『18才の誕生日』
まず感じたのは、うだるような蒸し暑さ。そして耳障りな蝉の声。どうやらエアコンが切れているようだ。
俺は寝転がったまま手を伸ばして、布団の上からエアコンのリモコンを探すも、近くに見つからず、舌打ちする。仕方なく俺は目を開けて上半身を起こす。
視界に広がるのは部屋中に散らばる本とマンガ。部屋中を見渡すが、こうも散らかっているとリモコンがどこにいったのかすらわからない。ため息をついた俺はそのまま起き上がる。
閉じ切ったカーテンの隙間から光が射している。俺は近づいて、カーテンを両手で一気に広げる。部屋全体に光が溢れる。窓を開けると、心地よい風が入ってくる。部屋の隅の壁にある勉強机の時計を見ると、もうすぐ七時になるところだった。
「この時間帯なら、もうすぐか……」
俺が呟いたと同時に、部屋の下の方から、何かが階段を駆けあがってくる。そして十秒もしない内に、部屋のドアが勢いよく開かれると、女の子が俺に向かって飛び込んでくる。
「兄ちゃん! あっさごっはんー! あさご飯だよ! 一緒に食べよ!」
俺は足に向かって飛び込んで来た小さな子をしっかり捕まえ、持ち上げる。
「朝から、元気だな。陽芽」
「うん!」
俺に持ち上げられて、満開のヒマワリのような笑顔を浮かべる女の子。伸ばした黒髪をツインテールにしている。俺の妹で、名前は陽芽。今年八歳で、俺とちょうど十、年齢が離れている。
近い年の兄弟、姉妹は喧嘩も絶えないと聞くが、俺に限ってはそんなことはない。これだけ離れていると、妹が可愛くて仕方ない。
「んーーーーー!」
陽芽は俺の胸に頭をぐりぐりと擦り付ける。俺は無邪気な笑顔ではしゃぐ陽芽を降ろし、
「俺も着替えたら向かうから、母ちゃんにそう言ってくれよ」
と言うと
「わかったあ!」
と陽芽は歯を見せて大声で元気よく答える。
「ぶーん」と両手で飛行機の真似をしつつ、そのまま部屋を出て、階段を駆け下りていった。元気が良すぎて、転んでけがでもしないかと心配してしまう。
クローゼットから替えの新しいTシャツを取り出し着替える。シャワーを浴びたいところだが、とりあえずは早くリビングに行かないと、やかましい母ちゃんから朝から小言を食らってしまう。
ふと、俺は窓から差し込む光に、既視感を覚える。何かを忘れているような、頭の先まで出かかっているのに思いだせない苛立ちを感じる。窓に近づいて、手で目を覆いながら光の先を見た時、思いだす。
「そうだ、夢を見たんだ……」
どんな夢だったのか思い出そうと記憶を探るも、思いだせない。刺してくる日差しが体温を上げ、額から汗がにじみ出る。不快感が記憶を思い出すのを妨げる。不意にもう一度、光を見上げると、僅かに思い出す。
「女の声だった。めちゃくちゃ綺麗で美しい声だった。だけど今にも泣きそうな……」
そして俺に向かって何かを言っていた気はするものの、その何かを思い出すことができない。全力で思い出そうとするも、具体的な内容は何一つ思い出すことはできなかった。
「はあ。まあいいか。腹減ったし、母ちゃんに叱られる前にさっさとリビングに降りるか」
窓から離れ、机の正面の壁に貼られている日めくりカレンダーをめくる。
「8月7日。ついにこの日がやってきたぜ」
俺、八剣太陽の18才の誕生日。この日が来るのを指折り数えて待ち望んでいた。俺はにやけつつ、今日のプランを頭で練りながら窓に近づく。
窓からは溢れんばかりの日射しと、番を求め鳴き続ける蝉の声と、無窮の蒼天をどこまでも伸びる入道雲が映っていた。