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『負けないで』

 砕け散った体が、粒子となって砂のように地面に落ちる。


 頭が真っ白になりながら、俺は、それに触れる。


 声を発することもできず、ただ呆然と、俺は自分の腕を見ていた。


 そこに確かにあったはずの腕の重みと温もりを。


 眼の錯覚を疑う。


 現実ではなく、夢を見ているに違いない。


 だって信じられるわけがない。


 さっきまで、俺に向けられた声を、笑顔を。


 もう、見ることができないなんて……。


『た、太陽……』


「くっつくくくくく。あははははは! 」


 メッセンジャーの高笑いが、遠くで聞こえる。



「これで君も思い知ったでしょう! この私に逆らったらどうなるのかいうことを! 」


 メッセンジャーが喋り続けても、全くどうでもよかった。


 俺はいつまでも、さっきまでいたはずの莉々朱さんを探し続ける。


「愚かな女だ! 言う通りにすれば、命だけは助かったものの! この私に向かって、戯言を吐くような真似をして、どうなるかがわからなかったんですかねえ? 」


 再び、メッセンジャーが哄笑する。


 ヒル子の声が聞こえる。


『太陽……立つのじゃ。このままでは、今度はお主が! 』


 ヒル子の焦りが伝わってくるも、俺の心は凪のように動かない。


「そうですねえ。そうだ! いいアイデアが思い浮かびましたよ! 」


 わざとらしくメッセンジャーが叫ぶ。


「次は、君の母親を殺しましょう」


 俺の中心から、沸々と何かが鼓動を立てる。


「その次には父親、そして最後には妹を、君の目の前で殺してあげましょう。そうすれば君がどれだけ愚かであってもわかるでしょう」


 止まってしまった時計の針が急速に回り始める。


 抑えようのない衝動が、凍りついた心に火をくべる。


「さあ、八剣太陽君。これ以上、君の大切な存在が、目の前にある、それのようになりたくなければ」


 俺の中に残っていた最後の理性が、弾け飛ぶ。


「黙れ……」


 俺は拳を握りしめる。


「ふむ。何か言いましたかね? 」


 ゆっくりと立ち上がる。


「黙れ……」


「この私に向かって、何か」


「黙りやがれえええええええええええええええええええええええええええええ」


 俺はあらん限りの声で叫ぶ、叫び続ける。


 喉が焼き切れたって構わない。


「貴様は、殺した……」


 握りしめた拳から血が流れ出す。

 

 俺は射殺すようにメッセンジャーを睨みつける。


「莉々朱さんを……俺の最初で、最後の……初恋の人を! 」


 メッセンジャーが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「それがどうだというのです。言ったはずですよ。これ以上、私に逆らえば、どうなるか」


