『約束』
付き合って、付き合って、付き合って……
頭の中で莉々朱さんの言葉が反響する。
あり得ない、いや、けど付き合ってって、告白だろ、完全に!
刹那の脳内会議を終え、喜んで!と答えようと口を開きかけたその時だった
「くれない? 私の観光に」
「え……」
俺が言うはずだった言葉は、漏れた息となって哀れにも言葉にならずにどこかへ飛んでいく。
「初めて訪れる街を一人で回るのも好きだけど、せっかく太陽君と知り合えたから、案内してもらおうかなって」
俺は口を開けたまま、放心していると莉々朱さんは怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたのよ? 何かあたし変なこと言った? 」
「いや、その……」
と俺がごまかそうとすると、莉々朱さんが眉をひそめる。
「なによ。ほら、ちゃっちゃと言いなさいな」
「いや、その付き合ってって聞こえたんで、その……」
と言うと、莉々朱さんはぽかんとした表情からゆっくりと顔に笑みが広がっていく。
「へえ……太陽君。私に告白、されたと思ったんだ」
と言うと、妖しく微笑む。
「すんません! マジで勘違いっした!」
俺は机に頭を打ち付けんばかりに下げる。
莉々朱さんはくすくすと笑う。
くっそ、俺の馬鹿野郎!
あの莉々朱姫が俺に告白なんて、するわけねえだろうが!
水を一気に飲んで、何とか冷静になれ、と俺は自分に言い聞かせる。
「観光っすね! 任せてくださいよ! 」
俺は何とか切り替えて言うと
「あ、だけど太陽君って、高校三年生よね? 今、受験で大変だから、付き合わせるのも悪いかな」
と莉々朱さんが言うと俺は慌てて
「いや、大丈夫っす! 俺、部活でインターハイまで行けたから、大学はスポーツ推薦で決まってるんで だから、全然大丈夫っす!」
と言うと、莉々朱さんは驚いたように目を丸くし身を乗り出してくる。
「へえー! インターハイってすごいじゃない! 」
莉々朱さんは両手を合わせて、眼が輝く。
しまった、デート行きたいあまり話を盛ってしまった。
インターハイは行ったけど、大学のスポーツ推薦はまだ決まってねえのに。
「いやあ、まあそんな大したことないっすよ」
俺は頭をかき、から笑いをして誤魔化す。
「太陽君、肩幅あるし結構鍛えてる感じしたんだよねー。何の部活してたの?」
「ハンドボールっていう、まあマイナースポーツっすよ」
「部活でインターハイかー、青春って感じでいいじゃない!」
俺が部活の話しをすると、部活自体に縁がなかったのか、莉々朱さんは興味津々で聞いてくる。
そんな風に会話が盛り上がり、気が付くと、俺と莉々朱さん以外の客はいなくなっていた。
会話が落ち着いたところで莉々朱さんが腕時計を見て、驚く。
「わ! もうこんな時間たったんだ! 」
俺も見ると、いつの間にか午後三時を過ぎていた。
二時間近く喋っていたのか。会話に夢中で気が付かなかった。
「今日はこれから寄るところあるから、帰るわ。明日もあるしね。そうだ、太陽君。携帯貸してくれる? 」
「あ、はい」
俺はポケットから慌てて携帯を出すと、莉々朱さんはそれを開き器用にボタンを打ち込み、俺に返す。
「私の連絡先、入れておいたから。時間は……今日と同じでいいかな。待ち合わせ場所なんだけど、流石に今日と同じところは不味いわね。どこかいい場所ある? 」
俺は聞かれて考える。
「街の中心に路面電車が通る大きな十字路があるんすけど、その近くに小さな橋があるんすよ。めっちゃ小さな橋なんですけど、そこで待ち合わせはどうすか? 」
「へえ、そこ聞いたことあるわ! いいわよ、そこで待ち合わせね! 」
