『月弓夕夜』
「おおっ! 夕夜じゃねえか。久しぶりだな!」
満月の下で、俺に向かってライトを照らしているかつての幼馴染である月弓夕夜に向かって手を上げる。
鋭い切れ長の目、夏休みにも関わらず白い制服を襟元まで留め、髪もきっちりと七三で分けて、如何にも真面目な男子高校生といった感じだ。
「それはこっちのセリフだ。小学校卒業以来だから、五年、いや六年ぶりか」
夕夜はライトを弱め、俺に向かって歩いてくる。
「ところで、お前はどうしてこんなところにいるんだ? この公園は先日の事故で立ち入り禁止のはずだ」
俺は言い訳を考えるが思いつかなかったので、敢えて開き直ることにする。
「だからだろうが。謎の事故とかめちゃくちゃ気になるじゃねえか! それ言うなら、お前だってそうだろ? 」
俺も言い返すと、夕夜は
「私の家はこの近くだからな。この近辺には小学校低学年の子供達をもつ家庭も多い。だから、不審な人物がいないかどうか、見回るようにしている。そういえばお前、今どこから現れた? 公園を一周したが、誰も見かけなかったはずだが……」
話が不味い方向に逸れていくのを防ぐため
「そうだ! せっかく久々に会ったことだしよお、飯でも食べいこうぜ! 夕夜に相談したいことがあるんだ! それに俺ん家、今家族が旅行に行ってるから、飯がねえんだよ」
ふむ。と夕夜は顎に手を当てて、考えこむ。
「……まあ、いいだろう。私も少し話したいことがあるからな。ちょっと待て。家に連絡をしておく」
と夕夜は携帯を制服の胸ポケットから取り出す。
「お、飯あんなら別に無理しなくてもいいぜ」
「いいや。ハウスキーパーに夕食のキャンセルを伝えるだけだ。問題ない」
と言うと、夕夜は素早くボタンを押して電話をし始める。
『なあなあ太陽よ。あの者はお主の友なのか? 』
「ああ。といってもここ数年は会ってなかったから。大分久しぶりなんだけどよ」
『そうなのか。にしても、お主とは真逆な感じを受けるのじゃ。きっちりしとるしの』
「うるせえ」
とヒル子とやりとりしてると、夕夜は携帯を閉じ俺に向かって
「連絡は済んだ。とはいえ、私も勉強の合間に来てるから、長くはいられないが。どこに行く? 」
「そうだな」
と俺は少し考えて
「なら、あそこのファミレスはどうだ?」
俺は公園の入口から歩いて五分程の場所、国道沿いのファミレスの看板を指さす。
「いいだろう。ほら、さっさと行くぞ」
と夕夜は俺を待つことなくファミレスへ足取り早く歩いていく。
その様子に俺は懐かしさを感じつつ
「相変わらずだな、おめえはよ」
と俺は負けじと追いつく。
俺と夕夜はファミレスに着くと、窓側の席を案内される。
客はそこそこ入っていたが、料理が十分とかからずにテーブルに並ぶ。
「よくそんなに食べれるな」
俺が鉄板の上で焼けているハンバーグとチキンステーキの皿をご飯と一緒に頬張っていると、夕夜が信じられないものを見たかのように頭を振る
「んだよ。こちとら、まだまだ成長期だっつの。お前こそ、そんなんで足りるのかよ」
夕夜の前にあるサラダとスープを見て言う。
「夜はサラダでいい。タンパク質は朝と昼、取るようにしてるからな」
「へえ。それはポリシーってやつか?」
「そんなところだ。お前は部活とかしてたのか? 肩幅とかかなり鍛えているように見えるが」
「まあな。中学はサッカー部、高校はハンドボールだ。一応インハイまで行ったぜ。部活はもう引退したから、今は何にもしてねえがな。夕夜、お前はなにかしてたのか?」
「俺は剣道をしていた。だが、もう三年になったからな。後進に後を譲った。お前と同じだ」
俺と夕夜はお互いの中学、高校生活の話をする。夕夜は生徒会長として高校をまとめていたことを話し、俺は部活に力を入れすぎて、成績がやばいことを言うと、苦笑される。
『ほら、太陽。相談するのじゃろ?』
「ああ。わかってる」
「ところで太陽。相談したいこととは? 」
「ああ。それがよお」
俺はエルピスや怪物の話を避けつつ、本屋で莉々朱さんと会ってそこからデートに行くことになったことを説明する。
話していると段々、夕夜の顔が怪訝な表情を浮かべ始め、話し終えた後は深いため息をつきだす。
夕夜はみけんにしわを寄せ
「俄かには信じがたいが……。整理すると、たまたま本屋で出会った美女を助けたら、翌日呼び出されて、実はその美女はお前の憧れの声優で、その人とデートに行くことになったと」
「ああ。そんなところだぜ! 」
俺は口に肉とライスを頬張りながら答え、夕夜は呆れたように
