表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竹取奇譚 ~冓物語~  作者: 累々 蛍垓
第一章 大和編
2/12

第二話



 新免武蔵守・藤原信玄、またの名を宮本武蔵。

 十三からニ十九の歳の間にて六十余の決闘を行い、その全てで勝利を掴み取った無敗の剣豪。

 中でも有名なのは、慶長十七年に長門の西に位置する船島にて、剣豪・佐々木小次郎と行われた決闘だろう。武蔵は見事勝利を収め、健闘した小次郎の流派から“巌流島”と呼ぶ者も現れたほどに。


「俺でさえその名は知っている。だが、天人はかぐや姫を迎えに来た時に使った、戦意喪失の妖術があるのだろう? 何故(なにゆえ)敗れる道理がある?」

「先程も申した通り、『かぐやの遺産』には多大な月の力が宿っているのです。一般人ならともかく、天人同等の力を得た者に、我々の妖術が効きましょうか」


 先刻までの哥刈が茶化す様子は感じられず、自信満々だった彼女は何処へ消え失せたのやら……と、竹千夜は思考する。

 同時に、天人をここまで苦戦させた剣豪と、かぐや姫の話を伝承するだけの己が決闘したとて、はたして勝機が存在するだろうかとも。


「天人でも敵わない輩に、一般人の俺が敵うとでも?」

「うふふ、御冗談を。貴方のどこが(・・・)一般なのでしょうか」

「……何を言っているか理解できんな。ちなみに池田 好運という者は?」

「船乗りを家業としているらしいです」

「最早武士でさえないではないか。如何にして天人は敗北したのだ。ただの船乗りではないのか……?」


 竹千夜の発言のどこに笑える要素があったか不明だが、彼女の顔から暗さが薄れると、竹千夜は不思議と心地良かった。

 まるで、童が泣き止んで安堵する親の如き感覚。


「そう構える必要はありませんよ。【竹取之翁】の貴方だからこそ、天人たちは希望を託したのです。どうか、それが大変名誉であることを努々忘れぬよう」

「天人の御眼鏡に適ったならば、額面通りに受け取ってやる。しかしだな、かつて最愛なるかぐや姫を奪ったにもかかわらず、讃岐造の子孫へ『かぐやの遺産』の蒐集の要請とは……天人の心とやらも理解できまいな」


 竹千夜が苦言を呈すと、一拍置いて哥刈は笑いを堪えつつ、漆黒の髪を揺らして(うずくま)る。

 夕刻と白日の光が交わる空に、彼女の口から吐息となって漏れる笑い声は、まさに心奪われる様であった。貴族の如き耽美な女が笑い上戸であるなぞ、虜にならぬ男は世を探し回ってもいまい。


「あははっ、も、申し訳ございませんっ。だって、だって仰る通りなんですものっ。同族が申し訳ありません……ふふっ」

「笑い事でないだろう。かぐや姫の二度目の来訪及び護衛は、先祖から託された宿願だ。ようやく手掛かりが舞い込んだ矢先、かぐや姫のことを聞かぬは間抜けも過ぎるだろう」

「と言いますと?」

「貴殿らは容易く『協力せよ』と抜かすが、元を辿ればかぐや姫の失態だろう。であるならば、俺が無償で血汗を捧げるのは些か納得できない。褒美の一つくらい提示しても良いだろうよ」


