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声優 薔薇園莉々朱

 けたたましいアラームが、鳴り響く。


 私は枕元の騒音を鳴らし続ける携帯を手探りで探しだし、アラームを止める。


 もう一度眠りにつきたいと思った瞬間、今度は着信音が鳴り響く。

 

 残念ながら二度寝をしたいと思った私の希望は儚く散ったみたいだ。


「はい、もしも」

「荊々朱さん! おはようございます! 」


 かぶせ気味に電話口で女性が大声を上げ、思わず携帯から耳を離す。

 犬の鳴き声のような声にうんざりしつつも返事を返す。


「おはよ」

 う、と私が言い切る前に電話の向こうから再び大声が響く。

「そろそろお目覚めかと思って電話しました! 」

「とっくに起きて準備してるわ」


 苛ついた私は嘘をつくも、何の疑いもなく信じたのか

「流石、莉々朱さんです! それじゃ事務所で待ってますね! 」


 とかかってきた時と同じように唐突に電話が切れる。

 私はベッドわきの机に手を伸ばして、置いてあるリモコンでエアコンの電源を入れ、暖房をつける。

 ベッドからなんとか起き上がり、洗面台に向かう。

 鏡を見ると、自慢の薔薇色の髪はぼさぼさと乱れていて、眼には隈が出来ていた。

 連日の寝不足の結果をまざまざと見せつけられ、ため息をつく。

 自分の頬を叩き、気合を入れる。


 メイク道具を取り出し身支度をする。

 今日も戦うために。

 

 声優、薔薇園荊々朱として。




 身支度を終えた私はコートを羽織る。


「それじゃ、行ってくるから」

 ベッドで寝ている彼に言うも、寝ているのか返事は返ってこない。

 いつものことで気にすることなく、私は鞄をもって、玄関先で扉を開けた途端、入り込んでくる冷気に身体が震える。


 十二月も下旬。もうすぐクリスマスという時期だった。


 マンションの一階まで降り、既に呼んでおいたタクシーに乗り込み、行先を告げる。

 幸いなことに、タクシーで移動できるくらいには稼げるようになった。もう満員電車にはこりごりだ。


「荊々朱さん、おはようございます!」


 事務所の扉を開けたら、マネージャーが私の元へ走ってくる。     

 彼女は大卒で事務所に入社しており、高卒の私よりも年もいくつか上のはずだが、性格はそそっかしく、背も小さい上に童顔のため中学生に間違えられることもあり、今もスーツの上からコートを着ているものの、大学受験を受ける高校生に見えなくもない。


「モーニングコールはしないでいいって、言ってるでしょ」

 言外に苛立ちを込めて冷たく言うも、

「荊々朱さんが朝弱いのは知ってますので! 」

 とあっけらかんと返事が返ってくる。


 無垢なその笑顔に私はなんだか怒る気分にもなれず、ため息をつきながら

「今日のスケジュールは? 」

「ええと、この後、午前中にアフレコが一件入ってまして、その後は午後から雑誌のインタビュー。夕方からゲームの収録で、二十二時からラジオの収録です! 」


 多少あたふたしながらも、マネージャーがしっかりとスケジュールを把握していることに安心する。


「ご飯は? 」

「はい! 用意してきました! 」


 差し出された紙袋には、サンドイッチが入っている。

「飲み物」

「はい!」

 もう一つの紙袋からコーヒーを渡される。


「それじゃ、行くわよ」

「はいっ!」


 マネージャーを連れて、午前のアフレコのため、スタジオに向かう。


 スタジオでは、音響監督の指示を受けつつ、他の声優さんと息を合わせて、お芝居をする。

 キャラクターの思考、感情、感性を想像し、演じるというより、キャラクターの中に潜り込む。収録の時間、私は私じゃなくなり、キャラクターそのものとして、声を発する。


 午前中からお昼頃にかけてアニメのアフレコを終えると、急いで次の現場に向かう。


 出版社に着くと、担当の人とあいさつを交わし、声優雑誌のインタビューを受け、表紙にのせる写真撮影も行う。


 移動の合間、タクシーでサンドイッチを急いで食べ、午後の収録のための台本チェックをする。


 分刻みのスケジュールであり、いつもにこにこしているマネージャーも真剣な表情で手帳を片手にメモしながら、ひっきりなしに電話を受けている。


 私も台本を読みながら、次の収録に備えて、キャラクターの理解を深めていく。

 ゲームの収録も無事終わり、ラジオの収録を終えた頃には、十二時を過ぎていた。


 つきっきりのマネージャーもさすがに疲労が顔に出ていたが、私を自宅まで送り届けると強情に言い張る。


 私はタクシーの車内で、うつらうつらと船をこいでいた彼女の耳に息を吹き込む。


「うひゃあ! 寝てません! すみません! 」

「別に怒ってないわ。ほら、これを見て」


 私は彼女に雑誌のあるページを見せる。


「ここって、あの有名なバーですよね? 会員制の」

「ええ。ちなみにこれなーんだ? 」

 と私がカードを見せると、マネージャーは目を丸くして

「それって、もしかして! 」

「ええ。前の現場でお世話になった人から紹介してもらったのよ。どう? ちょっと行ってみない? 」


「でも、その、いいんですか? 」

 躊躇いがちに尋ねてくる彼女に苦笑しつつ


「彼氏もどっかでご飯食べて帰るみたいだし、せっかくだから付き合って? 」

 と言うと、彼女は目を輝かせ、大きく頷く。


 ホテルの高層階にあるバーで、ワインを飲みながらマネージャーと話す。


「莉々朱さんは本当にすごいですっ! デビューからたった三年でこれだけ人気が出るなんて! 今年の人気アニメの殆どに莉々朱さんが出てますし、先月のアニメ雑誌では莉々朱さんの演じたキャラが一位で、声優雑誌のランキングでも莉々朱さんが一位でした! 」


「まだまだこれからだけど、ここまで評価されるのは嬉しいわ。だって、死に物狂いでやってきたもの。それは一番近くにいたあなたも知ってるでしょ」


「はい! だから、ほんとに、嬉しくてぇえええ」


 お酒が入ると泣き上戸になる彼女は、泣きながら何度も頷く。


「しかも今年ナンバーワンヒットした覇権アニメのヒロインも演じて、莉々朱さんが歌った主題歌もミリオンヒットするなんて、声優界でも快挙ですよ! もしかしたら紅白に出るのも夢じゃないかもしれませんよ! 」


「目指しているのはそこじゃないけど、出れるっていうならやぶさかでもないわ」


 得意げな雰囲気で言った私を、うるうるとした目で見ながらマネージャーが嬉しそうにワインを飲み干す。


 マネージャーが酒に呑まれる前に程ほどで切り上げた私は支払いを済ませ、頑なに断るマネージャーを自宅まで送り届け、人通りの多い往来で大声でお礼を叫びそうになる彼女を止めながら、タクシーに乗り込む。


「それじゃ」


「はいっ! また明日もよろしくお願いしますねっ!! 」


 私はタクシーの中から彼女に手を振り、運転手に行き先を告げる。


 流石に明日の仕事に差し障りのない程度で抑えたとはいえ、少し酔いが回り、私はセンチメンタルな気分になる。


 タクシーの中から外の景色を眺めながら、思い出す。


 全ての始まりを。


 私が薔薇園莉々朱になるまでの物語を。

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