冷房の効いている店内から出ると、一気に暑さが襲い来る。
「ほーんと、この暑さはすごいわね」
莉々朱さんは空を見ながら目を細め、手庇をする。
その光景がとても絵になって、おれは思わず見惚れてしまう。
「それじゃ、また明日。あ、今度は遅れたらダメよ 」
莉々朱さんが俺にウィンクをすると、事前に電話で呼んで店の前まで来たタクシーに乗り込む。
窓から俺に向かって手を振り、俺も振り返す。
そのままタクシーに乗って莉々朱さんは去っていった。
俺も手を振りながら、去っていくタクシーを目で追い続ける。
『よかったではないか、太陽! 』
「ああ」
『お主が昨夜の戦いで、何とか生き延びたからこそじゃ! 』
ヒル子が誇らしげに言う。
「なあヒル子。これ夢じゃないよな? 」
『何を寝ぼけたことを言っておるのじゃ』
とヒル子は呆れ果てたようにため息をつく。
俺はぼーとしつつも、ある事実を思い出す。そして口の中が乾いていく。
「ヒル子」
『ん、なんじゃ』
「明日、莉々朱さんを案内するんだけどよ。これってデートだよな? 」
『デートっていうのは何じゃ? 』
「デートっつうのは、男と女が一緒に出掛けるっていうか、遊ぶっていうか」
『ほう。なら、デートじゃろ』
俺は段々と青ざめてゆく。
不味い不味い不味い。
「俺……今までデートなんて一度もしたことがねえんだ」
『なおさらよいではないか! あんなに美しい姫とデートできるのじゃから』
俺は頭を抱える。
「やべえ! デートのやり方なんてわかんねえええええ!?」
どこを案内すればいい? デートの服は? 会話のネタは?
どうすれば、莉々朱さんが喜ぶデートができるんだ!?
「ヒル子! どうすりゃいい?! 」
『我が知るわけなかろう! 』
「だよな!? 」
俺は頭をフル回転させデートの方法について考えていると、頭上から唸り声と同時に頭に何かがぶつかる。
「痛えっ! 」
俺は頭の上に乗ったそれを両手で掴む。
「レグルス!」
レグルスは俺の手から抜け出すと首元に纏わりつき、髪の毛を引っ張ってくる。
「すまん! まじで悪かったって!」
何とかレグルスを引き剥がすと、レグルスは足元で何かを訴えるように唸り続ける。
「だから、置いて言って悪かったって」
『ふむ。太陽、エルピスのことではないか? お主、あれから会っておらぬではないか。会いに行けと言っとるのではないか。』
完全に莉々朱さんのことで頭がいっぱいだった俺は、森で独りいるエルピスのことを考え、罪悪感で胸が苦しくなる。
そうだ。それにエルピスにこっちの世界で何か持っていくことを約束していた。
ふと、俺はさっき出たばかりのケーキ屋を見る。
「レグルス。ちょっと待っててくれよ」
俺は出たばかりのケーキ屋に再び入る。
「よし」
お目当ての物を買った俺は店を出る。
『ふむ。それではエルピスに会いに行こうかの! 』
「ああ」
俺はケーキ屋から本屋へ戻るための横断歩道を待っていると、レグルスが急に唸りだす。
「ん、どうした? 」
俺はレグルスを見ると、毛を逆立て、牙を見せながら正面を見て唸っている。
その尋常でない様子に俺はレグルスの見ている正面を見る。
『太陽、気を付けよ! 妙な気配を持った奴が近づいてくるのじゃ』
信号が、赤から青に変わる。
目の前の横断歩道を、一人の男が歩いてくる。
その男を見た途端、全身の血液が凍り付くような悪寒に襲われる。
口の中の水分が一瞬で乾き、俺の体は地面に縫い付けられたように動けなくなる。
信号を渡り切った男は俺の目の前まで来る。
「探したよ、八剣太陽君。いや、正確に言うのであれば……」
「女神の守護者」