 奥歯が砕ける音を聞く。


 怒りで体の芯が燃えあがる。


 メッセンジャーへの怒り、そして自分自身への怒りで、脳が焼け切れそうになる。


「絶対に……。許さねえ……」


「ほお? 」


 俺は地面に転がる兜を手に取り、頭に装着する。


「必ずお前を、殺す! 」


 メッセンジャーは心底愉快そうに答える。


「なら……残念だけど仕方ないね」


 メッセンジャーが右手をパチッと鳴らすと、狂声をあげながら、樹上から異形の怪物が俺目掛けて急降下する。


『太陽! 』


 俺は地面を砕き、怪物めがけて飛び上がる。


 怪物がその八本の腕で殴り掛かってくる。


「来いやぁああああああああああああああああああ」


 俺はその手に、たった一つの剣を、想像する。


 閃光が走り、怪物がその光に目を閉じる。


 剣を両手で掴み、交差する瞬間、目の前の怪物の腕を切り落とす。


「ほお、やるねえ」


 声をあげながら、怪物が地面に落ちていく怪物。


 今度は俺が、その頭上から怪物めがけて落下しつつ、剣を振り下ろす。


「うらぁあああああああああああああ! 」



 怪物が防ぐように交差した腕を真っ二つに切断する。


「まずは、こいつを殺す! 」


 地面に下りた俺は剣を構える。


『太陽、聞くのじゃ! 』

「うるせえ! 今はてめえの話を聞いてる場合じゃ」


『お主だけでは、こやつに勝てぬ! 』


 俺は頭に血が昇って言い返す。


「てめえ、ヒル子! お前でも許さねえぞ」


『ええい、最後まで聞くのじゃ! 言うたであろう、お主だけではと。我がお主の眼になるのじゃ! 」


「何? どういう意味だ! 」


『そのままの意味じゃ! お主も知っておるはずじゃ! こやつがどれだけ凄まじい攻撃をしてくるのかを。それに対抗するには、お主の眼だけでは足らぬ。故に我が、お主の眼が届かぬところからの攻撃を教えるのじゃ! こやつの縦横無尽に繰り出される攻撃を躱しつつ、こやつを倒すためにはそれしかないのじゃ! 』


 俺は剣を握りながら、燃え滾る頭を何とか沈めつつ、考える。


『太陽! 我もあの男が憎いのじゃ! 』


 ヒル子の本気の怒声に驚く。


『当り前なのじゃ! お主がどれだけあの姫のことを思っていたのかは、一番近くにいたこの我が一番よう知っておる! それを……よくも……。絶対に、許せぬのじゃ! 』


「ヒル子、お前……」


『太陽! お主と我、二人で怪物を倒し、そしてあの男を、姫の敵を討つのじゃ! 』


 俺は頷く。


 怪物は、その口を横に開き、聞くもの全てを縮み上がらせる咆哮する。


 前までの俺なら震えあがっていただろう。


「そんなもんで、俺をどうにかできると思うなよ! 」


『征くぞ、太陽! 』


 俺は目前の怪物以上の雄たけびを上げ、真っ向から怪物に挑みかかる。


 豪速で向かってくる巨腕を体を傾け紙一重で躱しつつ、側面から腕を切り裂く。


 一太刀入れると、怪物が叫び、他の七本の腕を振り回し拳を繰り出す。


 強風のような猛攻に対し、ヒル子が叫ぶ。


「後ろ、来るのじゃ! 」


 俺は後ろを見ることなく、そのまま前に飛び込みつつ前転する。


 背後を猛烈な風が通り過ぎる。


 俺は起き上がり、再び怪物に身体を向け、走り出す。


 これまでにないくらい、体が動く。


 かつて感じていた恐怖を、怒りという名の炎が焼き尽くし、その炎が身体全体に行き渡り、全ての神経を励起させる。


『太陽! 今のお主なら、見えるはずじゃ! 』


 ヒル子の言う通りだった。


 兜を通して見える視界が広がっていく。


 これまで見ていた視界とは比べ物にならないくらいに。


 目で追いきれない速度の、風を切るような巨腕の動きに、眼が追いつく。


 追いついたなら、やることは決まってる。


 正面から来る巨腕をスライディングしながら躱し、その流れのまま起き上がりつつ無防備な足に剣を刺しこむ。


 右太ももを一気に切断し、怪物はバランスを崩す。


 そのまま背中に回り、すれ違いざまに、背中を切り裂く。


 怪物は苦悶の叫び声を上げ、巨腕をがむしゃらに振り舞わす。


『左右から来るのじゃ! 』


 俺の体を挟みつぶすように左右から来る巨腕をその場で後方に宙がえりしつつ剣を振り、拳を斬り裂く。


「ほお、中々やりますねえ。だが、こいつは特別製でね。中々やられませんよ」


 怪物の全身の傷口から煙が噴き上げ、傷を再生していく。


『太陽! あれをどうにかせねば、倒せぬのじゃ! 』


 ヒル子が警告するも、


「んなもん、関係ねえ……」


 俺は剣を構える。


「死ぬまで斬り続けるだけだ! 」


 俺は手にした剣を掲げ、雄たけびを上げる。


 俺の意思に呼応するかのように、剣の鍔の中心の紋章が、かつてないほど煌めく。


 真紅の輝きが、刀身を真っ赤に染め上げる。


 怪物めがけて、俺は再び吶喊する。


 真正面から捻りつぶそうと伸ばしてくる手を、当たる直前で飛び上がり回転しつつ、斬る。


 怪物の背後に飛び降りながら、剣を振り払い残った腕を根元から寸断する。


 振り向いた怪物に向けて、ダッシュで胸元に飛び込む、


 俺は怪物の前で、右足を重心に着地し、体を限界まで右に傾ける。怪物が俺につられてその方向に身体を傾けた瞬間、右足を軸にし、一気に左へ傾きハンドボールのフェイントをかける。


