『太陽と月』
俺たちは黄金樹の広間を抜け、木が連なりできているトンネルを歩く。
「ノーデンスのやつめ、とんでもないことをしようとしおって! エルピスを閉じ込めようとするとは! そうじゃろう、エルピス! 」
ヒル子はまだぷんぷんと怒りながら、エルピスに話しかける。
「なあ、ヒル子。最後にお前がノーデンスと話したことだけどよ」
俺が尋ねると、ヒル子が何でもないように
「うむ。あれのことか? 我はあやつと誓約を交わしたのだ」
と答える。
「なんだよ。その誓約って? 」
俺が尋ねると、
「神と神の約束は、人間のものとはわけが違うのじゃ。神の言葉には力があるからのう。そしてお主はあやつの課した役目を果たした。故に、それをもって我はあやつに、エルピスをここから出すこと、そしてお主の役目を最大限助力することを、誓わせたのじゃ。 」
「でも何で? 」
「それは勿論、エルピスとお主のためじゃ。お主、エルピスを黄金樹の異界から、どこに連れていくつもりだったのじゃ? 」
聞かれて俺は、
「そりゃあ。勿論。俺ん家に決まってる」
即答すると。
「お主の母上、父上には何と説明するのじゃ? 」
「それは……」
即答できず、俺は固まる。
「何とかするんだよ! 」
俺の言葉に、ヒル子は呆れたようにため息をつく。。
「全くお主という奴は……。じゃからノーデンスに誓わせたのじゃ。お主もわかったように敵は強大じゃ。現実世界にも敵の手が伸びている以上、我らは持ちうるだけの戦力を揃えねばならぬ。神話世界、そしてこの現実世界からも」
ヒル子の言葉に俺は頷く。
「神話世界からはノーデンスが助けを寄こすはずじゃ。お主はだれか助けてくれそうな人はおらぬか? 」
「そんなの」
いるわけない、と答えようとしたが、ある人が思い浮かぶ。
荒唐無稽な話でも信じてくれそうな人が。
「いる、かもしれねえ。けど、お前はそこまで見越して、ノーデンスとあんな誓約を? 」
「うむ。お主のことじゃ、とにかくエルピスを救いだすことしか頭になかったんじゃろうと思うての」
見た目はそれこそエルピスより幼く見え、一見どこか考えなしな破天荒な性格にしか見えないヒル子に驚くと同時に尋ねる。
「なあ、ヒル子。お前は一体……何者なんだ? 」
俺が尋ねると、ヒル子が目を丸くして、口を手で押さえ、頬を膨らませて笑いをこらえようとするも、ついに笑いだす。
「んだよ。何笑ってんだよ」
俺が苛立ち気味に言うと
「何じゃ、太陽。まだ分からんのか! てっきりもう、お主ならわかっとるもんとばかり思っとったのじゃ! 」
ヒル子に馬鹿にされた俺は
「っち。悪かったな、馬鹿でよ」
と不貞腐れる。
「悪かった、悪かった。じゃが、言うたであろう」
ヒル子がにっと大きく笑みを浮かべる。
「我は……太陽の女神じゃと! 」
その笑みと重なるように、母性溢れる微笑みが一瞬目に映り、俺は目をこする。
「お前、本当にヒル子か? 」
「なーにを失礼なことを言っておるか! この! 」
と頭を叩かれる。
木でできたトンネルを抜け、鬱蒼とした森の中へと入る、眩い光を放つヒルコが先頭を行く。
ヒル子が振り向いて
「我も気になってたことがあったのじゃ」
「なんだよ?」
「お主がさっき取り出したあの黄金の枝じゃが……。お主、一体どこで手に入れたのじゃ? 」
ヒル子が不思議そうに聞く。
「正直、俺もわかんねえ。だけど……」
横を歩くエルピスをちらりと見る。
エルピスが俺を見上げて首をかしげる。
俺は何でもないと首を振ると、エルピスは再び前を向く。
誕生日に見たあの夢。
細かいことは覚えていない。だけど、その時に聞いた声と似た声だったような気がする。
「夢を見たような気がすんだ。確かなことは覚えてねえけどよ。その夢の中で、誰かに出会って……」
「ほほう。それでそれで? 」
「何か言われた気がしたんだけど」
頭をかきながら思い出そうとするも、思い出せない俺を見て
「まあよかろう。そのうち、思い出すかもしれぬ! それに大事なのはこうしてみんなで帰れることなのじゃからの! 」
ヒル子はそう言うと、
「さあ、我もこうして体を得たことじゃし、現実世界で美味しい食べ物を食べねばのう! 」
まるでピクニックではしゃぐ子供のようにヒル子はウキウキとはしゃいでいた。
「我はお主が言ってた食べ物を全部覚えとるのじゃ! やきにく、すしに、おむらいす、じゃったかのう? どんな食べ物かまったく検討がつかぬが、名前の響きだけで美味しそうなのじゃ! 」
話ながら涎を拭うようにヒル子は袖で口を拭う。
「はっ? ってかお前までくんのかよ? 」