 哥刈は少し考えた後、己を指差した。


「私と話を交わせること……?」

「そんなわけないだろ! しいて挙げるなら、かぐや姫への謁見や天上の宝など、もっと色々あるのではないか」


 すると彼女は両手を合わせ、表情と共に理解した意を示す。


「確かに。かつての讃岐造様も、かぐやの護衛に対する報酬として、財力と地位を授けました。無償で協力してほしいなど、貴方……竹千夜様も納得できましょうか」


 哥刈の雅な声音から『竹千夜様』と呼ばれ、竹千夜はやや照れ臭そうに頭を搔いた。


「ということは、前述した褒美を得ることが可能だと?」

「もちろん。貴方が求める全てを」

「ただし、貴公子の誰もが成し得なかった五つの宝……『かぐやの遺産』全てを蒐集した暁に……だろ? 天人は今の昔も無理難題がお好きなみたいだ」


 彼女が浮かべた笑みは、彼の言葉の肯定であった。

 竹千夜は近くに置いていた荷物と作業道具を回収し、哥刈と反対方向へ歩き出した。


「どこへ行かれるのですか?」

「我が家だよ。言っただろ、この竹林は俺の仕事場であり住処だと。やると決まれば出立は明日だ、それまで準備と計画に入る」

「私も同行しても?」

「むぅ……出会って間もない男女が同じ屋根の下で一緒なのだぞ。貴殿は今すぐ引き返して宿を探せ。ここから東に行けば町が見えるはずだ」


 竹千夜は恥ずかし気に手を払うが、あろうことか哥刈はその手を掴んだ。

 流石の竹千夜も驚いて勢いよく払った後、申し訳なさそうに彼女の手を取った。


「貴殿が急に触れたとはいえ、乱暴に扱ってすまない……! どこか怪我はないだろうか?」

「特にございませんが……竹千夜様は不思議な方なのですね」

「そ、そうか?」

「常識的に考えれば美しさの権化が如き私が、未婚の殿方と同じ宿で寝たい……など申せば、殿方は大喜びされると天人の先輩方から伺ったのですが」


 己を”美しさの権化“と宣える彼女の自信は、一体どこから湧いているのだろうか。あと、愚かな入れ知恵を行った天人(ちょうほんにん)は確実に俗世へ染まっているのではなかろうか。

 喉まで出掛かった言葉を、竹千夜は飲み込んだ。


「確かに世の男は喜ぶだろう……が、もう少し貴殿は体を大事にするべきだ。その美しさは武器であるが、決して消費して良いものではないよ」

「…………っ」

「わかったなら、さっさと宿を探しに……うぉ!?」


 竹千夜は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 それもそのはず。哥刈が彼の右手を掴んだから。

 しかし、そこにいたのは笑い上戸の面を見せていた彼女の表情でなく、困惑を浮かべる少女だった。そして己が行動を認識すると、今度は哥刈が彼の手を払い除けた。


「あっ、すみません。そのようなお言葉……何と言いますかいただいたことなかったもので、重ねてすみません……」

「貴殿も人間らしい顔ができるではないか。残念美人な天人だと思っていたが」

「私が人間らしい……と」

「気に障ったならすまん。天人に斯様(かよう)な言い草は禁忌であったか?」


 すると、哥刈は一拍遅れて笑った。

 その笑顔は、己が顔を隠匿する仮面ではなく、心の底から見せる笑顔。

 そういうところが人間らしいのだ、と竹千夜は言いかけてやめた。


「ふふっ、不敬になど当たりませんよ。この私の虜にならず、あまつさえ『人間らしい』と言ってのける、竹千夜様が面白かっただけですもの」

「どうにも馬鹿にされている気がするんだが……」

「あらあら、そんなことないですよ? 協力者としてこれほど愉快な方と邂逅できるなど、私はなんて稀有な体験ができているかと実感したのです」


 彼女はそう言いながら、己の腕を(さす)って体の冷えを訴える。

 竹千夜は、天人であっても温度を気にするのだな、と考えつつもやや早歩きで帰宅した。

 哥刈の妖術で照らした先に映ったのは、一人暮らしにはやや広すぎる長屋。畑と井戸が完備されているが、壁や屋根はかなり年季が入っており、幾度となく修復した跡が見受けられる。

