一生のお願い
「エド! 息吸って!」
反射的に叫ぶ私はすぐさま気道を確保させて彼の胸に耳を当てます。聞こえない。鼓動が聞こえない!
「エド! ダメ!」
叫ぶと同時に彼の胸を両手で強く押します。師匠からやり方だけ習っただけで自信はありません。でもやらなきゃエドが死んじゃう。文字通り死に物狂いで心肺蘇生を実施します。
「エド! 息吸って! 吸いなさいっ!」
「ソフィー殿! 気付け薬だ――エド⁉」
「アリサさん! 薬棚の赤い瓶! 急いで!」
薬を持って来てくれたアリサさんに単語を叫ぶだけの指示を飛ばします。その間もエドの胸を押す手は止めません。止める訳に行きません。このままだとエドが死んじゃうんです。
(私のせいだ! アリサさんは心配してたのに! 私がっ!)
私が一人で屋根に上らせたからこんなことになったんだ。私のバカ! 大バカ野郎だ!
「お願いだから目を開けて!」
処置を始めて時間が経過し始めました。蘇生までに時間を掛けるほど後遺症が残り、蘇生率も下がります。このままじゃ――!
「エド起きてよ! ヤダよ!」
彼の胸を押す手が滲んで見えます。腕も痛くなってきました。それでもやめる訳にはいきません。エドが息を吹き返すまで止めることは出来ません。
「もう意地悪言わないからっ。我儘も言わないから!」
肋骨が折れるのでは思うくらい強く胸を押す私に薬師の意地とか一切ありません。ただ一人になりたくない。失いたくない、その一心で心臓マッサージを続けます。
「ソフィー殿! 持ってきた!」
「ちょっと代わってください!」
「い、いや。アタシは……」
「代われ!」
指示通りの薬を持って来てくれたにも関わらず声を荒げる私。狼狽えるアリサさんにとにかく代われと怒鳴ります。
「薬を飲ませる間だけで良いです! とにかく代わって!」
「わ、わかった」
「いちにのさんで代わってください。とにかく胸を繰り返し強く押してください」
「わ、わかった」
「良いですか。『いち』『に』の『さん』!」
タイミングを合わせて心臓マッサージの担当を代わり、すぐさまアリサさんに持って来て貰った薬瓶の栓を抜きます。
(お願いだからちゃんと効いてよね)
実際に使うのは初めての強心剤。本来なら患者に直接投与するけどいまのエドは自分で飲み込むことが出来ないから――
(エド、ごめんね)
エドに投与する薬を口に含んだ私はそのまま彼の唇に重ね、口移しで薬を飲ませます。あとで謝らなきゃ。こんなのが初めてだなんて男の子でもの嫌だよね。だからエド、お願いだから頑張って。
(絶対助けるから。お願いだから飲んで)
意識がないエドは薬を飲み込もうとしません。重ねた唇の隙間から薬液が漏れます。少しでも良いから飲み込んで欲しい。口移しで押し込むという表現が適切かは分かりませんが無理やり薬を飲ませます。
(飲んだ!)
ほんの少しですが薬液を飲み込んでくれました。あとは私が頑張るだけ!
「アリサさんもう大丈夫です! 代わります!」
「大丈夫なのか」
「絶対助けます! 良いですか。『いち』『に』の――」
「――『さん』!」
アリサさんから引き継ぎ心肺蘇生を続ける私は再び声を荒げます。謝りたいから、助けたいからエドへ叫び続けます。
「起きなさい! エド!」
蘇生開始から既に5分以上は経っています。薬を投与したとはいえ本来なら処置の中止を検討する一つの基準を経過しました。
「エド息を吸って! お願いだから起きて!」
人によって処置に差をつけることは薬師としてやってはいけません。でも今回だけはエドの心臓が再び動くまでどんな処置も続けます。それで免状を返せと言われるのなら喜んで返します。私にとって免状なんかよりもずっとずっとエドの方が大切なんです。
「目を開けなさいよ! お願いだから一人にしないでよ!」
普通の薬師ならとっくに諦めています。仮に蘇生しても確実に後遺症が残ります。
(だからなによ! エドが動けなくなったら私が一生面倒見るから! だからエドまで連れて行かないでよ!)
この願いを叶えてくれるなら天使だろうが悪魔だろうが関係ありません。だから私の大切な人を助けてよ!
「いい加減起きなさいよ! お願いだから……一生のお願いだからっ」




