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『夢寐』

 目の前で、誰かが笑っている。


 その人の頭を撫でる。


 そうしたら、眼を閉じて、涙を流して微笑む。


 その人に尋ねる。


 どうして泣いてるの、と。


 そしたら、その人は答える。


 嬉しいから、泣いているの、と。


 何だか可笑しくって、だけどその人が喜んでいるところをもっと見たいから、がしがしと強く頭を撫でてあげる。


 段々と動かなくなっていく私の体を、その人は強く抱きしめる。


 その人の涙が、私の顔に、ぽたぽたと落ちる。


 優しい雨のような涙を流しながら、その人は口を開く。


 何かを言っているけど、もう何を言っているのか聞こえない。


 その人の顔も、段々とぼやけて見えなくなっていく。


 本当はもう少しだけ、一緒にいてあげたかったな。


 私はその人に言う。


 また会おうねって。


 そしたら、その人は微笑んで、口を開く。


 もう言葉は聞こえないけど、その人が何て言ったかはわかった。


 安心したと同時に、眠気を感じ、眼を閉じる。


 震えるその人の胸の中で、暖かさを感じて、眠りに落ちていった。

















 瞼に光を感じ、俺は目を開く。


 開け放されたカーテンから、燦燦とした光が入ってくる。


「ここは……」


 そこは、見慣れた自分の部屋だった。


 俺はぼんやりとしたままで顔に手を当てると、濡れている。


「なんだ……これ」


 胸の中にぽっかりと、穴が開いているような感覚。


 また夢を見たのだろうが、内容はさっぱり覚えていない。


 ぼんやりとしたまま体を起こし、周囲を見る。


 普段通り漫画や雑誌、服が散乱した自分の部屋だった。


 俺は昨夜の記憶を思い出す。


 夜に本屋に行き、二人組の男に絡まれていた女性を助けて、そして二人組と喧嘩しそうになった途端、異界に連れてかれ、怪物の群れに襲われて。


 そうだ。俺は怪物を何とか倒したけど、空から落ちたところで意識が途切れた。


 なのに何故、俺は自分の部屋にいるんだ。


『ようやっと目覚めたか、太陽! 』

 

 頭の中に喧しい、けれど心配したような声が響く。


「ヒル子、俺は……」


『全く心配をかけおって。ま、まあ! 我はお主なら大丈夫だと思ったがのう! 』


 どこかほっとした俺は、自分の部屋にいる理由を聞こうとしたら、


『礼を言いたいのなら、そやつに言うのじゃな』


 と言うと、窓の外から唸り声が聞こえる。


 俺が目を向けると、窓からカーテンをくぐってレグルスが入ってくる。


「レグルス? 」


 窓枠から俺を見下ろしているレグルスを見て、俺は意識を失う直前に聞いた獣の咆哮を思い出す。


「そうか。レグルス、お前が助けてくれたのか……」


 その言葉に、頷くように短く唸ると、窓枠から飛び降り、俺の部屋をふんふんと鼻を鳴らしながら歩く。



「なあ、ヒル子。昨日のことだけどよ」


『そうじゃ! 我も聞きたかったんじゃ。あの怪物の群れをお主、どうやって倒したのじゃ? 』


「はっ? 」


 俺は予想外のヒル子の問いにぽかんとする。


「いや、それは俺が聞きたいわ。俺があの怪物にやられそうになった時、何かお前が呪文みたいな変な言葉言いだしてよ。そしたら、空から炎の玉が降りてきて、それに触れると炎が飛び出て」


 と俺が答えると、


『……。お主、何の話をしとるんじゃ? 』


 ヒル子が全く見当もつかないような声で聞いてくるので、俺は呆気にとられる。


「まじで、何も覚えてないのか? 」


『……。昨日の戦いでお主があの怪物にやられそうになった時に叫んだことまでは覚えておるのじゃが……。気が付いたら、元の世界に戻っとったから、びっくりしたのじゃ。それにお主が空から落ちたしのお。レグルスがおらなかったら、お主、死んでおったのじゃ! 』