 竹千夜は────、歴代の竹取之翁たちは一体いつから、如何様に生活し、竹取物語を継承してきたのか。

 彼女の無垢な好奇心が刺激される。


 竹千夜が建付けの悪い引き戸を動かし、煙草盆から炭火を取り出して囲炉裏へ投げ込んだ。室内の影が(あか)りで揺らめくと、竹千夜は哥刈へ妖術をやめるよう指示する。

 先刻まで昼の如き明るさだったが、一瞬で梟が(さえず)る時刻へ引き戻される。否、本来はこの暗さが本来の光景である。

 輝く妖術はなんと奇怪か。

 竹千夜は、光度の変化に対して目頭を抑えながら思考した。


「竹千夜様は竹職人を生業としているのですか?」


 囲炉裏の前でくつろぐ少女は、室内を見渡しながら質問する。

 質素な居間の奥には作業場と思しき光景が広がっていた。竹籠、竹(ざる)、調理器具など竹製の道具が数多く並んでおり、心地良い竹の匂いが居間に流れ込む。


「ああ、代々受け継がれているよ。どれだけの年月が経とうとも、竹に触れる初心を忘れないように、と。特に都市部だと竹筆の需要が高いから、時間がある時に製造している」

「素人目でも竹千夜様が作ったものは、丁寧かつ繊細な仕事が施されております。魂の籠った職人技と言ったところでしょうか」


 日頃の仕事ぶりを褒められたことが純粋に嬉しかったのか、竹千夜は目線を逸らしながら囲炉裏の前に腰を下ろした。

 そして覚悟を決めたのか、改めて哥刈を視界の中心へ見据える。


「さて、本題に移ろうか」

「遺産集めの計画でございますね」


 彼女の回答へ、竹千夜は静かに頷いた。


「幸いにも宮本武蔵は江戸、池田好運は肥前と居場所が判明している。この情報は確かなんだろう?」

「はい。過去に天人は両名に敗北しておりますゆえ」

「問題は情報のない残り三名だ。これは地道に情報収集する他ないだろうな。そこでだ、ここから北西にある摂津国(せっつのくに)の堺……もしくは中之島を目指すのが妥当だろう」


 提案した竹千夜だが、疑問が顔中に貼りついた哥刈が映るなりハッとする。天人に日ノ本の地名を話したところで、理解しているとは限らないことに。


「摂津は現在、目覚ましい成長を遂げている。俺も何度か訪れたが、人、物、金が目まぐるしいほどに集中し圧巻されたよ。商人の間でも『天下の台所』なんて呼ばれ方もしている。そういう場所は必然と────」

「情報が集まる、ということですね?」

「その通り」


 竹千夜はそう言いながら夕餉の準備に取り掛かる。

 その様子を哥刈は興味津々に観察していた。


「あらまぁ、私にも何か作って下さるのかしら?」

「天人は霧や霞を食べるゆえ、人間の食事は不必要ではないのか」

「この地へ降りた影響か、私は天人でありながら食事が必要となってしまったのです……。同盟者として夕餉を用意していただけると幸いなのですが」


 彼の脳内に、食費を再計算するためにそろばんを打つ光景が視え、哥刈は慌てて弁解した。


「も、もちろんタダ飯食らいにはなりませんよ!? そうですね……あっ、夜間は妖術で照らしますよ! ほらっ、これで炭や油を節約できます! …………、うぉ、お願いじまず、ご飯をお恵みくださいぃぃぃ」


 半べそをかき、見惚れるほど綺麗な姿勢の土下座。

 悲しいことにこれが高貴なる天人の姿である。


「ま、まだ何も言ってないだろ。それに『腹が減っては戦ができぬ』と言う言葉もある。明日に備えて早めの休息にするから、貴殿も夕餉の準備を手伝ってくれ」

「…………!」


 嬉しさのあまり、哥刈は童の如く飛び回る。

 その光景が微笑ましく、竹千夜は穏やかな眼差しで窓の隙間から顔を出す満月を見上げた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