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『鬼の居ぬ間に』

 夕焼けから宵の狭間。日が沈みゆき、それを背に、彼方へと去り行く烏の群れ。


 子供の泣き声が、響き渡る。

 

 公園の中心部で、幼い子供が蹲る。それを取り囲む巨大な影。

 

 俺はそれを止めようとするも、身体が動かない。

 

 見ていることしかできない。


 そして子供がこちらを見て、俺は子供を見返す。


 その顔を見た時、襲ってきた絶望と嘆きで俺は絶叫する。





 俺は息を荒げ、布団から飛び起きる。心臓が飛び跳ねるように鼓動する。


 枕元の時計を見ると、まだ朝の2時だった。


 エルピスと出会い、怪物と戦って以降、俺は毎夜夢を見ていた。


「ったく……、洒落になんねえ」

 

 俺は毒づきながらも、再び寝転がりながら天井を見る。

 

 もうとっくに忘れていた記憶、それはまるで深潭から這い出てくる恐怖そのものだった。


 体の震えをむりやり押さえつけ、目を閉じた。

 


 日の光が窓から溢れ、蝉の声で俺は起こされる。


 目覚めるとすぐにヒル子に呼びかける。

「なあ、ヒル子」

『……』

 呼びかけるも、返事がない。

「おーい、ヒル子」

『……』

 

 何だか寝息のようなものが聞こえる。

「ヒル子! 」

『なっんじゃあー、朝っぱらからうるさいのじゃ』

 眠気たっぷりの声でヒル子が答える。


「呼んだのに起きねえからよ。っつか神様でも眠るのか?」


『うむ。他の奴らは知らぬ。だが、我も一日中意識が保てるわけではない』


まるで子供だな、と内心笑ってしまう。口には出さなかったもののそれが伝わったのか、ヒル子が一気に不機嫌になる。


『お主、今無礼なことを考えておったじゃろ』

「気のせいだろ」

『我はいっておくが神様じゃぞ!! 偉いんじゃぞ! もっと畏れ敬わんか! 』


 とヒル子は叫ぶが、どうしても少女が駄々をこねているようにしか聞こえない。


「で、何の神様なんだよ?」

『ん、それはのう、あれじゃ……凄い神様なんじゃ! 』

 

 相変わらず記憶がないわりに、偉そうな神様だった。

「はいはい、すごいすごい」

『ぐぬぬぬぬぬ。我が寛大じゃなければ、お主に天罰が下すところじゃ! 』

「悪かったよ」

 俺はめんどくさくなって謝ると

『ふむ! 素直に謝るのならよいのじゃ』


 と言って許してくれた。チョロすぎる。



「昨日、ノーデンスの言ってたことだけどよ。何か知ってるか? 」

 

 俺は左手のイマジナイトを見ながらダメ元でヒル子に聞いてみる。


『先も言ったが、我はわからぬ。が、肝心要なことはそこではなかろう』

「どういうことだよ」


『太陽、今、お主に課されたこと。それは女神の守護者としてあの娘を狙う怪物と戦い、勝たねばならぬ、ということじゃ』


 ヒル子の話の雲行きが段々怪しくなっていく。


「何が言いてえ」


『お主は先の戦いでは見事に怪物を倒して見せたが、あれよりもっと手ごわい怪物も出てくるはずじゃ。そのためにはもっとお主は強くならねば。そして強くなるために必要なこと……』


ヒル子は一瞬息を吸い込んで、叫ぶ。


「そう、修行じゃ! 』


「めんどくせえ」

 俺はエアコンをつけると、寝転がりつつ、マンガを読む。


『お主、めんどくさいとは何事じゃ! お主はあの娘を護る女神の守護者に選ばれたのじゃぞ! お主に二つの世界の平和がかかっているというのに、そんな態度でどうするのじゃ』


「わかってっけど、強くなるってどうやってだよ。怪物と戦って強くなれってことにしても、その怪物自体がいつ来るかもわかんねえしよ」


『むう。それは確かにそうじゃが 』

 

 俺は寝転がりながら窓の外を見る。夏真っ盛りの晴れ渡る空と蝉の声を聞いて、俺が出した結論はただ一つ。


「部屋でダラダラと過ごす。こんな暑い日に修行なんてやってられっかよ」


『起きよ、太陽! 』

 

