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『神威顕現』

『聖体示現を開始します』


 その言葉が聞えた瞬間、俺の目の前で地面に突き刺さった剣の鍔の中心部分に刻まれた紋章から、眩い閃光が走る。


 剣から放たれた光は円形に広がり、俺を護るように包み込む。


 光に阻まれた怪物の群れは奇声を放ちながら、飛び回る。


「ヒル……子? 」


 俺の問いかけに対し、その声は答える。


『女神の依代たる神宝を励起。聖鎧を修復』


 それはヒル子の声だったが、全くの別存在の声のようにも響く。無機質で、まるで意思の感じないような声で、謎の言葉を紡ぎ始める。


 雪の結晶のような光が全身を覆うと、罅の入った鎧の各部が修復されていく。


 砕けてバラバラの破片になった兜も元の形となり、再び俺の頭に装着される。


 装着すると朦朧としていた意識が目覚め、視界が徐々にはっきりとしだす。


 俺はその声を聞き続ける。


『守護者に警告。聖体示現の完了まで、生存を最優先』


 言葉の意味は分からなかったが、俺はその警告を時間を稼ぐようにと捉える。


 まだ力の入らない両腕を伸ばしつつ両の手で剣の柄を握りしめ、支えにして何とか立ち上がる。


『神話世界より聖体を選定します』


 精神を削り取る、悍ましい怪物の声は、もはや聞こえない。


 俺は怪物から距離をとるため、両脚に何とか力を込め、二歩、三歩と後ろに下がる。


 『聖体選定完了。次元扉を開門。天浮橋を接続』


 剣の紋章から光が天に向かって放たれる。


 それは異界を覆う暗雲を切り裂くと、巨大な円形の穴が広がっていく。


 それは光の通路となって、地上と空を繋ぐ。


 俺は頭上を見上げると、天に広がった穴から、赤く輝く小さな丸い物体が下りてくる。


 『汝、降誕せし時、燃え滾る者にして、太母を滅す者。』


 その言葉が聞えたと同時に、胸の奥底で火花が散り、燃え始める。


『九霄より赫く遍在せし天道の下、我の声を聞き、我に応えよ。』


 それはゆっくりと、俺の下へ降りてくる。


 紅玉よりもなお、赤く煌めく球体。


『許したまえ、時と永遠の愛し子よ』


 俺は目の前まで降りてきたそれに、無意識に左手を伸ばす。


『此処に、万物を焼却する原初の火を顕す』


 その赤く光る球体を握った瞬間、最後の言葉が紡がれる。


『神威顕現。火之迦具土神ほのかぐつちのかみ


 最後の言葉と同時に、手にした球が弾け、紅蓮の炎が溢れ出す。


 炎が、両腕、両足、そして胴体、俺の鎧に広がっていく。


 俺は全身が一気に炎に包まれる。


 突然の事態に俺は大声を上げて慌てふためく。


 一瞬火だるまになったかと思いパニックになるが、気づくと鎧の上から炎を纏っていた。。


 鎧のおかげか、その炎から伝わる熱は、俺の体を焼くことはなく、代わりに心に重くのしかかっていた恐れを、絶望を焼き尽くしていく。


 頭上で群れ動く怪物共は、燃え立つ炎を警戒し、当たらぬよう避けている。


「この炎で、あいつらを倒せってのか? 」


 と、俺が考えていると、修復したはずの鎧が段々とひび割れていく。


「っつ?! やべえ! 」


 炎に鎧が耐えきらないのか。


 鎧を焼き尽くしたら、俺の体に一気に炎が回る。


 考えている暇はなかった。


 鎧が燃え尽きるまでに、決着を付けなければならない。


「くそ、やるっきゃねえ! 」

 

 上空の怪物を見据え、あいつらを倒すために必要な姿をイメージする。


 鎧の全身で燃え盛る炎が背中で形を取っていく。


 そしてそれは、巨大な炎の翼となる。 


「あとはっ!! 」


 俺は、怪物が蠢く頭上に向かって、両腕を伸ばす。


 両腕から炎が奔流となって、空に向かって昇ってゆく。


 それは炎の竜巻となり、俺を中心に頭上に伸びていき、怪物の群れを全て巻き込んでいく。


 炎の竜巻に触れた怪物は、巻き込まれると絶叫をあげて燃えていく。


 俺がこの身の炎に焼き尽くされるのが先か、それとも、怪物共を先に倒すか。


「上等だぁああああああああ! 」


 俺は地面に突き刺さっていた剣を引き抜くと、炎の翼を大きく羽ばたかせ、一気に飛び上がる。


 炎の竜巻に触れれば焼き尽くされることを察し、竜巻の中心で右往左往する怪物の群れ目掛けて、全身に炎を纏いながら飛び込んでいく。


 雄たけびを上げ、中空で左手に握り変えた剣を手に、怪物の目の前まで一気に迫る。


 俺は炎を剣に纏わせた姿を想像する。


 炎がとぐろを巻いた蛇のように剣に巻き付いていく。


「燃え尽きろおおおおおおおおおおおおおおお!! 」 

 

 右腕で怪物に狙いを定め、俺は左手に握った剣を、怪物めがけて一気に突き上げる。


 剣から灼熱の炎が、燦爛たる煌めきをもって放たれる。


 放たれた炎が形を変え、紅蓮に燃える翼で羽ばたく巨大な炎の鳥となる。


 炎の鳥は怪物の群れに向かって、羽ばたいていく。


 炎の竜巻の中、身動きのできない怪物の群れは、真正面から炎の鳥に呑み込まれると、断末魔の悲鳴を上げ爆散していく。


 炎の鳥は、怪物の群れを滅し尽くすと、勢いそのまま闇で覆われた異界の天蓋に激突する。


 激突した天蓋に罅が入り、炎の鳥はそのまま穿つ。


 僅か数秒で天蓋の亀裂が一気に広がり、異界全体にひび割れが走り、そして砕け散る。

 

 


 禍々しい闇で荒廃した異界は消え去っていき、星が瞬くいつもの夜空が見える。


 気づくと俺は元の世界へと戻っていた。


 俺は上空に浮かびながら、淡く輝く満月を見て微笑む。


 刹那、全身を覆っていた溢れんばかりの炎はかき消え、それと同時に身に着けていた鎧も光の粒子となって消え、元の姿に戻る。



『ん、何じゃ!? 太陽、怪物が消えておるぞ! その上、いつの間にか元の世界に戻っておるのじゃ!? 』


 ヒル子が驚いているのを聞いて、俺は呆れたように笑う。


「何とか……やれた、ぜ」


 全身から力が抜けた俺は、空中からそのまま地面に向かって落ちてゆく。


『太陽!? 』


 ヒル子の声に答えようとするも、全ての力を使い果たした俺は声を出すことすらできない。


 落下しながら、薄れゆく意識の中、獣の咆哮が彼方から聞こえてくる。


 そして視界が暗転し、俺は意識を失った。

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