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『太陽の女神』


 輝く日の光が丸く広がり、破滅を齎す暗黒の星を押しとどめる。


「そっくりそのまま、返すのじゃっ! 」


 少女の一喝と共に、円い光の壁は、暗黒の星を邪神に向けて弾き返す。


 まるで、光を反射する鏡のように。


 弾き返された暗黒の星は、邪神の頭部に衝突し、弾け飛ぶ。


 邪神は背後にある黄金樹に倒れ掛かる。


 光は消えていき、浮かんでいる少女が振り向き、俺に向かって叫ぶ。


「待たせたのう、太陽! 」


 その声はまるで凱歌のように森に響きわたる。


 俺は呆然と目の前の少女を見上げ、喉をつっかえながら、何とか声を出す。


「まさか……ヒル子…なのか? 」    


「なーにを言っておるか! 呆けおって、この馬鹿者が! お主が呼んだんじゃろう、この我を! 」


 純白の巫女衣装を纏い、その上に、白と裏地が金色のマントを背負った幼いその少女は、俺に悪戯めいた笑みを見せる。


 目の前の小生意気な、それでいて絶大な自信に満ち溢れ、天真爛漫なその顔。


 俺の想い描いた通りの姿のヒル子が、そこにいた。


「言ったであろう。今のお主なら、この我を呼ぶことができるとな! 」


 ヒル子が大きく笑う。


 ずっと頭の中で聞いていた声が、現実の耳を通して心に届く。


 絶望的な状況の筈、なのに俺は思わず笑ってしまう。


 黄金樹の上で、メッセンジャーが目を細める。


「あなた……、何者です? 」



「貴様に名乗る謂れはない! が、我は寛大故、名乗ってやろう! 」


 ふふん、と鼻を鳴らし、ヒル子は両腕を組む。


「覚えておくがよい! 我が名はヒル子! 我こそは、女神の守護者にして勇者である八剣太陽を導く女神なり! 」


 その言葉を聞いたメッセンジャーは胡乱な表情を浮かべる。


「ヒル子……聞いたこのない女神だ。それに、これほどの力を持つ神がもはや残っているはずがない。殆どの力ある神は、我々が滅ぼしたのだから」


「ふん。そんなことはどうでもよいわい! この我がいる限り、貴様らの好き勝手にはさせぬ! 」


 堂々たる態度で、ヒル子はメッセンジャーに啖呵を切る。


 浮かんでいるヒル子は、傍らにいるエルピスより小さな背中だった。


 なのにその背中から溢れ出す燦然と輝くオーラは、目前に立ちはだかる、何倍も巨大な邪神の放つ禍々しいオーラを寄せ付けない。


 ヒル子の存在に苛立ちを見せるように、邪神が咆哮する。


 背中の触手が、世界を覆いつくすように、異界の端から端まで広がる。


 広がりきった触手が一瞬止まると、次の瞬間には、弾道ミサイルのように、凄まじい勢いで襲い掛かってくる。


「おい、ヒル子!? 」


「案ずるでないわ! 見ておれ! 」


 ヒル子が眼を閉じると、背中に背負った光の環が輝きを増していく。


 そして光の輪に罅が入る。


 光の環から分かたれた様々な形の破片が、ヒル子の頭上に展開する。


 ヒルコの額の王冠、その中心の赤い玉が閃く。


「食らうのじゃ! 」


 額の玉から黄色の閃光が放たれる。


 閃光は真っすぐ伸びていき、直線上の触手を貫いていく。


「征け! 」


 ヒル子の掛け声と同時に、分離した光の輪の破片が光線の進行方向に飛んでいく。


 閃光は破片に当たると、角度を変え、別の方向に飛び、その直線状の触手を焼き尽くす。


 分かたれた破片が光線の先に浮かび、何度も何度も光線を反射していく。


 空を覆いつくすほどの触手を、全て切断するまで。


「す、すげえ……」


 何十本もの触手のちぎれた残骸が、空中で弾け飛ぶ。


「これで終わりではないぞ! 」


 ヒル子が左腕を前に伸ばす。


 その手に微かな光の粒子が集まり、形を成していく。


 それは弓矢となり、ヒル子の前に漂う。