「色々突っ込みどころしかないが、ひと先ずは置いておいておく。話が進まないからな。その莉々朱さんとやらは旅行で来たから、観光がしたいと。それで困ったお前はアドバイスをくれ、というわけだな」
俺は頷くと夕夜が腕組みをしながら
「そうだな……。まあ一回目のデートならお昼ご飯くらいが精々か。なら、あそこはどうだ。ひろめ市場。その莉々朱さんとやらの好みはわからないが、あそこは観光客向けの品物や料理もそろってるはずだ。それにああいう場所は物珍しいだろうから、観光という観点からも悪くはないだろう」
「おお、なるほどな! 確かにあそこはぴったりな気がするぜ! 」
「一回目だから、昼ご飯で解散してもいいが、もしその後も行動するのであれば、日曜市でも案内すればいい。ちょうど明日は日曜日だから、店もたくさん並んでるはずだ。ただ暑さ対策はしっかりしておけ。彼女もこちらの暑さにはあまり慣れてないだろうからな、極力炎天下の中を歩かせるな」
俺は携帯に一言一句メモする。
「すげえぜ、夕夜! よくこんだけ思い付くな! 」
「この程度のことを十八歳になっても思い浮かばないお前が可笑しいのだ」
「っち、相変わらずてめえの正論は耳が痛いぜ」
「至極当然のことを言ったまでだ」
夕夜は食後のコーヒーを呑み、俺はストローでジュースを一気飲みする。
「こんだけわかるってことはよお、夕夜。彼女とかいるだろ? 」
「彼女はいない」
「んだよ。とっくにいるかと思ってた」
と言うと
「許嫁はいるがな」
俺は飲んでいたコーラを噴き出す。
「お前、汚いぞ」
「い、許嫁ー!?」
俺は近くを通った店員さんからふきんをもらってテーブルを拭きながら話を聞く。
「まあ、大した話ではない。忘れたのか、私の親が何をしているのか」
「確か……お前の家、お父さんが議員で、お母さんがお医者さんだっけか……」
そういえば、昔こいつの家に遊びに行った時、とてつもない広さと庭をもつ武家屋敷みたいな豪邸だったな。
「っかーー、許嫁とか! 羨ましいなあ、おい!」
と俺が目の前の夕夜の肩を叩こうとすると、躱される。
「親が勝手に決めただけだ。」
夕夜の言い方は自慢げでもなく、さも当然の事実を告げるかのような冷めた言い方だった。
「でも許嫁ってんだから何度も会ってんだろ。その子とは。可愛いのかよ? 」
俺は羨望も込めて尋ねると、夕夜が苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「あ? なんだよ。あんまり可愛くないのか? 」
「いや、まあ……。世間一般的に見れば、可愛い方の部類なんだろう」
「はっきりしねえなあ。どんな子なんだよ」
と聞こうとすると、
「この話をこれ以上続けるようなら、帰るぞ」
夕夜が何故か不機嫌になったので、これ以上追及するのをやめる。
「わりいわりい。それで夕夜様、他のアドバイスは?」
「ふむ」
夕夜が俺を見定めるように見る。
「その真っ赤なシャツはやめろ。ダサすぎる」
みぞおちにボディーブローを直接くらった並みの衝撃で、俺の顔が歪む。
「まじか……」
「当たり前だ。お前、小学生の時と同じファッションなのはどういう了見だ。その恰好は昔見ていたアニメの影響だろうが、高校生にもなって着るファッションではないぞ。デートならもっと落ち着いた色のシャツを着ろ」
「はあっ。わあったよ」
俺は不貞腐れてると
「あと、お前は喋るな」
「はあ?! 喋るなって、一言もってことか?!」
「馬鹿者、話を最後まで聞け。相手に話をさせて楽しませろ、ということだ。とにかく相手に話を振って、その答えに対しておおげさでもいいから、相槌を打て、頷け。興味をもってますとアピールしろ。お前が喋るのは質問か、相槌の言葉か、聞かれたことに応える時だけだ」
「な、なるほど。深いぜ」
俺は携帯のメモ機能で必死にメモをする。
「あとは行くところはさっきの場所でいいが、それとは別にどこかカフェでも予約しておけ。不測の事態に備えてな。もし万が一、行く予定の店が閉まってて、そこでどうしようとなった時のきまずさのこと想像してみろ」
夕夜のアドバイスにぐうの音もでない。
「まあ、こんなところだな」
「流石夕夜だぜ。まじで助かった」
俺は頭を下げて夕夜に礼を言うと
「お前が考えなさすぎるだけだ。昔から変わらずな」
そう言うと夕夜は、窓から外を見つつ、遠い目をする。
「そういや、夕夜。お前も話したいことが、あるって言ってたよな」
「……ああ、そうだな」
と言いつつ、夕夜は一向に話そうとしない。
沈黙のまま、数分経ち、しびれを切らしかけた俺が口を開こうとしたその時、夕夜は俺の方を見る。
「夢子のこと、覚えてるか? 」




