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不憫な魔王

 天界で暮らしていた男神は妻である女神と五人の子供に恵まれ幸せに暮らしていました。しかし毎日代わり映えのない日々に退屈を感じ始めた男神は、自分達とは違う世界と存在を創りました。その存在が魔獣です。ただ魔獣だけでは無秩序過ぎて世界が荒れてしまった為、神の姿に似た魔族も創りました。魔力を持った魔族達は皆で協力し合って生活を始めます。秩序が保たれると、その代わり映えのしない生活を見ているのに飽きました。そこで男神はその世界を魔界として切り離し、新たに魔力を持たない人間を創りました。これが人間界の始まりです。最初男神は大人しく成長を眺めていましたが、人間が自我を持ち自由に動き始めると、男神の子供達はそれぞれ地上に縄張りを作って理想の国を創りました。それが人間界にある五王国の始まりです。

 男神は子供達が作った国を人間の姿に変身して歩くのが好きでした。それぞれ特色が違うので退屈ではなかったのです。そしてある日、男神は非常に可愛い女性に心を奪われました。彼は自分の力の全てを使って彼女と恋仲になり、やがて女性は身籠ります。

 しかしその女性が男児を出産した際に、女神に浮気が露見してしまいました。それまで男神には他に女性が居なかったので誰も知らなかったのですが、女神は非常に嫉妬深い心の持ち主だったのです。男神には何も告げずにその男児を魔界へと捨て去り、浮気相手の女性は男神の記憶を奪って国へと戻しました。しかし男神とかかわりを持ったが故に手に入れた聖なる力までは奪えませんでした。そこで妻は考えます。その力で息子を殺させればいいのだと。


「待って。何かすごく心が痛くなってきたから少し待って」

 エステラは淡々と語るルフィナの前に掌を出して止めさせた。エステラは元々神なんて信じていない。神が魔王を倒せばいいのだと思っていた。しかしこれは男神と魔王が親子だという話に違いない。お互いがどう思っているのかまではわからないが、どちらにせよ戦わせるのは気が引ける。特に魔王は何も悪くないのに、人間界で諸悪の根源と言われているのに同情してしまう。

『大丈夫?』

 エステラの膝に乗っていたロミが不安そうに見上げている。エステラは笑顔を作ってロミを撫でた。

「大丈夫。思った以上に酷い話だったから驚いただけ」

 そもそもは浮気をした男神が悪いのだろうとエステラは思う。しかしいくら何でも記憶を消して息子を殺させようとするなんて、男神の妻は心がなさ過ぎる。子供が五人いて母親の気持ちがわかるはずなのに。それも人間界の女性は男神が既婚者だなんて知らなかったはずだ。

「魔王は神でもあるの?」

「半神が正しいと思います。魔界を明るく保っているのはご主人様の力に依るものですが、聖なる力ではなく魔力になります」

「聖なる力と魔力は違うの?」

「違います。私共は所詮神が創った存在ですから、聖なる力には勝てません」

「だけど勇者は魔王を倒せないのよね?」

「えぇ。多分半神であるが故に不死身なのだと思います。神に寿命はありませんから」

 ルフィナの言葉にエステラは眉を顰めた。不死身ならば百回以上繰り返している勇者と魔王の戦いを、これからも永遠に続けなければいけない事になる。勇者は一回きりだからいいが、負担を考えると何だか魔王が可哀想に思えてきてエステラは唇を噛んだ。どうにかして終わらないのかと考えた所で、エステラはひとつの疑問に辿り着く。

「ねぇ、聖女はどういう基準で選ばれるの?」

「それは一貫して男神の浮気相手です」

 エステラは不愉快そうに表情を歪めた。先程男神の妻を責めたが、諸悪の根源は男神だ。妻がどういう行動を起こすか知っている上で浮気を続けるなんて普通ではない。勿論、神なのだから人間の普通が通じないのはわかっているが、それでも彼女は男神に対して明らかな怒りを感じていた。

「つまりリタは男神の浮気相手なの?」

「そうですね。勿論その当時の記憶は消されていますけれど」

 エステラは聖女を清らかな存在だと思っていた。しかしリタに清らかという形容詞が似合わないので、本当に聖女なのだろうかと疑っていたのだが、男神と恋仲であったと聞けば納得である。

