『さらば愛しき女よ』
「太陽、太陽! 起きるのじゃ‼ 」
何かが俺を起こそうと体を揺さぶっている。
揺すられた俺は目覚める。
レグルスが膝の上に乗り、呆れたような表情で浮かんでいるヒル子、そして俺の脇で屈み込んだエルピスが俺をのぞき込んでいた。
「あ? どうした? 」
「どうしたじゃないのじゃ! 寝すぎじゃ太陽! 」
俺は両腕を伸ばし、起き上がると、夕日が最後の輝きを放ちながら海に向かって沈んでゆく。
どこまでも続く海と空の境界線、それを照らす燃えるような夕焼けが目に映る。
夕映えの砂浜、それはあの時と全く同じ……。
莉々朱さんと最後に語り合った日と同じ夕焼けだった。
俺はゆっくりと海へと歩く。
夕焼けが俺に向かって告げる。
あの人が、もう帰ってこないことを。
「ああ。そうだよな」
水平線の彼方に、莉々朱さんの笑顔が見える。
もう届かないあの人へ、俺は誓う。
「これから先……例えどんなことがあろうと……俺たちの街、友、家族、そして」
傍らで俺を見上げるエルピスの頭を撫でる。
「エルピス、おまえを護る。この命に代えても」
エルピスの翡翠の瞳が俺を見上げる。
「なーにを言っておるんじゃ太陽! 」
後ろから頭をぱこんと叩かれ、俺はつんのめる。
「いてっ! んだよ、せっかくの俺の決意を」
「一人でかっこつけるでないわ! それに、言うたであろう。お主は一人ではない! 我らが一緒じゃ‼ 」
目の前に浮かんだヒル子が夕日を背に、にっと笑う。
左手に柔らかな温もりを感じる。
エルピスが俺の手を握り、頷く。
「一緒」
俺の右隣りに、いつの間にか成体となったレグルスがやってきて、海に向かって雄たけびを上げる。
「ああ、そうだな。俺たちで護るんだ! 俺たちの、世界を‼ 」
喪ったものは、取り戻すことはできない。
それでも、心は傍にあることを信じて。
夕焼けに背を向けて、俺たちは海を後にする。
この胸の痛みを抱えて、生きていく。
あなたとの想い出を、決して忘れはしない。
俺は闘う。
最後の最後まで。
暗い事務所で、私は一人黙々とデスクの前でパソコンを打っている。
担当声優である薔薇園莉々朱さんと連絡が取れなくなってから三週間。
警察や報道各社とのやり取りに加え、あの人がいなくなったショックで一週間眠れていない。
でも、悲しみに打ちひしがれているわけにはいかなかった。例えいなくなったのが、大好きな憧れの人でも。
なぜなら私の業務は彼女だけではなく、他の担当声優さんのためでもあるから。
ため息をつきながら、キーボードを打っていたその時、携帯から着信音が鳴り響く。
その途端、衝撃で固まる。
その着信音は、ただ一人にしか設定していない音。なるはずのないその着信音に慌てて電話を取る。
「荊々朱さん⁉ 」
私が呼びかけると、電話口の向こうは沈黙だった。
私はどうかお願いと祈りを込める。
「ええ。元気だった? 」
「本当に、本当に……莉々朱さんなんですか⁈ 」
「あなたなら声を聞けば、わかるでしょ? 」
悪戯好きな彼女の声音に、私は涙を流す。
かみしめるように何度も頷く。
「本当にご無事でよかったです。心配したんですよ! 今までどこにいたんですかっ⁈ 」
「詳しい話は帰ってから。あとでちゃんと話すから。それと社長にご迷惑をおかけしましたって謝ってたって伝えて」
「はい! はい!」
「それと……あなたは私についてきてくれる? 」
「もちろんですよーーーー! 」
私の言葉を聞いて、電話の向こうで微笑んだような声をあげて、莉々朱さんは言う。
「これからよろしくね」
そう言って、電話が切れた。