 俺はヒル子のことを無視していると


『もうよい。我はもう知らん! 』

 と言ってヒル子はふてくされて、喋らなくなる。


「ったくよお」

 やる気が全くまったくないわけではなかった。だがその理由をヒル子に伝えるつもりはなかった。


 とはいえ、俺はマンガを読みつつも、頭はエルピスのことを考えていた。

 昨日のエルピスとの約束。エルピスの好きなこと、楽しめることを一緒に探す。


 エルピスは何が好きなのか、何を持っていけば喜ぶのか。

 

 ああでもない、こうでもない、と考えながらも午前中は部屋でクーラーを付け、マンガを読んだりしつつだらだらと過ごす。



 もうすぐ正午という頃だった。


「太陽!降りてきなさい、話があるわ! 」

  

 1階から母ちゃんがキレ気味に呼んでいる。

『母上殿が呼んでるみたいじゃぞ』

「しまったぜ、小論文のことか!? 」


 激動の数日間で、頭からすっぽり抜け落ちていた。

 


 説教を覚悟し、俺は何て言い訳をしたものか考えながら一階に降りリビングに入る


 そこには床にスーツケースを置き荷造りをしている母、そして浮き輪を被っている陽芽の姿に、俺は呆気にとられる。


 陽芽が俺に気づくと、飛びついてくる。

「何してんだよ、母ちゃん。どっか行くのか? 」

「太陽。今から私たち沖縄旅行に行ってくるから」


「は? 」


 寝耳に水の一言に、思考が追いつかない。


「おかずは、一週間分の作り置きを冷蔵庫に入れてあるから。ご飯くらいあんたでも炊けるでしょ。それと出かける時、必ず戸締りはすること。いいわね」


 俺は間抜け面を晒しながら、聞き返す。


「いやいや、え。旅行、行くの? 俺、何も聞いてないぜ?」


「あんたが行けるわけないでしょうが。忘れているかもしれないから言ってあげるけど、あんた受験生なのよ。それに最近は家族旅行とかめんどくさがってたじゃない」

 

 確かに、高校生になってから、部活が忙しいのもあったが、なんとなく家族の旅行がめんどくさくなっていた。



「えー、陽兄ちゃん行かないの? 」

「そうよ。お兄ちゃんはもう高校三年生だからね、お勉強しないといけないの」

「あれ、親父は? 」


「お父さんはもう車に乗ってます。それに、お父さんとも話し合いました。もうあんたも高校3年生で18才になったんだから、自分の将来について自分で真剣に考えないといけないって。ほら」

 

 母ちゃんが指さした机を見ると、そこには分厚い封筒とテキストがあった。俺は近寄ってそれを見る。

「小論文対策問題集……これって」

「先生がおススメしてくれたのを、お父さんが買ってきました。あたしたちは旅行に行ってくるから、あんたは自分で考えて、自分の将来のために、やるべきことをやりなさい」

 

 そう言うと、母ちゃんは陽芽とスーツケースを転がし、玄関まで行く。


「太陽。信じてるからね」


 と言って、ばいばいと手を振る陽芽を連れてドアを開けて出ていった。

 

 俺が玄関から見送る中、陽芽が車の窓から手を振りながら、車は去っていった。



『ふむ。お主は女神の守護者の他にも、現実世界でやるべきことがあったようじゃのう』

 ヒル子が呆れたように言う。

『それで、太陽よ。お主はそのしょうろんぶん、とやらをするのか? 』


 俺は考える。


 受験のこと、将来のこと。ノーデンスから言われたこと。女神の守護者としての役割。

 

 わかってはいる。

 

 だが、これは千載一遇のチャンスだ。


 何のチャンスかって? そんなもん決まってる。 


「ひゃっほーーーー! 」

 

 俺はリビングに戻りソファに飛び込みながら、テーブルの下にある箱から黒いゲーム機を取り出し、コードを爆速でテレビにつなげる。


「遊びまくるぜっ! 」

 

 と俺はコントローラーを手に握り、ゲーム機の電源を入れる。ヒル子の海よりも深いため息を無視して、ゲームを始めた。

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