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『永遠の愛の下に』

 ノーデンスが異界から出ていった瞬間、ヒル子が歓声を上げる。


「やったのう、太陽! エルピス! 我らの完全勝利なのじゃっ! 」


「ああ。あんがとよ」


 俺も一息つく。 


 エルピスがぺたんと地面に座り込み、レグルスが駆け寄る。


「大丈夫か? 」


俺がしゃがみこんで顔を見ると、エルピスが頷く。


「うむ! これで万事解決、というわけじゃのう! 」


 ヒル子が上機嫌に叫ぶと、空を飛び回る。

 レグルスが地面から飛び上がって、ヒル子を捕まえようとする。


 俺はヒル子につられて笑おうとするも、上手く笑うことができない。


「なーにを暗い顔をしておるか! 」


 俺の前までヒルコが再び降りてくる。


「お主は誇るべきだ! それだけのことを、お主は成し遂げたのじゃ! 」


 ヒルコの言葉に、俺は素直に頷けない。


「ならば我が言うてやろう。お主は怪物を倒し、邪神を討ち、その上、神々の王であるノーデンスにも一歩も引かず、エルピスを護ったのじゃ! お主が成し遂げたことは、他の誰にも真似しようがない程のことなのじゃ! 」


「まあ、そうかもしれねえ、けど」


 俺は口ごもる。


「莉々朱さんを……俺は」


「太陽! 」


 ヒル子の声に、俺は顔を上げる。


「お主が喪ったものは、かけがえのない存在じゃった。今のお主にとって耐えがたいじゃろう。どうしても己自身を責めてしまうのも。それでも! お主は救ったのじゃ! この街を、世界を、そしてエルピスを! 」


 浮いているヒル子の下で、エルピスが頷く。


 「姫と共に生きたいという、お主の願いは叶わなかったと思うか? そうではない! 確かに姫はもうこの世にはおらぬ。だが、姫の想いは……愛は決して消えることはない! 何故なら、お主がいるからじゃ! 姫の愛を受け取ったお主が生きていくことこそ、姫を永遠にするのじゃ。そうじゃろう、太陽! 」


 その言葉で、目頭が熱くなり、後ろを向く。


 これ以上情けないところを見せたくなかった。


 それでも、溢れる涙が止まらない。


 ヒル子もエルピスも何も言わず、待ってくれていた。


 鼻にツーンと来るものを何とか耐え、俺は前を向く。


 ヒル子の下、俺を見上げるエルピスの顔に合わせるように屈む。


「エルピス。ちゃんと言ってなかったな」


 俺はレグルスを胸に抱いているエルピスに言う。


「俺たちの世界に、一緒に来るか? 」


俺が伸ばした左手を、エルピスの右手がそっと掴む。


「……うん」


 エルピスが頷く。


 俺は立ち上がり拳を突き上げ、叫ぶ。


「よっしゃ! みんな、帰ろうぜ! 」


「おおーーーーーー!」


 俺が言うと、エルピスはとことこと黄金樹の広間の出口にむかって、歩き出す。


 そしてちらりと俺の方を見て少し止まると、もう一度前を向いて歩き出す。


 レグルスが主の前を踊るように跳ねながら、連れ立って歩く。


 エルピスの歩みは、いつになく軽やかで、レグルスは何度も唸りながら喜びをあらわにしていた。


「待つのじゃ、エルピス! 先に行くでない! 」


 ヒル子が宙を浮きながら、エルピスとレグルスを追いかけてゆく。


 ヒル子は浮かびながら、エルピスに追いつくと、話しかけ大きく笑みを浮かべる。


 俺はそれについていこうと一歩、二歩と歩くも止まる。


 そして後ろを振り返る。


 左手に握りしめていたネックレスを見て、顔を上げ、黄金樹を見る。



 過ぎ去った思い出が、荊の棘のように、心を刺す。


 本屋で初めて話した時は、誰だかわからなかった。


 その次の日、本屋で莉々朱さんだってことを知った時は、信じられなかった。


 忘れられない日々だった。


 本屋を出て、ケーキを食べながら、憧れの人が俺の目の前で微笑んだ。


 真夏の暑い日差しの下、市場ではしゃぐあの眩しい笑顔。


 そして、夕焼けの海で俺に向けられた、あの儚い笑顔も。


 もしかしたら、あの時、莉々朱さんはわかっていたのかもしれない。


 そして、この森で俺は莉々朱さんに告白し、振られた。


 そして……。




 まぶたが熱く、視界がぼやけはじめる。


 俺は両こぶしを握り締める。


 強がってみたが、張り裂けそうな程の胸の痛みは消えそうになかった。


 あの甘く切ない、幻よりも儚い夢みたいな時間は永久に過ぎ去った。


 莉々朱さんは、逝ってしまった。




 どこからか風が吹き、黄金樹の葉が揺れる


 ふと、俺の頭を閃きがよぎる。


 意味なんてないのかもしれない。


 それでも。


 俺は莉々朱さんのネックレスを、右手に持ち換える。


 左手首に着けたイマジナイトを胸の前まで持ち上げる。


 右手に持ったネックレスを、イマジナイトの表面の紋章に重ねる。


「イマジ……ナシオン」


 イマジナイトの表面に刻まれた星の紋章が、赤き光を放つ。


 すると、イマジナイトに重ねた薔薇のネックレスが、紋章の中へと吸い込まれてゆく。


 五芒星の中心にある炎の模様を囲むように、薔薇の模様が刻まれる。



「莉々朱さん……、俺は……」


 手にした新たな紋章を見ながら、呟く。


「あなたがくれた想いと共に……戦う。だから……」


 黄金樹を見上げる。


 黄金樹の煌めきの中に、何かが映る。


 まさか……。


「太陽! 」


 俺が振り向くと、黄金樹の広間の出口で、ヒル子が大きく手を振り、レグルスが唸り、エルピスもじっと待っている。


「なーにをしておるんじゃあ! 早く来んと、追いてゆくぞー!! 」


 俺は苦笑する。


「ったくよ。仕方ねえなあ。今行くから、待ちやがれ! 」


 振り返り、もう一度黄金樹を見あげる。


「莉々朱さん。俺、行くよ」


 最後の言葉をつぶやいた俺は駆け出す。


 後ろを振り向かず、ただ走り続ける。


 俺を待っているヒル子、レグルス。そして、エルピスの下へ。








『いってらっしゃい』

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