「勇者は神にいいように使われている、悲しい存在なのね」

 魔王を倒せば英雄のように崇められるのだから、勇者は憧れの存在に思える。セルヒオだけではなく、人間界中に勇者になりたいと願う人はいるだろう。しかし実際は神の夫婦喧嘩に巻き込まれただけである。

「魔王退治をした勇者には女神の加護が与えられますので、一応対価は得られると思います」

「女神の加護って何?」

「一生生活と女性に困らないみたいです」

「生活はわかるけれど、女性?」

「えぇ。勇者が他の女性を選び、男神の浮気相手を捨てさせたいのでしょうね、女神は」

 エステラはもう感情の持っていき所がわからなくなった。女神もまた清らかな存在でありそうなのに、中身は人間の女性よりも真っ黒である。

「でも私の村では勇者と聖女は仲良く暮らすという言い伝えだったけれど」

「そういう人もいたというだけで、基本的には一夫多妻になるようです」

 生活に困らないので、どれだけでも女性を囲えるみたいです。というルフィナの言葉にエステラはもう考える事を放棄したくなった。セルヒオが将来そのようなろくでもない男になるのは流石に見たくない。

「男神の浮気を防止する策はないの?」

「男神が人間に紛れていても私共では探せません。探し当てる前に浮気をしています」

「挑戦してたんだ」

「えぇ。男神が浮気をしなければ女神の機嫌がよく、天候が保たれ人間界は平和になりますから」

「つまり農作物が育たないのは、男神の浮気のせいなの?」

「はい」

 はっきりと肯定され、エステラはがっくりと肩を落とす。世界創造の神とはいえ無茶苦茶である。人間の手の届かない所から見ている神にとって、人間がどうなろうと構わないのだろう。しかしエステラ達は必死に生きていた。農作物が育たず、それでも領主の徴税は厳しくて、仕方なく魔獣を食べて生きてきたのだ。そしてその魔獣は魔王が人間に食糧として送り込んだものである。

「私達を生かしていたのは何故?」

「ご主人様の本心はわかりませんけれど、半分人間の血が流れているので神のようには見ていられないのだと思います」

「魔王は魔界で誰に育てられたの? 赤ん坊は一人で育たないでしょ」

「半神なのでお一人で育ってしまったのです。それが女神の誤算でもあったようです」

 世界創造の男神の血を引いている以上、人間とは違うのだろう。しかし魔界に捨てられて生き延びてしまった魔王が、何の後ろ盾もないのに現在の地位にいるのがエステラには不思議だった。

「魔王はどうやって王になったの?」

「ご主人様の魔力が圧倒的に強く、魔獣も魔族も適わないからです。私共は魔力が一番強い者が王になるのです。半神なので赤ん坊から成人するまでも速かったようですよ」

 どこまでも不憫な人だとエステラは思う。彼女の生活は金銭面的に余裕はなくとも、両親と仲良く暮らしていた。彼女は昨日の魔王の対応に不満を持っていたが、この話を聞いてしまえば仕方がない気もする。半神であるが故に誰の助けもなく育ち、力があるからと王になってしまった。そして神の所業を見ていられず人間に手を差し伸べている。

「勤労不要と言われたけど、村の人だけではなく人間界の為に何かしたいな」

 エステラは村で行き遅れだったが、誰もがセルヒオと結婚すると思っていたので嫌味などは言われなかった。それでも周囲が結婚していく中で自分だけ実家に残っているのが申し訳なくて、色々な雑用を請け負っていた。どこまで役に立つかは不明だが、少しでも不憫な魔王を助けたい気持ちになっている。

「それではご主人様に確認してみましょうか」

「うん」

『ロミもやる!』

 大人しくしていたロミも声を上げる。エステラは微笑んでロミを撫でた。

「そうね、一緒にやろう」

 魔界に拉致された時は戸惑いしかなかったエステラだが、魔王の生い立ちを聞いて放っておけない気持ちになっている。永遠に繰り返されるであろう勇者と魔王の戦いが、少しでも負担のないものになる方法を考えようと彼女は心の中で決心した。

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