私の義務だから
「薬師はここか!」
ドンドンとドアを叩く音と同時に聞こえた声は村の人ではありません。恐らく盗賊の一人です。けれど、私はその声に少しだけ違和感を覚えました。
「薬師はいないか!」
やっぱり。少し変です。玄関に鍵は掛かってないし、略奪が目的ならお店の中に乱入してきてもおかしくありません。ただドアを叩き、薬師は要るかと叫ぶだけでドアを押し開けようとする様子は見られません。私は一つの可能性を信じてエドに小声で話し掛けました。
「エド、先に謝るね」
「なんだよ」
「なにかあったら、その時はごめんね」
「は? なにを――って! ソフィー!」
エドの後ろに隠れていた私は意を決して玄関ドアの前に向かいます。そしてドアノブに手を掛けるとゆっくりとそれを回し、ドアを開け、外で待ち構えていた人たちの前に出ました。
「お待たせしました。薬師のソフィアです」
いつも通り、冷静に、そう自分に言い聞かせて自己紹介する私の前には3人の屈強な男性がいました。いずれも恰好からすぐに盗賊だと分かり、その後ろではバートさんたちが彼らの言動を注視していました。少しでもおかしな動きを見せたら――そんな覇気にも似た視線を背に盗賊たちは私を舐めるように観察します。本当に薬師なのか、それを確かめるかのように盗賊たちは視線を上から下へ、下から上へと動かします。
「本当に薬師なのか?」
「はい。この村の薬師、ソフィア・ローレンと言います」
「そうか。薬師がいると言うのは本当だったんだな」
やっぱり。この人たちは略奪が目的じゃない。私を頼りに来たんだ。
私が薬師だと分かった瞬間、盗賊たちは安堵したように各々「良かった」と口にしました。そしてリーダー格と思われる鎧を身に付けた盗賊を先頭に3人の盗賊は一歩前に出ると、私に向かって突然土下座をしてきました。
「頼むっ! 親分を助けてくれ!」
先頭で誰よりも深く、額が床に着く程にひれ伏す盗賊そう叫び仲間が高熱で死にそうだと訴えました。
「腹が痛いと言って寝込んだかと思えば酷い熱が出たんだ。もう3日になる」
「だから私を探しに?」
「この村には薬師がいると聞いた。頼む! 助けてくれ!」
「腹痛と発熱、か」
いずれも在り来たりな症状です。ただ熱が引かず、腹痛も続いてるとなればただの食あたりなどとは思えません。おそらく薬の処方が必要な状態と考えた方が良さそうです。なにより女である私に土下座までしています。彼らにとってそれがどんなに屈辱的なものか。そこまでしてでも薬師を頼ろうとしているんです。
「一つ、聞いても良いですか。あなたたちはこの村を襲ったことはありますか」
「そ、それは――」
「答えなさいっ」
「な、ない! 俺たちの縄張りはもっと南だ!」
「本当に?」
「し、信じてくれ! この村を襲ったことなんかねぇ!」
疑いの目を向ける私に全力で否定しますが相手は盗賊。簡単に信じる訳にはいきません。とはいえ、バートさんたちがウチまで連れてきたということは本当に襲ったことはないのでしょう。
「頼むっ。金ならいくらでも出す。だから助けてくれ!」
「お代は適正額を頂きます。その代わり、条件があります」
本当は二度と盗賊稼業をしないと誓えるか、そう質すところですが薬一つでそれは酷です。なので少なくともエルダーを襲わないことだけを誓わせ、それと引き換えに往診を受けることにします。
「今後も村を一切襲わないこと。これが条件です。約束できますか」
「約束する! 俺たちは約束を破らねぇ!」
「わかりました。それでは往診の準備をするのでお待ちください」
3人の盗賊がそれぞれ条件を守ると誓ったところで私はお店の奥へ向かいます。が、そんな私の前にエドが立ち塞がります。彼の目は私に「行くな」と言っています。
「やっぱり止めるんだね」
「相手は盗賊だ」
「そうだね。でも、バートさんたちがここに連れてきたってことは危害を加える意思はないってことだよ」
「それでも行くな」
「エド、薬師には病気の人を助ける義務があるの。だから行かせて」
盗賊に関わるということは下手すれば私もお尋ね者になってしまいます。それをわかっているからエドは引き留めようとしてくれています。その気持ちはすごく嬉しいです。でも、これは薬師である私の義務だから引き下がる訳に行きません。
「あの人たちは捕らわれる危険を冒してまでここに来た。それってかなりの覚悟ないと出来ないよ。だから私もそれに応えなきゃいけない。だからお願い」
「……わかったよ。止めたところでどうせ行くんだろ」
「ありがと」
困った薬師だと溜息を吐くエドの横を抜け、調薬室に入る私は手早く往診の準備を終わらせます。盗賊相手に診察する日が来るなんて思ってもみなかったけど、引き受けた以上は手を尽くす。それが薬師です。