「何をいっておるか! 我はお主と一心同体じゃから行くに決まっておろう! それに、我は女神の守護者たるお主を導くという大役を背負っておるのじゃ! それくらいのご褒美はあってもよかろう! のう、エルピス」
とヒル子はエルピスに言い、エルピスもなぜか頷き、期待するような目で俺を見上げる。
「言ったって、そんな毎日食べれるわけねえぞ。ご馳走なんだからよ」
俺が呆れたように言うとヒル子が
「なぬっ! そうなのか! 嫌じゃ! 我はすぐにでも食べたいのじゃ。エルピスも食べたいじゃろ?」
ヒル子の問いかけに、エルピスは頷きながらも、目を何度も瞬かせながらこする。
「エルピス、眠いのか? 」
俺が笑って言うと、エルピスは頷く。
俺はエルピスの前でしゃがみ込む。
「ほら、乗りな」
エルピスは俺の背中に抱き着き、両腕を俺の首に回す。
しっかり捕まってるのを確認して、俺は立ちあがる。
レグルスが唸り、俺を見上げる。
「こやつは心配のようじゃのう」
ヒル子が可笑しそうに言う。
「わあってるよ。ちゃんと連れていくからよ」
暗い森を歩いていると、ヒル子が真剣な目で俺に言う。
「太陽」
「何だよ?」
俺がヒル子を見ると、さっきまでと打って変わってヒル子が真剣な眼差しで俺を見る。
「今お主が背負っているのは、古今東西の英雄が背負いしものと引けを取らぬ程の重さのものじゃ」
俺は寝ているエルピスを見て、頷く。
「大丈夫だ、ヒル子」
俺はヒルコに言う。
「俺は決めたんだ。何があろうと、必ずこの子を護る。それが……」
左手のイマジナイトを持ち上げ、見せる。
「女神の守護者としての使命、そして八剣太陽が選んだ……運命だ」
そう答えると、ヒル子も大きく笑みを浮かべる。
「うむ! じゃが、忘れるでないぞ! 太陽。お主は独りでないことを! 」
そうこうしている内に、俺たちは森の中心に浮かんでいる渦の元へ辿り着く。
「太陽、これに乗るのじゃ」
ヒル子の背後の光の環が目の前まで降りてきて、俺はそれに乗る。
環に乗った俺はエルピスを背負いながら、渦の中に入る。
一瞬の浮遊感が過ぎ目を開けると、俺は地面に立っていた。
生ぬるい夜風が通り過ぎる。
現実世界に、帰ってきた。
いつの間にか台風は過ぎ去ったのか、雨は止んでいた。
「ようやく戻って来たのう! 」
ヒル子がうーんと伸びをする。
「んん……」
背中のエルピスが起きる。
「悪い、起こしちまったか」
エルピスが首を振って呟く。
「ここは……」
「ああ。俺のって……違えな」
俺は言いなおす。
「俺たちの世界に……帰ってきたんだ」
エルピスが俺の肩をとんとんと叩き、下ろして欲しいのかと思い、俺はゆっくり屈む。
エルピスは俺の背中から降りる。
そして俺は立ちあがると、目の前で浮かんでいるヒル子の姿が霞んでいくのに驚く。
「お、おい! ヒル子。お前の体、消えかかってるぞ! 」
俺が慌てて言うと、ヒル子が透けてきた自分の手を見る。
「む。いかん! 力を使いすぎたようじゃ。そろそろ限界のようじゃ」
と事もなげに言う。
「なあに、心配するでない! お主のイマジナイトの中に一旦戻るだけなのじゃ」
そう言うとヒルコが俺を見て、頬を緩め笑う。
「では、我は寝る! エルピス、また明日じゃ!」
ヒル子がエルピスに向かって手を振り、エルピスも手を振る。
「太陽! 明日は美味しい飯をよろしく頼むのじゃ! 」
俺は消えてゆくヒルコに向かって左手の拳を伸ばす。
「ありがとよ、ヒル子」
俺の伸ばした拳を見て、ヒル子が目を丸くするも、にっと笑う。
「うむ! 」
ヒル子が右手の拳を伸ばし、俺の拳と強く突き合わせる。
「ではな、太陽! また明日、なのじゃ! 」
そう言うと、ヒル子は丸い光の球となって、俺の左手のイマジナイトに吸い込まれるように入っていく。
騒がしかったヒル子が消えると、公園に再び静寂が訪れる。
レグルスは眠そうに地面に丸まっている。
ふと気づくと、さっきまで傍にいたエルピスの姿が見えない。
「エルピス? 」
俺は周囲を見ると、いつの間にかエルピスが何処かへ向かって歩いている。
その先を見ると、大きな象の滑り台だった。
俺は遊具に向かって駆ける。
遊具の前に来ると、エルピスは背中側の階段を上り、滑り台の天辺まで登っていた。
そして、エルピスは空を見上げる
俺もエルピスと同じように顔を上げ、空を見る。
雲一つない夜空は星明かりが美しく、夜空の中央には、真ん丸な満月が浮かんでいる。
「太陽」
俺はエルピスの方へ顔を向ける。
淡い光を放つ月を背に、エルピスが俺を見つめている。
そしてゆっくりと微笑む。
その背に浮かぶ月の光のように、優しい笑みを。




