守るべきもの
それは3回目の免状更新から戻ってすぐの、まだ霜が降りることもある3月のことでした。
――村の入口だ!
午前の診察を終え、昼食の用意を始めた時でした。外がにわかに騒がしくなったかと思えば男の人たちの叫び声が聞こえました。そして、バンと勢いよく玄関ドアが開くとバートさんが血相を変えて店の中に入ってきました。
「嬢ちゃんたち――はいるな。良かった」
「あの、なにが起きたんですか。なんだか騒がしいようですけど」
「村の入口に盗賊が出たらしい」
「盗賊⁉」
「そうだ。嬢ちゃんたちは鍵を掛けて何処かに隠れてろ」
「バートさん、俺も行きます」
「坊主は嬢ちゃんたちを守れ。良いか、絶対外に出るな!」
盗賊の怖さは知っています。バートさんも余程のことだと理解しているようで外に出るなと私たちに念押しするとすぐに店を出て行きました。
「ソフィー殿、どうするのだ」
「アリサさんは倉庫に。私はここにいます」
「ダメだ。おまえも隠れてろ」
「それは出来ない。だってここには薬がある。薬だけじゃない。毒だってあるんだよ。絶対渡せないし、守らなきゃいけない」
ここには使い方を間違えれば毒にもなる薬があります。悪者に渡す訳にはいきません。薬を守る、それは薬師の責務なんです。
「アリサさん、早く倉庫へ!」
「し、しかし……」
「早く!」
怒鳴る私に狼狽えながらも指示に従ってくれたアリサさんは診察室の奥へ走っていきます。あそこなら窓がないし、内鍵もあるので私が死守すればアリサさんはきっと助かります。もちろん私も簡単に死ぬつもりはないし、いま天国に行ったら間違いなく師匠に追い返されます。
「隠れろって言わないんだ」
「言ったところで聞かねぇだろ。おまえ」
「守ってね?」
「おまえを泣かせたらルークさんに顔向けできねぇ」
さりげなく私の手を握ってくれるエドの手は力が入っています。ちょっと痛いけど、それだけ覚悟を決めてるんだと思います。
私たちはいつ来るか分からない盗賊に怯えながら、それでも店を守るんだと言う決意で窓の外を見つめます。バートさんたちが向かったのは村の南側、たぶん王都への最短ルートになっている街道の方です。
(私のバカ。なんで強がったのよ)
いつ来るか分からない盗賊に怯える私はギュッとエドの手を握り返します。そんな私を「大丈夫だ」と安心させるエドはごくりと生唾を飲みました。そっか。エドも怖いんだよね。そうだよね。でも私がいるから怖がってなんかいられないんだよね。
「エド、信じてるからね」
「安心しろ。おまえのことだけは絶対守る」
「うん」
薬を守るとか言ったくせにエドの背中に守られる私は小さく頷き、窓の外に見える集団を待ち構えました。
(足音が近くなってる)
エドの肩越しに見る店の外には村の人たちの姿がありました。ですがその中には見慣れぬ男性が3人ほど混じっています。いずれも簡素な衣服に刺青や眼帯、一人は鎧のようなものを身に着けています。
(ほんとに盗賊だ)
初めて目にする盗賊の姿に私も生唾を飲んでしまいます。怖くないと言えば嘘になります。すごく怖い。でも私は薬師だし、いまさら身を隠す訳にはいきません。だって私には守るべきものがあるんです。