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『やるべきこと』

 ノーデンスが消え、呆気に取られ俺は固まっている。


『ふむ……なんとも唐突に去っていったのう』


 ヒル子の言葉で、俺は我に返った。


「くそっ! 」


 俺は地面を蹴りながら毒づく。一方的にやるべきことは言われ、肝心なことを聞いても教えてもらえない、それに無性にイライラする。


『それで? 』

「何だよ、それでって……」

『どうするのじゃ、お主は?』。


「……とりあえず、やるしかねえだろ。ノーデンスの言う通りだと、異界をなんとかしねえと、現実世界まで大ピンチになるみたいだしよ……」


 そう答えたものの、俺の頭の中は焦りと不安が渦巻いていた。


 幼い頃から憧れていた勇者。だが、いざ現実になってみると、これほど重荷に感じることになるとは。


 ふと俺はエルピスを見ると、エルピスは地面の草の上で脚を崩して座り、レグルスが駆けまわるのをじっと見ている。


 結局、この子の正体についてもわかんねえままだ。そしてこの子自身も自分のことがわかんねえなんてよ。


 俺は地面に座り寝転がり、息を吐く。


「くっそ。わかんねえことだらけだ。しかも、この場所のことを誰にも言うなって……言っても信じてもらえるわけねえだろこんなこと」


 左手に装着されたイマジナイトを見る。今はその重みを強く感じる。


 結局、このイマジナイトのことについて、ノーデンスが言っていた、想像を現実にする、ということしかわからない。


 この石はなんなんだ?

 エルピスの正体は?

 どうして俺が選ばれたんだ?


『太陽!』


「あ?」


『悩むのは後にするのじゃ。ほれ。その前にお主にはやるべきことがあるじゃろうが』


「何だよ? 」


『あの子じゃ、エルピスじゃ! ノーデンスはあの子自身も自分のことについて何も知らぬと言っておったが、もしかしたら話してみれば何かわかるかもしれぬじゃろ! 』


 俺は起きるとエルピスを見る。エルピスはレグルスを抱きつつ、じっと座っている。


「……何て話しかけりゃあいいんだ。あの子、全く喋んねえしよ」


『そこを何とかするのも、お主の役目じゃろうが! さっさと行くのじゃ! 』

「わあったよ。うるせえな」


 俺はエルピスを見ると、エルピスも俺の視線には気付いたようで、レグルスを胸に抱きながらこちらを向く。


「あー、まあ、なんだ……」


 途端に緊張しだした俺は頭をかきつつ、言うべき言葉を考える。


 神話世界に突如やってきた謎の少女。正体不明の上、記憶もない。

 そのうえ理由はわからないが、殆どと言っていいほど喋ることはなく、感情が見えてこない。


 一言、二言くらしか彼女が喋るのを見たことがない。


 どうしたものかと腕を組みつつ唸っていると、エルピスの視線に気づいて目を合わせる。


 エルピスの透き通った、翠色の宝石のような瞳が、俺を見つめる。


『ほれ、太陽! あの娘もお主が話しかけるのを待っておるぞ!』


「わーってるよ」


 エルピスと向かい合うように、あぐらで座り込み、そして意を決して話しかける。


「エルピス。その、なんつうか……俺はいきなり女神の守護者ってのに選ばれて、正直混乱してるけどよ……エルピスもわけわかんねえよな。この状況。それにエルピスも不安だよな。 何も知らない男に護られるっつてもよ。だから、なんだ、お互いに自己紹介、してみねえか! 」

 

 上手く言えず不器用になってしまった俺の言葉にじっと耳を傾けるエルピス。沈黙が続き、何か不味いことをいったかと汗をだらだら流す。


 ヒル子が脳内でくすくす笑うのがむかつくが、エルピスの手前、なんとかこらえる。


 失敗したか、そう思った時だった。


「……うん」


「おお! 」

 

 エルピスから返事が返ってくるとは思わず驚くも、これなら色々聞けそうだと俺は考える。


「じゃ。俺から始めるぜ。俺の名前は八剣太陽。気軽に太陽って呼んでくれ。年は18才。趣味は読書にマンガ、ゲーム、アニメ。スポーツはドッヂボールや部活でやってたハンドボール、サッカーも好きだ! あとはバスケもな! 食べることも好きだぜ! 好きな食べ物は、焼肉、すき焼き、寿司。あと果物も! そんで嫌いなものは、勉強だな。特に物理、数学は全くわけわかんねえぜ。まあ現代文と体育は得意だけどな! あとは……」


 と他に何かないかと考えていると、目の前のエルピスは、不思議そうな、きょとんとした眼で俺を見ている。


『ふむ。太陽よ。残念ながら、全くわかっておらぬようじゃぞ』


「まじか! 」


『当たり前じゃろう。この娘は、ノーデンスの説明だと現実世界のことは何も知らんようじゃし。っていうか、我もお主の話の半分以上わからんかったわ! 』


 つい勢いよく自己紹介をしたものの、エルピスがこちらの世界のことを何もわからないことをすっかり忘れていた。


 くそっ恥ずかしすぎる!

 

 エルピスの不思議そうに頭をひねる様子を見つめ、どうしたものかと考える。こうなると、俺が自己紹介しても何の意味もない。とはいえ、いきなりエルピスにじゃあ自己紹介してくれってのもだいぶ無理がある気がする。


 俺は、頭をかきつつエルピスに質問を投げかけることにする。


「エルピスは、この森に来てからどんな風に暮らしてたんだ? 食べ物とかさ」


 俺の問いに、エルピスは顔を上に向け、か細い腕を伸ばし、上の方を指さす。


 俺はエルピスの指の指している方向を見ると、黄金樹になっている煌めく果物が見える。


 するとエルピスの膝の上からレグルスが飛び出し、器用に幹を昇り枝までたどり着くと、口で枝の付け根ごと実をもいで、そのままエルピスに持ってくる。


「果物、でいいんだよな」


 俺も果物は好きだが、その金色の見た目がどうしても気になってしまう。


「これを食べろって、ノーデンスに言われたのか? 」

 

 エルピスは小さく頷く。


「美味しいか? 」


 頷いたエルピスは両手で握りこんだ林檎のような形をした金色の果物を掴み、口にもっていくと、しゃくしゃくと食べ始める。

 

 その黄金の果物を食べるエルピスを見ていると空腹を感じ、その果物の味が気になり、無性に食べたくなってくる。


「なあなあエルピス。それ、俺にも一つ」

 

 くれないか、と言いかけた時だった。


『待つのじゃ、太陽』


 とヒル子が唐突に鋭い声を出す。


「何だよ、ヒル子」

『その実は、お主は食べぬ方がよかろう』

「何でだよ。確かに色は気になるが、エルピスも食べてんだ。意外といけるかもしれねえだろ? 」

『なんとなくじゃ! 我の直感だ』

「直感って……」

『まあまあ。我の言うことはきいておくがよい』


 ヒル子の制止の理由はわからなかったが、いつにない真剣な声に、俺は食べるのを諦める。


「太陽」

 

 いつの間にか果物を食べ終わっていたエルピスが、俺の名前を呼ぶ。

 

 エルピスから話しかけてくれたことに驚きつつも、嬉しくなった俺は


「お、どうした? 聞きたいことなら、何でも答えてやるぜ! 」


 と笑顔で返事をする。


 エルピスは無表情のまま俺の顔を見ながら、口を開く。



「あなたの望みは、何? 」


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