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『デート』


「お待たせ! 」


 俺が顔を上げると、莉々朱さんが手を振りながら駆けてくる。

 

 初めて出会った時の眩い純白の白Tシャツに、腰に切れ目のあるセクシーなデニムパンツ。スポーティな黒のキャップが、莉々朱さんにとても似合っている。


「タクシーが渋滞に巻き込まれちゃって、遅くなっちゃったわ。待った? 」

 

 俺の傍まで来た莉々朱さんの笑顔とその息遣いにどぎまぎしながら


「い、いや。今来たとこっす。その……服。めっちゃ似合ってるっす」


「ふふ。ありがと。あれ、太陽君……」

 

 じーと莉々朱さんは目を細めて俺を見る。


「ど、どうしたんすか?」

「ん。あの赤いシャツ、今日は着てこなかったんだ? 」


「いや、まあ、ださいかなと思ったんで。はは。なんか変っすか?」


 俺の言葉に莉々朱さんは答えず、俺を、というより俺のシャツを見ていた。

 

 やっぱ事前に、デート用の服買うべきだったぜ! クッソ、俺のバカ野郎!


「ううん、なんでもないわ。 それで、今日はどこ連れてってくれるのかな? 」


 一瞬の気まずい雰囲気は、莉々朱さんの笑顔で瞬く間に去っていった。


「あ、案内しまっす!」

 俺はぎこちなく、片言になりながら、目指す方向を指さす。


 俺は莉々朱さんと一緒にアーケード街に入る。


 日曜日だからだろうか、若いカップルや家族連れ、バックパックを背負った外国人観光客の集団がアーケードを闊歩している。


 俺は歩きながら、夕夜のアドバイスを思い出し、何を聞くべきか考えていると莉々朱さんが横から覗き込んでくる。


「どうしたの? 体調でも悪い? 」


 よっぽど思い悩んでいるように見えたのか、莉々朱さんが俺に聞いてくる。


「いやあ、全然大丈夫っす。あ、莉々朱さんは、ここまでどうやって来たんすか?」


「私? タクシーで来たよ。ってさっきも言わなかったっけ」


「あ、そ、そうでしたね。ええっと」


 くそ、俺のバカ野郎!ちゃんと聞いとけよ!


「あ、朝ごはんは何食べたんすか?」

「朝ごはん? ホテルで軽くモーニング食べてきたわ。」

「そ、そうなんすね」


 それで会話が止まってしまう。

 くっそ、ここからどうやって会話を繋げていけば、ってか何を質問すりゃいいんだ!?


「あ、太陽君。あれかな?」

 俺が質問のネタを何とかひねりだそうしていると、莉々朱さんが俺の肩をたたき、前を指さす。


 俺が考え込んでる間にいつの間にか目的地までたどり着いていた。


 アーケード街の出口にある肉屋から横断歩道を挟んで、建物が見える。


 入口の前の広間では待ち合わせと思しき人が集まっている。その先の入り口に扉は無く、透明なシートがのれんのように垂れさがり、人々がそれをくぐり、中に入っていく。


「あ、そ、そうっす! 」

「ここ私も気になってたんだ! さあ、早く行きましょっ! 」

 莉々朱さんが駆けだすと、俺も慌てて追いかける。


 垂らされた入り口の透明のビニールを潜り抜けると、そこは居酒屋の店内を、全体的に広げて、複数の店を合体させ大きくした感じだった。


 通路の左右には刺身、寿司や唐揚げ等色々な食べ物が売ってあり、その他海産物や、地元の食材を使った料理を売る店が並んでいる。


 通り道の真ん中にはテーブルとイスが間隔をあけて、並んでいて、お客さんが店で買った食べ物を並べて食べている。


 通路は人がごった返しており、行きかう人々は店を眺めながら、店主に注文を言ったり、割引を謳う店員の大声で大賑わいだった。


「ここ、色んなお店があってとってもいいじゃない! あ、あれも美味しそう、これも美味しそう! 」


 莉々朱さんは目を輝かせながら、あちこちの店を指さす。


「ここなら、莉々朱さんが気になるものもあると思うっす」


「うんうん! 」

 