 ヒル子は心底不思議そうに話している。


 あの時聞こえた声は、ヒル子の声だけど、ヒル子とは正反対の喋り方というか、別人といってもおかしくないくらいの声にも聞こえた。


 なら、あの声は、いったい誰なんだ。


 と、俺が物思いに耽っていると、レグルスが俺の周囲を回っている。


「……? 何してんだ?」


 レグルスは布団の上の俺の周囲を回りながら、俺に向かって唸り続ける。


 何かを訴えようととしているのはわかるが。


『ふむ。お腹が空いたのではないか? 』


「何か食べたいのか? 」


 それに大きく答えるように唸り、俺を睨む。


「わかったよ」


 俺は立ち上がると、自分の部屋を出て階段を降りる。


 一階に着いて、リビングの先の台所に向かい冷蔵庫を開ける。


 何かないかと探ると、すぐに食べれそうな魚肉ソーセージがあった。


 俺はソーセージを見せて


「これでいいか? 」


 と聞くと、レグルスはすぐ傍の食事用テーブルに飛び上がり、そこから俺に向かって寄こせと言わんばかりに唸る。


 俺が外の袋を外して差し出すと、俺の手からひったくり、勢いよくかぶりつく。


 無心に食べているレグルスを見ていると空腹を感じた俺は、食事用のテーブルに座り、一緒にソーセージを食べる。


 椅子に座って食べながら、何か忘れてるようなむず痒い感覚でいると


『ぬわああああああああああ』


 ヒル子が急に叫びだし、驚いだ俺はソーセージが喉に詰まりかかる。


 慌ててテーブルの上のペットボトルの水を飲み込むと


「何なんだ、ヒル子! 急に騒ぐんじゃねえ!」


『太陽! お主、時間じゃ! 』


「時間? 何言ってやがる」


『あの女と会う時間じゃ! 昨日お主が二人組の男から助けた、あの女が何か言っておったじゃろうが! 』


 ソーセージを水で流し込んだ俺は、ヒルコの言葉で、一気に思い出す。


「確か十二時に……そうだ、時間は! 」


 俺はリビングのテレビの上にかかった掛け時計を見ると、十一時半を過ぎていた。


「や、やべえええええ! 」


 俺はリビングを飛び出し、急いで二階に駆け上がるも、昨日から全くシャワーを浴びず、服も昨日から着替えてないことを思い出す。


 流石に女性と会うのに、シャワーも浴びず服も昨日のままで会うのはまず過ぎる。


 昇った階段を駆け下り、洗面所にいき、そのまま勢いよく服を脱ぎ散らかし、風呂場に駆け込み、急いでシャワーを浴びる。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 高速で髪と全身を洗い、風呂場から出ると、新しいパンツを履き、リビングに戻り、再び時計を見ると、十一時四十分。


 俺は本屋までの時間を計算する。自転車で飛ばせば、十五分で着く。


 なら家を出るまで残り五分。


 俺はパンツのまま猛ダッシュで二階に駆け上がると、クローゼットから新しいTシャツを取り出し、ズボンを履き、ハンガーにかかっている赤いシャツをその上に羽織る。


 部屋を出ようとした俺は、部屋の隅に転がっていたリュックを見て、それに転がっていたサッカーボールを入れつつ、背負う。


『太陽、間に合うのか!? 』


「んなの、間に合わせるしかねえだろうが!! 」


 俺は階段を駆け下り、そのまま玄関を飛び出る。


 俺は自転車に乗ろうと玄関扉の脇を見るも、あるはずの自転車が無いことに気づく。


 しまった、本屋に自転車を置いたままじゃねえか。


「まずい、足がねえ! 」


 近くにバス停はなく、路面電車の駅まで五分以上歩いてかかり、電車を待つ時間も考えたら、下手したら本屋につくまで三十分はかかる。


 このままじゃ、待ち合わせ時刻までに本屋に間に合わない。


「くそ! どうすれば」


 と首を振ると、母ちゃんのママチャリが置いてあるのが目に入る。


 これなら間に合うかもしれない。


 俺はママチャリのサドルに座ると、いつの間にかやってきたレグルスが籠の中に飛び乗る。


「おい! 着いてくる気か!? 」


 レグルスは籠の中から俺を見ると、前に向き直り、出発するように唸る。


「言ってる場合じゃねえか! 飛ばすから落ちるんじゃねえぞ! 」


 俺はママチャリを漕ぎ出し、家から飛び出る。


 国道に出て、そのまま立ちこぎで本屋目指して自転車をぶっ飛ばす。


 空を見上げると、雲一つない晴天だった。


 真夏の陽光が俺を炙るように照らし、シャワーで流した汗が一気に噴き出る。


 変速機もなく、乗りなれないママチャリのせいか、思うようにスピードが出ない。


 赤信号を無視して、本屋がある隣街までつながっている橋を俺は一気に駆け上がる。


 橋を渡り切り、そのまま五分ほど漕ぎ、なんとか本屋の敷地内に辿り着くと、自転車置き場に急いで止める。


 走りながら、自動ドアを抜けると、昨日とは打って変わって、大勢の客が店内にいる。


 一階のフロア入口の料理本のコーナーや雑貨屋さんには女性客が、その周囲の飲食店には家族連れがたくさんいて、盛況そのものだった。


 俺は携帯を取り出し、時間を見ると、既に十二時を十分も過ぎていた。


「やっちまった、やっちまったぜ! そういえば、どこに向かえばいいんだ? 」


『確かあの女は、十二時にカフェとやらにおると、言ってなかったか? 』


 と俺が昨日のカフェに向かって駆けようとしたその時、


「遅い! 」


 と背後から女性に怒られる。


「すんませんっした! 」

 と反射で謝りながら振り向いた瞬間。



 俺の眼と心臓が、爆発した。

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