 ヒル子はそれを手に取ると、右手の先に現れた鋭い光の矢を握り、弓に番える。


 その清廉たる佇まいに、俺は息を呑む。


 ヒル子はぎりぎりまで弦を引き絞る。


 その動きにまるで世界が静止したかのように、静まり返る。


 刹那、流星の如く放たれた光の矢が、邪神に向かって一直線に飛んで行く。


 光の矢は邪神の肩に当たる直前で、揺らぎと共に生じた漆黒の障壁に阻まれる。


「くそっ」


 障壁は、俺の剣だけでなく、ヒル子の矢すら防ぐのか。


「ひやりとしましたが、ここまでですかねえ」


 メッセンジャーの言葉に対しヒルコが不敵な態度で笑みを浮かべる。


 放たれた矢が、障壁にぶつかっても、勢いを落とさない。


「我の力を……舐めるでないわああああああああああああああっ!! 」


 ヒル子が叫び、矢の光が輝きを増すと、障壁に罅が入る。


 罅が広がっていき、遂に障壁が砕け散ると、矢は邪神の右肩を貫く。


 邪神が左手で右肩を抑え、絶叫する。


「何っ!? 」


 メッセンジャーが驚き、初めて焦りの声をだす。


「ふはははは! どうじゃ、見たか太陽! この我の力を」


 ヒル子が俺の方を振り返りながら、鼻高々に弓矢を掲げる。


「す、すげえじゃねえか?! 」


 俺が驚くと、ヒル子が自慢げに頷く。


「うむ。ノリでやってみたのじゃが、案外できるものじゃのう。むっ!」


 ヒル子が前を向き、俺も視線の先を追う。


 邪神の左肩にできた傷跡が蠢き、ヒル子の放った矢でできた穴を塞いでいく。


「くそ! 」


「うむむ。この我といえども、一筋縄ではいかぬようじゃ」


 ヒル子が俺の方に向いて言う。


「あの邪神を倒すには、我の力のみでは足りぬ。奴を倒しきるには、レグルス、そして太陽! お主含めた、我ら全員の力を合わせる必要があるのじゃ! 」


 俺は横を見る。


 傷だらけのレグルスが、雄々しく立ち上がる。


 寄り添うように立つエルピスを護るように。


「ああ。だが、あいつに俺の力は通用しなかった……」


 俺は悔しそうに言うが、


「何を言うておるか、太陽! お主には、まだあの力があるじゃろう」


 ヒル子がエルピスの方を見て、そして俺を見る。


 俺はその時思い出す。


 己を焼き尽くす程の、荒ぶる灼熱の炎を。


「ヒル子。お前、どうしてそれを……」


 俺は、ヒル子があの空飛ぶ怪物との戦いのことを覚えていることに驚くも


「そんなことは後で説明するのじゃっ! 太陽、お主に覚悟はあるか? 神の炎を御する覚悟が! 」


 あの炎の凄まじさを思い出し、俺は一瞬逡巡するも、何かが俺の袖を掴む。


 エルピスの瞳が、希望の光を讃えて俺を見上げる。


 俺はその瞳に応えるように親指を立てる。


「ああ、勿論だぜ! 俺に任せな! 」


 ヒル子は満足そうに頷くと、エルピスを見る。


「エルピスよ、準備はよいか? 」


 エルピスは、強く頷く。


「レグルス! 我とお主で時間を稼ぐのじゃ! 」


 ヒルコの言葉に、レグルスが同意の意味を込めて唸り、前に出る。


「何をするつもりかわかりませんが……あなたたちにそのような時間を与えるとでも」


「やかましいわい! はじめよ、エルピス! 」


 エルピスは両手を握り、眼を閉じる。


「聖体示現を、開始します」


 小さく呟かれたその言葉と同時に、エルピスを中心に光が広がっていく。


「次元扉を開門。黄金樹から神話世界に接続を開始」


 光の柱が上空に伸びてゆき、黄金樹を飛び越え、異界の天蓋に大きな穴が広がっていく。


「聖体の選定権を、主宰神に委ねます」


 エルピスの言葉に応じて、ヒルコが高らかに叫ぶ。


「選定権を受領! そして選定完了、なのじゃ! 」


 ヒル子が両手を空に向かって伸ばす。


「高天原の主宰神の名の下に、天御柱から降臨せよ! 」