 がら空きとなった怪物の左のわき腹を潜り抜けざまに、剣で腹を斬り裂いていく。


「はぁああああああああああああああああ! 」


 怪物の周囲を舞いながら、俺は高速で動き回り、怪物の腕を、脚を、全身を斬り続ける。


 加速し続ける俺の動きに、怪物の攻撃は一向に当たらない。


 そうして斬っていくうちに、怪物の傷の再生速度が、目に見えて遅くなっていく。


『太陽! 奴の再生が追いついていないのじゃ! このまま行くのじゃあ! 』


 蒸気を上げて再生している最中の腕の傷口を、切り裂く。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


「こんなもんで終わると思うなぁあああああああああああ!! 」


 嵐となって、俺は怪物を斬り刻んでいく。





 そうして、俺は剣を地面に突き刺す。



 目の前の怪物の、四肢の中で唯一残った左足が、ずるっと音を立て、削ぎ落される。


 怪物がうめき声をあげ、地面に倒れ伏す。


『太陽! やったのじゃ! 』


「ああ。こいつはもういい。あとは……」



 拍手の音に、俺は顔を上げる。


「流石は太陽君! 君の驚異的な成長速度には目を見張るよ。私特製の眷属を、ここまで追い詰めるとはねえ! 」



 メッセンジャーは拍手をしながら、全く動揺していなかった。


「てめえの番だ。そこで首を洗って 」


 待ってろと言いかけたその時だった。


「ならば、ちょっと趣向を変えてみようか」


 その一言で、空気が変わっていく。


 俺の後ろからふらつきながら隣にきたレグルスが、何かを感じ取ったのか俺に向かって唸り始める。


 メッセンジャーが、怪物に向かって左手を伸ばす。


『奴め、何をする気じゃ! 太陽! 』


「分かってる! 」

 

 嫌な予感がした俺は、即座に怪物目掛けて駆けだす。


「少しだけ、私自身の力をこいつに混ぜることにしてみよう。さて、どうなるかな? 」


 メッセンジャーが伸ばした手のひらに穴が空き、触手が飛び出る。


 その触手は怪物に向かっていき、怪物の首の後ろ、脊髄の辺りに突き刺さる。


 その途端、怪物が絶叫する。


 その尋常じゃない、生命が終わる間際に発するような叫びに、俺は思わず足を止めてしまう。


「てめえ、何をっ?! 」


「見てごらん、面白くなるよ」


 メッセンジャーの喜色満面の笑みと共に、怪物が変化していく。


 怪物の全身を覆っていた鋼のような毛が全身から抜け落ちると、むき出しの皮膚が禍々しい漆黒に変色していく。

 

 切り落とされた四肢の付け根から、丸太のような触手が飛び出て、それが足と腕の形になっていく。


 腕の先にある手から、鋭いかぎ爪が伸びてくる。


 背中を突き破り、悍ましく蠢く触手が何本も生えてくる。


 赤い眼と口、そして顔全体がへしゃげたように陥没していき、虚無の底のような大穴が顔面を埋め尽くす。


 ヒル子が信じがたいものを見るかのように叫ぶ。


『あやつ、まさか……あの怪物を造り替えておるのか⁉ 』


 俺とレグルスは、その変貌を、ただ唖然と見ていることしかできなかった。


 頭頂部から、どす黒い色をした一本の巨大な触手が天に向かって伸びる。


 変貌を終え、それは現れた。


 元の怪物でも俺の身長の倍くらいの大きさはあったが、それを遥かに超え、背後にある巨大な黄金樹の天辺近い大きさで聳え立つ。

 

 もはや元の怪物の面影は全く無く、異なる存在と成り果てていた。


 生物では決してあり得ない、その逸脱した巨大な姿を見上げ、俺は初めて、畏怖と言う名の感情を理解する。


「さあて、太陽君。準備はいいかね? 」


 メッセンジャーが、ほくそ笑む。


「第二ラウンドの始まりだ」



 

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