あなたの娘だから
翌日――私たちが王都を発つ朝。
「忘れ物は無いよな」
「うん。エドこそ大丈夫?」
「大丈夫だ。ほんとに良いんだな」
「今更戻れないよ。それに、この店は新しい薬師がちゃんと守ってくれるよ」
店の前でそんなやり取りをする私たちの後ろには幌馬車が一台。エルダーに戻る為に御者付きで借りた馬車の荷台には村へ持って行く私の私物や引き取り手がなく、ウチで使えそうな調薬道具が積まれています。
「それじゃ鍵、閉めるよ」
馬車を待たせているし、協会には午前中に鍵を渡しに行くと言っているのでそろそろ出発しないといけません。
(師匠――)
店の玄関の鍵穴に鍵を差し込む私はそこで一度動きを止め、大きく息を吸います。
(これまで、本当にたくさんの幸せをありがとうございました)
鍵を回そうとするけどうまく回らない。もしかしたら師匠が邪魔してるのかな。師匠、私は大丈夫ですよ。
(私は一人じゃありません。傍には素敵な人がいます。だから安心してください)
良かった。ちゃんと回った。カチャと鍵が掛かる音を確認し、念の為にドアノブを回してみるけどちゃんとロック出来ている。
(ねぇ、師匠? 私はまだそっちに行けません。でもまたいつか必ず会いに行きます。だって私は――)
――あなたの娘だから。
「さ、行こうか」
施錠を確認した私は振り返り、エドに笑顔を見せる。もう何も迷いはありません。
きっとこの店には、もしかしたら王都に来る事も今後ないかもしれない。でも師匠と過ごした時間はずっと色褪せる事なく私に中で生き続けます。だから私は前だけを向いて歩いて行こう。いつか師匠どころか国中の薬師を追い抜き、国一の薬師になること目標にして。それが私に出来る師匠への親孝行なのだと気付いたのだから。