 俺と莉々朱さんは通路を歩きながら、色々見て回る。


「ここがおすすめっす」

「すっごーーーーい! 」


 ある店の前で、莉々朱さんの声がひと際高くなる。


 そこはカウンター越しにガラスで区切られており、中では鉢巻をした店員がかつおを刺した串を網で焼いていた。藁を盛大にかぶせながら炙る姿は見ものだった。


「これが、かつおのたたきってやつね! これ食べてみたい!」


「うっす。あっ。俺が買ってくるんで。莉々朱さん、席に座っといてくださいっす」


「りょーかい! 任せたわ! 」

 と敬礼のような身振りをして、莉々朱さんは席を探しに行く。


 俺は列に並び、五分程で、両手にお盆をもって列から離れ、莉々朱さんを探す。


「こっちよー!」


 店の真ん中、テーブルが並びお客がひしめきあいながら座っているその端の方で、莉々朱さんが手を振る。


 莉々朱さんの声は、店内のざわめきにも負けないくらい、華があり、周囲の男性客はちらちらと莉々朱さんを見ていて、俺は正体がばれないか気が気じゃなくなる。


「ありがとう! さあ食べましょ! 」


 莉々朱さんはいただきますと手を合わせて、魚を口に入れると

「んーーーー!美味しい! 」

 莉々朱さんは頬に手を当て、うっとりしながら食べている。


「よかったっす」

「私、お肉も好きだけど、お魚も好きなんだよねー」


「そうなんすね。えっと、莉々朱さんはその、食べ物はどんなものが好きっすか? 」


「ふーん。そうだね。それじゃ問題! 私が好きな食べ物はなーんでしょう? 」

 お茶目に笑う莉々朱さんを前に俺は悩む。

「ヒントは?」


「だーめ、ヒントは無し。当ててみたらご褒美、あげちゃう」


 俺はごくりと唾を飲み込み必死に考える。莉々朱さんのラジオを思い出せ、俺! 好きな料理ってえと。


「5、4、3……」

「えっと、そうだ! お寿司だ!」


「正解! よく知ってたねー」

「勿論っすよ」

「ふふ。ご褒美はー、何にしようかな。そうだ。口開けて」

 俺は言われた通り口を開けると

「はい、あーん」

 と言って俺の口にたたきを入れる。

「どう、美味しい?」

 俺は噛みながら頷くと、莉々朱さんは微笑み、俺は夢なんじゃないかと頬をつねる。


 そこから俺と莉々朱さんは食べるのに夢中になり、会話が止まってしまう。


 沈黙は不味いと焦りだした俺は、何とか会話を続けようと質問をする。


「あ、その。そういえば、莉々朱さんは甘いものは何が好きですか? 」


「ええ? この前、一緒に食べたもの、もう忘れちゃった? 」


 莉々朱さんが不満げになったので慌てて


「あ、いや。その」


と答えるも、すぐに莉々朱さんは頬を緩め


「ふふ。冗談よ。やっぱり洋菓子が好きかなあ。小豆が苦手なの。だから忘れないように」


 しまった。莉々朱さんと行ったばっかりだってのによお、何忘れてんだ、俺のバカ野郎!


 もっと話が広がるネタを振んねえと。プライベートの話とかか?

 でも、あんまり根掘り葉掘り聞きすぎんのもきもすぎるだろ!?

 と焦っていると


「そんなに無理しなくていいよ」


 俺は俯きかけた時、はっと顔を上げる。


「太陽君、さっきから何だかずーっと緊張してる。それに何か考え事しながら会話してるでしょ? 質問ばっかしてくるしね」

 

「わ、わかるんすか? 」

「そりゃあねえ。不自然だし、ばればれ。何があったの。ほら、正直に言ってみなさい」


 俺は正直に夕夜にアドバイスをもらったこと、その通りにしようと服とか話をすることを考えたことを洗いざらい話す。

 

 俺の話を聞き終わると、莉々朱さんは大声で可笑しそうに笑う。


「それであんなにがちがちになって頑張ってたのね」

「うっす。す、すんません」

 

