を失った天人の使いと、立場を理解しているか怪しい野生なる神の使い。己が何者であったかわからない点においては、種族こそ違えど同類と言えるかもしれない。

 そんな風に考えていた竹千夜は、鹿せんべいがなくなった頃合いを見計らって話しかける。


「今、貴殿は天人の使いではなく、俺の妻なのだろう?」

「……ふぇ!? な、急に何を仰るのですか!? あのですね、効率よく遺産集めの旅をする体裁であって、本気にされると困ると言いますか────」

「偽りなことくらい重々承知だ。だが、傍から見れば貴殿は天人の使いではなく、人間の、俺の妻なのだ。大役を仰せつかろうが、記憶喪失であろうが、今は人間の妻として、肩の力を抜いてもいいのではないか……と言いたい」


 流石の竹千夜でも恥ずかしかったのか、能面翁の内側で声がくぐもり、頭を掻いた。

 そんな彼の様子が愉快だったのか、哥刈は上品さをやや失った笑い方をする。過呼吸を起こす瀬戸際まで笑うと、深呼吸を何度か繰り返し、改めて竹千夜を見据えた。


「竹千夜様は、私を元気にする方法が下手ですね」

「あれだけ笑っておいて、よくもいけしゃあしゃあと……」

「でも、ありがとうございます。私、協力者が竹千夜様でよかったと確信しております。さて……、話が脱線してしまいましたね。不死身の人斬りを探す方法ですが、私に妙案がございます」


 先刻までの失態を取り返すべく、哥刈は自信満々な様子である。

 申し訳ないが、出逢って数日経過しているにもかかわらず、竹千夜が彼女へ抱く印象は『笑い上戸』と『食に貪欲』だけだ。

 竹千夜は俯いた。


「私が思うに、不死身の人斬りの正体は”大和(ここ)で名誉を欲しがる者”でしょう」

「ほぅ、理由を訊いても?」


 すると、哥刈は華奢な人差し指を立てる。


「理由は『行動範囲』です。賊を対峙する世直し目的ならば、わざわざ大和周辺に滞在する理由がございません。無敵の異能もある故、夜盗に襲われる心配も問題ありません」


 名誉を得たいなら、それこそ大和に留まらず江戸でも活動するのが理に適っている。不死身の人斬りは、大和に縁ある者かつ大和にて名声を手にしたい可能性が大いにある。


「恐らく、民間人より商人を優先的に守るのも、商人が噂好きな『情報通』だからでしょう」

「当人を巡って二次被害が起きているにもかかわらず、未だ活動を止めぬのも『その方が噂が広がり、名声に繋がるから』か……。『不死身』の出どころも、敢えて攻撃を受け、無敵を『強調』する目的やもしれないな」


 哥刈は首肯した。

 ここまで情報が出揃えば、流石の竹千夜でも彼女の作戦を推測できる。


「なるほど、貴殿が考えた策……それは────」

「はい、私たちも片っ端から『賊を討伐』しましょう」


 そうと決まれば、彼らは宿にて時間を潰す。

 ただ、時は金なりという言葉があるように、無暗に時間を浪費するわけにもいかず、彼らは作戦会議へと腰を下ろした。

 不死身の人斬りから手柄を奪うなら、何時頃に繰り出すか。奈良町でも特に被害の多い場所はどこか。

 その話の中で、哥刈は不意に疑問に思ったことを質問する。


「話は変わるのですが、竹取之翁が継承してきた【血継剣】は己が涙点から流れるのでしょう? 痛覚はないのですか?」

「あるよ」


 竹千夜は、備え付きの急須から茶を注ぎ、端的に答えた。

 能面翁をずらし、気ままに茶を飲む彼とは対照的に、哥刈は気が引けた様子だった。


「そ、それは人体に影響がないのでしょうか」

「実際、血継剣の生成に肉体が耐えられず死んだ先代も珍しくないと聞く。俺の親父は、年齢と共に能力が衰え、十一の時に物の怪退治で死んだよ」

「……辛い記憶を掘り返してしまい申し訳ございません」

「貴殿が気に病む必要はない。今こうして俺に役目が引き継がれ、一族の宿願を果たす機会が巡ってきたのだ。それに、竹取之翁たちは代々傷の治りも早いのだ。兵との戦いでもそう簡単に死にやしない」


 彼の表情はどこか達観していた。

 九百年続く一族の末裔は、諸行無常であった。

 記憶喪失だが、何故か出逢って数日の竹千夜のことは信頼できる。

 哥刈は双眸を閉じて微笑んだ。


「そろそろ刻限だな、準備はいいか?」

「はい。では作戦を開始いたします……!」




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