『母、キレる』
笑顔とは裏腹に、母ちゃんの声は氷点下まで冷え切っていた。
「ひえっ! な、なんだよ母ちゃん。隠してること何てなんて、なにもねえよ」
そうだ。問題ないはずだ。多少、伝えてないことがあるだけで問題はない。
「小論文試験」
母ちゃんの言葉に、俺の笑顔が一瞬で消え去る。
ば、ばかな。そのことは母ちゃんが知りようがないはず……。一体どうして?
と俺は頭の中で疑問符が飛び交い、焦りに口をパクパクしていると、母ちゃんはポケットから紙を取り出す。
「推薦のためには、部活の結果だけでなく小論文試験も必要で、それに面接も必要だって、担任の先生から手紙が来たのよ」
その手紙を俺に見せつけるように、目の前に突き出す。
「見なさい。夏休みに小論文の講座の案内よ。電話まで来たのよ。推薦入試のための小論文の対策授業に、あんたが来てないって」
俺はスポーツ推薦に小論文、面接が必要なことは知っていたが、敢えて伏せていた。その程度なら、夏休み明けの2学期でも全然余裕だと考えていたからだ。
しかし、まさか講座をさぼっただけで親に連絡がいくとは。
予想外の事態に何と答えるべきか考えるも、何も思い浮かばない。
「太陽。さあ、今からでも講座に行きなさい!あんたがいくら部活で結果を残そうと、面接試験に受からないと意味ないでしょうが!」
正論をぶつけられ、言い訳しようもない状況に追い詰められる。しかし俺は、今日この日のために練ったプランを、台無しにするつもりはなかった。
「また今度な!」
と言うと、俺はリビングを抜け出す。
「あっ。こらっ太陽! 待ちなさい!」
「やなこった!」
俺はリビングから自分の部屋に脱兎のごとく階段を駆け上がる。自分の部屋に入ると、マンガで散らばった床から財布を引っ張り出し、椅子にかかってあるお気に入りの赤いシャツを羽織る。
母ちゃんが階段をものすごい勢いで上ってくる。俺は部屋の窓を開けると、窓枠に足を掛ける。
「もう、太陽!逃げるんじゃない!」
と母ちゃんが部屋に入ってくる。
「まったなー」
と俺は窓枠を乗り越えると、そこから屋根を滑り降り、そのまま庭に飛び降りる。
「太陽!あんた屋根から降りるなって何度も言ってるでしょうが!」
部屋の窓から身を乗り出している母ちゃんの叫びが聞こえてくるも、俺は既に自転車に飛び乗る。
「行ってくるぜ!」
と言うと、そのまま振り返らずに全力で自転車を漕ぐ。 あとになって激怒した母ちゃんから鬼の説教をくらうだろうが、仕方ない。
夏の焼けるような日差しを浴びながら、俺は目的地に向けて、出発した。