 俺は恥ずかしくなる。夕夜はモテてそうだからと、鵜吞みにしてしまってその通りに動けば失敗しないだろうと考えた挙句、見透かされていたなんて、恥ずかしすぎる。


「確かに君の友達は、そうやって女の子に接してモテてるみたいだけど、私は別にそういうので、好きになったりはしないかな」


「それは、何でっすか?」

「だって、デートなんだからお互い楽しむのが、一番でしょ? それに……」


 莉々朱さんは右手で頬杖をついて


「君が今着ているその服より、あの真っ赤なシャツの方が、太陽君らしくて……。私、好きよ」


 さっきまでとは別人のような色気のある艶っぽい声と莉々朱さんのその淡い微笑みに、俺は一瞬で心臓を撃ち抜かれ、瞬く間に顔が熱くなる。


「くすくす。また告白されたと思ったんでしょ? 」


「いや、そんなの! ずるいっすよ」


 と俺が言うと、可笑しそうに莉々朱さんは俺のほっぺをつっつく。


 俺と莉々朱さんは食べ終え席を立つ。


「それじゃ、次はどこを案内してくれるのかな? 」


「ここの近くに面白い市場があるんすよ。どうですか?」


「いいじゃない! 行きましょっ!」


 店内を出て、日向に出ると

「うひゃー! 帽子無かったら、干からびちゃうわ! 」

 燦燦とした日光とじめじめとした大気が一気に襲ってくる。

 俺はリュックから事前に凍らせておいたペットボトルを取り出し、

「熱中症なったら不味いんで、これどうぞ」

 とスポーツドリンクを渡す。


「ありがとう! 」

 と言って莉々朱さんが飲み、俺に手渡し

「ほら、太陽君も飲まなきゃだめ」

「いや、俺はだいじょう」

「ダメっ。」


 俺はペットボトルを手に取り、これって間接キスじゃ、と思い莉々朱さんを見るも、全く気にしてないのか俺が飲むまでこっちを見てそうな雰囲気だったので、俺は一気に飲む。

 飲み終えると、莉々朱さんはそんな俺をどこか可笑しそうに見て意識した俺が恥ずかしくなる。


 さっきまでいた建物の裏側に面した大通りにある市場を目指して歩き、大通りに辿り着くと、そこには屋台がはるか先まで立ち並んでいた。


「こんなにお店があるんだ! なんだかおもしろいものたくさんありそう! ほら、行きましょ!」

 というと莉々朱さんが俺の手を掴み走りだす。


 莉々朱さんは、屋台を覗き込み、気になるものを見つけては店の人に尋ねていた。


「見て! こんなにおっきい野菜初めて見たわ! これなんですかー」


 莉々朱さんはおばちゃんと笑顔で会話をしている。


「ほらほら! この文旦っていう果物、私の顔よりおっきいわ!」

 果物を持ち上げ、顔の横まで持ってきて俺を見る。


「お姉さん、お目が高いねえ。どうだい? お姉さん美人だから、安くするよ」


「おじさん、上手ですねー。それじゃあ一個もらおっかなー! 」


 莉々朱さんは気になったものを次々と買い、俺はさっきの汚名返上すべく

「持ちますよ!」

 と言って、遠慮する莉々朱さんから荷物を預かる。


 莉々朱さんは花屋の前に着くと、顔を寄せて、眺めていた。


「莉々朱さんは花、好きですか?」


「ええ。大好きよ。私、家のベランダに色々花とか植えてるの。って言ってもマンションのベランダだから、そんなに大して広くはないんだけどね」


「そうなんすね! 初めて知りました」


「誰にも言ってないもの。育てるのは大変だけど、綺麗な花が咲くと、とっても幸せな気持ちになるわ」


 その花を愛おしそうに見る莉々朱さんのなんとも言えない横顔に、俺は見惚れる。

 

 俺と莉々朱さんは、いも天と書かれた屋台の前に来る。


「ここは、さつま芋を揚げてるんすよ」


「さつま芋!? 初めてね。美味しいの?」


「とっても美味しいよー! 食べてみて頂戴!」


 店のおばちゃんが、つまようじで刺したいも天を俺と莉々朱さんに渡してくる。

 俺がまずは口に放り込む。

「あっつ! 」

「そりゃそうさね! 揚げたてだもの! ゆっくり食べな兄ちゃん!」


 とおばちゃんに笑われ、莉々朱さんも俺を見てくすくす笑う。


「美味しいっすよ! 」


「それじゃ、私も」


 ふーふーと息で冷まし、恐る恐るいも天を口に入れる。すると、半信半疑だった莉々朱さんの目が一気に輝く。


「どうだい、お姉さん?」

「これ、美味しいわ! 」


 俺はおばちゃんに

「これ一袋ください」

「あいよ、兄ちゃん」


 と俺は一袋買う。


 俺と莉々朱さんはいも天を食べつつ、一通り屋台を眺めながら歩いていると、端までたどり着く。


「なんだか楽しすぎて、疲れちゃった」

 建物の陰で、莉々朱さんは俺に向かって笑う。

 

 俺は時計を見ると、三時前になっていた。


「すみません、ずっと歩かせちゃって」

「ううん、大丈夫よ。重いもの全部持ってくれてるもの。」

「俺、カフェ予約してるんで、そこ行きましょう」


 元のアーケード街に戻ると、昼とはうってかわって道行く人が殆どいない。

 

「ありゃ、なんだか人が全然いなくなってるね」

 莉々朱さんは不思議そうに言う。

「確かにそうっすね」


 俺は違和感を感じながら、なんだか様子がおかしい雰囲気のアーケード街を歩きつつ、カフェを目指す。


 昼に来た時は開いていた飲食店含め殆どの店がシャッターを閉めている。


 時計を見るとまだ三時過ぎ。店を閉めるには早すぎる。


 俺は予約していたカフェに辿り着くと、そこでは、エプロンをした眼鏡のおじさんが、店の前の看板を片付けていた。


 「あの、予約した八剣ですけど……」


「ああ。電話くれた八剣さんね。予約してくれたのに申し訳ないけど、今日はもう店を閉めることにしたんだよ。お客さんもいないからね」


 申し訳なさそうに、頭をかきながら答える。


「他の店も閉まってるんですけど、何か理由でもあるんですか? 」

 莉々朱さんが俺の横で質問をすると


「そりゃあ、あんな事件が続いてたらねえ」

「事件って? 」

「ありゃ、知らないのかい。ほら、テレビでもやってるよ」


店の奥のテレビを指さしながら、店主は言う。


「連続失踪事件のことさ」

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