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竹取奇譚 ~冓物語~  作者: 累々 蛍垓
第一章 大和編
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第十話


「竹千夜様、体の具合はいかがですか?」


 傷口を覆っていた手拭いを交換し、哥刈は彼の体を水で拭き、驚く。社交辞令として定型文を投げたつもりが、実物を目にすると驚愕するのも無理はない。

 刀傷が一閃を描いた箇所は、未だ痛々しい跡を見せつつも、すでに瘡蓋(かさぶた)で覆われ、くすんだ赤紫色へ変化していた。

 確かに、本人が「他と比べると、傷の治りが早い方だ」と何度も口癖の如く発していたが、哥刈の予想を大きく上回る治癒力である。これも、竹取之翁が継承する性質か。もしくは、人並み外れた代謝能力を保有しているのか。

 哥刈はそんなことを考えつつ、血を操る彼ら特有の個性かもしれないと胸の内へしたためた。


「まだ少し痛む……が、二日も経てば十分だ。我が儘を承知で言うならば、今は一早くでも剣を振りたい」

「傷が開く可能性があるので、もちろん許可しませんよ。どうせ、三厳様との差を少しでも埋めたいとお考えなのでしょう?」

「ぬぅ……」


 見透かされた竹千夜は唸った。

 説教される柴犬の如くしおらしい彼の姿を、哥刈は己が脳裏に焼き付ける。無骨な竹千夜にしては珍しい表情だ……否、三厳戦から帰還以来、能面翁を付けていないため、いつも以上に彼の表情がよく観察できるのか。


「竹千夜様の考えは理解できます。ですが、柳生 三厳は()の柳生 宗矩の息子であり、生まれた時から武人として剣術を学んだお方。対し、竹取之翁として継承した竹千夜様は、竹売りをしながら技術を次世代に繋いできた家系。そも、修行した時間も力量差は根本から違うのです」

「……むぅ、正論を言われると返す言葉もない」


 哥刈は女将から借りたお手製傷薬を、彼の刀傷へ優しく刷り込む。

 傷口に染みたのか、竹千夜はしかめっ面を浮かべ、布団の横に転がる能面翁の目の穴を見た。その深淵から、先代たちの瞳が覗いている気がした。

 そして、ゆっくり手を伸ばし、能面翁を被る。


「哥刈、俺は想像以上に落ち込んでいる。竹取之翁たちが歩んだ積年の想いは、柳生新陰流に敗れるのかと。俺は、先代たちに顔向けができるのかと」

「今の情けない貴方様では難しいかと。顔を覆う能面翁も、今では本心を隠すための道具へ成り下がっているように見えます」


 人は正論でなく、感情で動く生き物だ。

 天人の哥刈は己の使命を果たすため、身心ともに傷付く竹千夜を励ましさえしない冷徹な生き物だ────などと、竹千夜がそっぽを向こうとした瞬間。

 哥刈の瞳は、落ち込む彼を叱咤するものでなく、激励するものだと気付いた。


「竹千夜様は一つ勘違いをしております」

「勘違いだと?」


 能面翁の隙間から、竹千夜が顔を覗かせる。


「生まれながらの武人と正面から戦って勝てましょうか? ましてや、三厳様は【火鼠の皮衣】で無敵の加護を得ております。正々堂々倒す方法はあるのでしょうか?」

「それがわかれば簡単なのだ。三厳殿の無敵の攻略法で、俺たちは行き詰っている。攻撃だけでなく、衝撃さえ無力化する【火鼠の皮衣】を────」


 そこまで口に出し、竹千夜は何か気付いた様子で彼女へ視線を移す。

 互いの思惑が一致したことが嬉しかったのか、哥刈は満面の笑みを浮かべた。


「敵の言葉を借りるのは癪ですが、『勝負の世界は勝者こそ正義』なのでしょう? 視点を変えれば、無敵の攻略法は幾らでも思いつきます」


 確か、がごぜ戦が終わった場面を狙って襲撃した三厳が、そのようなことを言っていた。

 竹千夜は彼と交えた記憶を掘り返す。


「【火鼠の皮衣】の攻略法は二つございます。一つ目は、竹千夜様も思いついた通り────」

「三厳殿が【火鼠の皮衣】を装着しない瞬間を襲撃する……だな。風呂や女遊びでまで衣類は身に付けないだろう。そこを襲撃すればいい」

「その通りです」

「昨日の忍者に聞けば、三厳殿の居場所は容易に知ることができるだろう。ただ、そこまですれば、主を裏切った忍者の運命はどうなるか……といった懸念はある。あまり期待はできまい」


 竹千夜は胡坐をかきつつ「もう一つの策は?」と促す。

 すると、哥刈は声を潜め、こっそり耳打ちする。

 この部屋には二人しかいないのに、わざわざそのような行為をする意味があるのだろうか。

 彼女のか細くこそばゆい声音の余韻に浸りつつ、竹千夜は驚愕の表情を浮かべる。


「……確かに、それならば無敵の能力も完封(・・)できるやもしれん。しかし、かなり博打に近い。何せその作戦は血継流の性質上、最大の弱点(・・)でもある」

「逆に言えば、その課題さえ克服すれば勝機があるのです。この方法(・・・・)なら、正面から無敵の加護と対峙せずとも勝てると確信しております」


 竹千夜は「ふむ……」と考え込む。

 先刻までの塞ぎ込んだ彼と打って変わり、哥刈の眼前にいる彼の姿は、微かな希望を手繰り寄せる、とても良い表情だ。

 哥刈はどこか懐かしい気分に浸りつつ、作戦の概要を説明する。


「二つ目の作戦について、すでに決戦の地を決めております。昨夜、女将から面白い話を伺っており、この作戦に適しているかと」

「準備が良いな」

「もちろんです。悔しいのは竹千夜様だけではございません。昨夜逃走した時から、私はずっと策を練っていたのですから」


 竹千夜は納得した。

 彼女が檄を飛ばした理由は、とても単純だった。

 己が諦めていないのに、竹千夜が諦めてどうするのか、と。

 哥刈の意志が伝播した竹千夜は、己を恥じた。


「では、貴殿が一晩かけて組み立てた策を────、選び抜いた決戦の地を聞かせてくれまいか」

「はい。昨夜と同じように、三厳様から名声を奪う形でおびき寄せます。そして、その舞台は────采女(うねめ)神社でございます」


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