『望み』
「望み? 」
エルピスからの唐突な質問に、俺は戸惑う。
エルピスの表情は変わらず無表情であったが、その眼の奥に微かに何かを秘めている気がした。
「望みって、どうしてそんなこと急に聞くんだ? 」
俺が問い返すも、それに答えることなくエルピスはただ黙って俺の返事を待っている。
『なあ、ヒル子。どういうことだと思う?』
ヒル子が唸る。
『うーむ。わからぬ! だが、エルピスにとっては何か意味があるのじゃろう。ならばお主は真剣に答えるべきじゃ。そうじゃろう? 』
ヒル子の言う通り、俺は自分の望みを考えてみる。
すぐに思い浮かんだのは、今度出る新しいゲーム機だったり、好きなアニメのDVDボックス、マンガやラノベの新刊といった物。そして彼女が欲しいとか、色々な考えが頭に浮かんでは消える。
それを口に出して言おうとするも、何かがそれを押しとどめる。
それを答えるのは、何か違う気がする。
なら、勇者になることか?
だけど今、俺はノーデンスから女神の守護者……勇者といってもいいような存在に選ばれたが、これが本当に俺の望みだと言える自信も覚悟もない。
今の俺には、エルピスに胸を張って言える望みなんてない。
「さあ。今のところはねえな」
と俺ははぐらかす。
「エルピスは、望みってあるのか?」
と俺が聞くと、エルピスは一瞬固まった後、首を振る。
「私は……わからないから……何も」
と一言か細い声で呟き、俯く。
『……』
俺は酷なことを言ってしまったと後悔する。
目の前にいるエルピスの境遇について思い遣る。
突然俺の前に現れた謎の少女。
ノーデンス曰く、邪神に対抗する力を持ち、神話世界を邪神の手から救った。
だけど、そのために邪神に狙われ、彼女は神話世界からこの現実世界に一人連れてこられた。
この子は独り、この異界にいなければならない。
一体いつまで?
そして彼女には自分自身の記憶がなく、自分が何かもわからない。
胸の奥から、締め付けるような痛みを感じる。
俺が何を言っても、慰めにもならない。
ここにしか彼女の居場所がない。
俺がこの子のためにできることはなんだ。
そう思った時、自然と口を突いて言葉が出る。
「これから、見つけりゃいいさ」
俺の言葉に、エルピスは顔を上げ、俺を見つめる。
「エルピスは知らねえだろうけどよ、俺の住んでる世界には色んなもんがあるんだぜ! 美味え食べ物もあるし、本やマンガだって。 ゲームにおもちゃもあるし」
こんなこと言ったって本当に彼女のためになるのか?
そんな否定の考えを無視して、俺は話し続ける。
「だから、俺が色々持ってきてやるよ! その中できっとエルピスが好きになるものがあるはずだ!」
エルピスは驚いたように、眼を丸くする。
「エルピスが好きなもの、楽しいものを見つけることができるように、俺が手伝ってやる! 」
今の俺には、これが正解かわからないし、エルピスが何を望むかなんてわからねえ。だけど、これくらいなら俺にだってできるはずだ。
俺の言葉がエルピスに届いたのかはわからないが、沈黙するエルピスの返答を待つ。
エルピスは微かに頷きながら
「……うん」
と答える。
『まあ及第点といったところじゃが、悪くないのじゃ』
ヒル子の言葉に、俺は心の中で頷く。
そこから俺はエルピスに、俺自身の幼い時の思い出や、失敗談。そして俺が好きなものについてとりとめもない話をする。
正直、自己満足だ。
俺に女神の守護者として護る自信は、覚悟はあるかって言われたら、ない。
だけど、目の前のこの子の笑顔を見たい。
この子のために何かできることがあれば、俺はそれをしたい。
それだけは、嘘じゃない。
そうして他愛もない話をし続ける内に、眠気を感じた俺が腕時計を見ると、既に十二時近くになっていた。
「エルピス。俺はそろそろ帰るけどよ。一人でも平気か? 」
と俺が尋ねると、エルピスは頷く。
「この子が、いるから」
とレグルスをエルピスは胸に抱きしめ、レグルスも小さく答えるように唸る。
「そうか。なら大丈夫だな」
俺は立ち上がると、エルピスに向かって手を振る。
「またな! 」
と俺は手を振ると、エルピスは頷いて小さく手を振る。
俺は左手を上げ、イマジナイトを掲げると、来た時と同じ渦が現れる。そしてそこに脚を踏み入れ、渦に入る直前、俺は後ろを振り返る。
俺を見送る無表情なエルピスの瞳が、微かに揺れ動いた気がした。




