秘密の診療①
盗賊たちに案内されたのは森の中にある丸太小屋でした。
村を出てからここまで目隠しをされていたので道程はわかりません。ただ村から南に行った森だとだけ説明されました。
「あんたを信用してない訳じゃねぇ。居場所を知られたくないだけだ」
「ちゃんと村に帰れるなら構いません。親分さんはこの中に?」
「そうだ。入ってくれ」
盗賊の一人――面倒なので“リーダーさん”と呼ぶことにします。彼の案内で小屋の中に入るとそこは一部屋だけの空間でした。建物の造りも質素なので狩人か樵の休憩小屋だったのでしょう。その奥、私から見て左奥のベッドに男性が一人横たわっていました。
「あの人ですか」
「そうだ。親分、薬師を連れてきました。もう大丈夫ですぜ」
「親分さんのお名前は?」
「言えねぇ。早く診てくれ」
まさか名前すら教えてくれないとは。まぁ、相手が盗賊なので予想はしていたけど必要最低限の情報以外は教えてくれないみたい。名前が分からなければカルテも作りようがないけど仕方ないね
「どうした。早く診てやってくれ」
「その前に、一つだけお断りします」
「なんだ」
「病状によっては“万が一”もあります。もちろん最善を尽くしますが、もしそうなった場合でも薬師にその責を負う義務はありません」
「わかってる。なにかあってもあんたには手を出さねぇ」
念押しのつもりで言ったのですが、リーダーさんは言われなくてもわかっていると早く診察をするように催促してきます。私も早くこの場から去りたいのでベッドの近くまで進むと往診かばんを床に置いて診察を始めました。
「薬師のソフィアと言います。いま薬を出しますから、もう少し頑張りましょうね」
ベッドに横たわる親分さんは30代後半から40代前半くらい。ちょうどバートさんくらいかな。相当熱に魘されているようで私の声に反応がありません。
「リーダーさん。熱が出たのはどのくらい前ですか」
「3日くらい前だ」
「腹痛は?」
「よくわからん。ただ、ここ最近ずっと腹が痛てぇとは言ってた」
「わかりました」
腹痛の方が先に出たみたいだね。そのあと発熱して……食欲はあったのかな。
「食欲は? ちゃんと食べれてましたか」
「いや。食べては吐いての繰り返しだ」
「そうですか。わかりました」
食欲が無い訳じゃないけど吐いてしまう。だとすればかなり絞られるね。あとは――
「ちょっとお腹触りますね」
親分さんに声を掛け触診をしますが本人からの反応はありません。よほど熱が堪えているようだね。冷や汗を掻き、時折唸り声をあげる親分さんはとても苦しそうです。リーダーさんたちが土下座をしてまで私を頼ったのも理解できます。
「少し強く押しますね――あぁ、うん。やっぱり」
強弱をつけて親分さんの腹部の触診を続ける私は確信しました。お腹全体が張ってる感じがする。それに“動き”がありません。
普通の人は気付かないかもしれないけど、下腹部辺りを触ると脈打つような動きを感じ取れます。本当に僅かな感触だけど私たち薬師はそれを感じ取れるように叩き込まれます。だから見逃すはずがないのですがいまは上手く感じ取れません。触る場所を変えてもそれは同じで私の技術が未熟でなければ腸の動きが鈍くなっている証拠です。
「腸の動きが鈍くなっています。腹痛と発熱の原因はこれですね」
腸が動いていないということは胃で消化された食べ物のカス、要は外へ出るべき排泄物が詰まっていることを意味します。
「――ですので腹痛を起こし、それを引き金に高熱が出ます。食べても吐いてしまう理由もこれが原因です」
「よく分からんが、どうなんだ。親分は助かるのか」
「まずは詰まった物を出すために下剤を投与します。いまはまだ微かに腸が動いているので強制的に出せば良くなるはずです」
鈍くなっていると言っても全く動いてない訳じゃありません。まだ助かる見込みは大いにあります。
(下剤は作らないと無いし、病状的に他も作った方が良いよね)
私は往診かばんから数種類の薬草と調薬道具を出すとすぐに調薬を始めました。下剤を作ったら今度は胃腸薬と解熱剤。両方ともかばんに入ってるけど容態的から個別に調薬した方が良いと判断しました。
「胃腸薬と解熱剤も処方するので飲ませてください。胃腸薬は下剤の効果が出てから、解熱剤は熱が明日になっても引かなかったら飲ませてください」
薬研で薬草をすり潰しながら手短に処方する薬の用法を説明し、薬草が粉末なったところでそれを3等分にして薬包紙に移します。これで下剤は完成。あとは胃腸薬と解熱剤だけど、容態から両方とも5日分出そうかな。
「下剤は3回分。一包で十分と思いますが、効果が無ければ最低でも半日は間隔を空けて飲ませてください」
「わかった」
「胃腸薬と解熱剤は5日分、10包ずつお出しします。解熱薬の方は熱が下がったら飲ませないでください。あと解熱剤も半日以上間隔を空けて飲ませててください」
下剤に続いて胃腸薬の調薬を進める私は同時に薬の説明も続けます。お店ではまずしないやり方だけど、往診時は調薬と説明を同時進行ですることはよくあります。
「薬を飲めば症状は改善されるはずです。ですがいまは胃腸が弱っていますので暴飲暴食、特にお肉やお酒は避けてください」
「わかった」
「今回、処方箋はお出ししません。盗賊と関わりがあったと分かれば私も困るので」
下剤と同様、粉末になった薬草を小分けしながらそう告げる私に誰も異を唱えません。もちろん処方箋を出さないのはルール違反で見つかれば営業停止などの罰を受けます。けれど盗賊と関係を持ったが為に牢屋へ入れられるより協会から受ける罰の方が遥かにマシです。リーダーさんたちもそれは理解しているのでしょう。終始診察の様子を見守るだけで調薬を終え、お代を請求する時も素直に診察費を払ってくれました。