 俺は頭上を見上げると、天に広がった穴から光の柱を通って、赤く輝く球が下りてくる。


 それは、あの真夜中の戦いで見たものと、同じもの。


 神の炎が宿りし球体。


 「汝、降誕せし時、燃え滾る者にして、太母を滅す者。」


 ヒル子が唱え始めると同時に、降りてくる玉に罅が入る。


「九霄より赫く遍在せし天道の下、我に応えよ! 」


 それはゆっくりと、俺の下へ降りてくる。


「させないと言っているでしょう! 」


 メッセンジャーが叫ぶと同時に、邪神の触腕が唸りながら飛んでくるも、レグルスが咆哮し、輝く雷神のように空中を飛び、稲妻の爪で飛んできた触手を切り裂く。


 目の前まで迫ってきた邪神が大きく両腕を振りかぶり、ヒル子めがけてかぎ爪を振り下ろす。


 ヒル子が両手を前に伸ばす。


 眩い光が壁のように広がり、かぎ爪を防ぎながら、ヒル子は唱え続ける。


「誇りたまえ、時と永遠の愛し子よ! 」


 俺は光の柱を通り、目の前まで降りてきた燃える玉に手を伸ばす。


「此処に、天壌無窮の炎を顕す! 」


 その赤く光る球を握った瞬間、最後の言葉が紡がれる。


「神威顕現! 火之迦具土神ほのかぐつちのかみ! 」


 左手で握りしめた赫赫と輝くその玉から、荒ぶる灼熱の炎が吹き荒れる。


「ぐっ、うがぁあああああああああ」


 紅蓮の炎が蛇のように、俺に巻き付く。


 あまりの熱に手を放しそうになるも、俺は必死にこらえる。


 全身を焼き尽くさんと、炎が暴れまわる。


 だけど、俺は必死にその手に球を握り続ける。


 まだだ。


 まだ、想像できていない。


 この炎を纏った、俺の新たな姿をっ!


 エルピスが両手を合わせ、俺を見上げるのを見て、俺は唇をかみしめ、耐える。


「その炎を己が物とするのじゃ、太陽! 恐怖を乗り越えた今のお主なら、その炎に負けることはない! 邪神を討つ、己が究極の理想を、想像してみせよ! 」


 あまりの熱に、その手から赤の玉が零れ落ちそうになるその時だった。


『負けないで』


 俺は思わず顔を上げる。


 目の前に、莉々朱さんがいる。


 その体はどこか半透明で、儚げに浮かんでいた。


「莉々朱、さん……」


 莉々朱さんが微笑み、俺の胸に向かって飛び込んでくる。


 俺は莉々朱さんを両手で抱きしめる。


 その瞬間、炎より燃え滾る血潮が、体中をかけ巡る。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 」


 燃え盛る炎を体に纏いながら、漸く究極の理想に辿り着く。


 紅炎のように舞いあがる炎の翼を背に。


 輝く黄金の剣を手にした。


 真っ赤な勇者。


 俺の意思に呼応するかのように、砕けたイマジナイトが修復し、元の形に戻る。


「征くのじゃ、太陽! 己が理想の勇者に、今、なるのだ! 」


 俺はその手に球を握りしめ、左手の拳を天に掲げて叫ぶ。


「輝け! イマジナシオン!! 」







 炎の柱が、天に向かって立ち上る。


 燃え上がる炎の中心に白銀の騎士が現れる。


 騎士は鎧の上から、炎を纏う。


 白銀は赫々たる赤と朝日のオレンジ色に染め上がる。


 王冠たる兜に生えし、三つの黄金の角はより猛々しく伸びていく。


 その剣は、刀身から左右交互に新たな刃が生え、黄金色に輝く。


 燃え盛る灼熱の炎の翼を羽ばたかせ、それは舞い昇る。


 神話の剣を手に、邪神の前へ立ちはだかる。





 それは、青年が己が運命たる女神を護るため想像した究極の守護者。


 太陽の女神に導かれ、薔薇の姫の愛により再誕せし、真なる勇気の化身、真なる勇気の象徴。


 人と神が共に紡ぎ謳う新たな神話の勇者が、此処に顕現した。

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