アリサさん
翌日。早めにお店を閉めてアリサさんのお別れ会を開きました。送別会と言ってもただの食事会です。メニューがいつもより少し豪華なだけですが、それでも感謝の気持ちをこれでもかと言うくらい詰め込みました。
「アリサさん。何処か行きたい場所とかあるんですか」
食事を終え、お茶を淹れる私は何気なくアリサさんに尋ねました。
「そうだな。リズと旅をしていた頃も北の方には行った事ないんだ。だからまずは国の北側を廻りたい」
「北って言えば、おまえの故郷じゃないか?」
「そうだね」
あの村は私にとってはもう過去の存在だけど、それでもやはり気になり、ジギタリスの方にも行くのか尋ねました。するとアリサさんは迷うことなく「行く」と即答しました。
「ソフィー殿の生まれ故郷なんだ。一度この目で見てみたい」
「あの村にはなにもありませんよ。それにいまだから分かりますがとても閉鎖的です。行く価値なんてありませんよ」
なんでこんなことを口にしたのか分かりません。でも、孤児となった私を売り飛ばそうとした――そんな人たちがいる世界を肯定することは出来ませんでした。それでもアリサさんは「価値はある」と私の言葉を否定します。
「ソフィー殿のご両親の墓がある。それだけで十分行く価値がある」
「二人のお墓……」
「ソフィー殿にとってルーク殿が父親なのかもしれない。でも、ご両親が出会わなければソフィー殿は生まれてこなかった」
「っ⁉」
「ソフィー殿が生まれてこなかったら、こうしてアタシ達が巡り合うことは無かった。この奇跡の礼くらい言うべきだろう」
私と出会えて良かった、そう笑顔で言ってくれるアリサさんに我慢していた涙が溢れてきました。やっぱり嫌だ。アリサさんとお別れするなんてやだ。そんな我儘が涙となって零れていきます。
「おいおい、なにも泣かなくて良いだろ」
「だって……だってっ!」
「まったく、ソフィー殿にはエドがいるんだ。誰もソフィー殿を一人にはしない」
落ち込んだり、エドと喧嘩した時のように優しく話し掛けてくれるアリサさん。泣き顔の私に肩を竦めながらも湿っぽくなった空気を変えようと微笑みました。
「ソフィー殿、このまま泊まっても良いか? もちろんエドも一緒だ」
「え、俺もですか」
「たまには3人で寝るのも良いだろ?」
「あ、それ良いですね」
「おい待て!」
「エドを真ん中にして私たちで挟んじゃいましょうか」
「話を聞けよっ」
絶対拒否だと言わんばかりに抵抗を続けるエドだけど今日はアリサさんの我儘を聞いてもらうよ。
「男の子なんだからホントは嬉しいでしょ。両手に花だよ?」
「さっきまでの泣き虫薬師はどこ行ったんだよ⁉」
「エドは一生お給金ゼロね」
「なんでだよっ⁉」
異議ありと不服を申し立てるエドを門前払いする私。それを見てクスクス笑うアリサさんに釣られ声をあげて笑う私たち。こんな何気ない光景ももうすぐ終わるのかと思うとやっぱり寂しいです。
それでも今回は決して悲しい別れじゃありません。アリサさんはリズさんとの約束を果たす為に村を離れるのです。その約束を果たせるように応援しようじゃありませんか。
「アリサさん」
「なんだ?」
「いつでも戻って来て下さいね」
「ソフィー殿――ああ! 必ず戻って来る」
「はい。待ってますよ」
アリサさんの旅立ちまであと数日。きっとあっという間にその日を迎えるのだろうけど、それまでの限られた時間を大切にしよう。そう決意したお別れ会になりました。




