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『警告』

 聞きなれぬ単語に、俺の頭の理解が追いつけない。

「異界って何だ? 」


「異界とは、神話世界と現実世界の狭間にある世界のことだ。そして、今儂らがいるここもその異界である」


「そういうことかよ」

 俺は周りを見渡し、納得する。

「黄金に光る樹なんて、現実にないもんな」


「その通りだ。この異界は、エルピスを護るために造られた」


「要はここに侵入させないようにってことだろうけどよ。昨日はここで怪物に遭遇したんだぜ。そこんとこ大丈夫なのかよ?」


 俺の指摘に対しても、ノーデンスは動じることはない。


「昨夜の怪物に関しては、儂の不手際だ。神話世界より彼女を逃がす際に、ひと悶着あっての。遭遇した邪神により怪物を異界に送り込まれしまった。だが、お主が怪物を倒したことで危機は去った。異界の修復も完了したことで、もう問題はない」


 俺はまだ理解が追いつかないが、肝心なことを尋ねる。


「そもそもの話だけどよ。大体、あんな怪物、あんたらでどうにかできねえのかよ。まあ邪神は倒すのは難しいっつってもよ。怪物ならなんとかなんじゃねえの」


 俺の問いに対して、ノーデンスは首を振る。


「それはできぬのだ。我らは、あくまで異界を通して、限定的にしか現実世界に干渉することができぬからだ」


 ノーデンスが右手を前に出すと、指先から粒子のようなものがでてきて、二つの球体を作り出す。


「神話世界と現実世界。二つの世界を繋ぐ門がある。先の戦いで、その門は我ら神々が死守し、彼奴らの手には渡っておらぬ」


 二つの球体の間に、渦のようなものが現れる。


「邪神の多くは封印され、門は我らの手の中にある。とはいえ、封印を逃れた邪神がいつ攻めてくるかわからない以上、我らは門を護ることを最優先せなばならぬ。無論、封印の維持も」


「それじゃ邪神が門を通って来れないっていうなら、怪物はどこから来んだよ?」


「これを見るのだ」


 ノーデンスが視線を二つの球体に戻し、俺もそれを見る。片方の球体が大きく振動し揺れ、そして罅が入る。


「先の戦いの結果、神話世界全体に罅が入ってしまった。世界に入った罅は歪みとなり、それは隙間を作り出す」


「つまり……」


「神話世界と現実世界の境界に隙間が生まれる。それはほんの僅かな隙間ではあるが、それを彼奴らは利用するに違いない。」


 俺はようやく合点がいく。


「そういうことかよ。つまりその隙間ってのが異界になって、現実世界に侵入してくるってことか」


「その通りだ。あくまで隙間であるがゆえに邪神本体はやってはこれぬ。だが、送り込まれた怪物によりその隙間が広がってしまえば」


「邪神がやってくるってことかよ……」


 事が想像をはるかに超える深刻であることに気付き、笑ってしまいそうになる。どう聞いても何とかできるビジョンが思い浮かばない。


「無論、我らとて無策ではない。女神の守護者として怪物と戦う力を用意し、お主は既に手にしておる」


 ノーデンスが俺の左手首、イマジナイトを指さす。


「そうだ、これは一体何なんだよ。手にしたら変な声が聞こえ始めて、いつの間にか変身して。ほんとわけわかんねえよ!これは一体なんなんだ?女神の守護者ってなんなんだよ!?」


 俺は不安と憤りをノーデンスにぶつける。


「お主の左手に身に着けしものの名は、イマジナイト。我らの最後の希望であるエルピスは、神話世界に降りてきた際に手にしていた石。それを元に我ら神々が女神の守護者のために造り上げた神宝かむたから。その力の神髄を一言で言うのであれば……」


「一言で言うと?」


「想像を現実にすることができる」


「はっ? 」



 多分その時の俺は、この世で生まれて一番の、特大の間抜け面を晒していたに違いない。だって、そんな都合のいい話を主人公が手にしてみろ……どんなマンガ、ラノベ、アニメでも、一話で話終わっちまうだろ。あまりにも都合が良すぎる。


「想像を……現実に?」

「そうだ。信じられぬだろうが、お主はその身で、体感したであろう?」


 笑い飛ばそうとした。けれど、とふと思う。


 確かに石を手にした時に、俺は昔の記憶が蘇った。憧れを思い出し、自分がその憧れになって戦うことを想像し、変身した。


 俺はずっと、心に重しとなって取り残されていた疑問をぶつける。


「……どうして俺なんだ?確かにスポーツ神経は多少はあるぜ、俺は。だけどそんなの……ほら、スポーツ選手とか格闘技の選手とか、それこそ自衛隊みたいな軍人とか! 俺よりすげーやつなんて他にもたくさんいるはずだ。なんで俺なんだよ!」


「それは……」


 とノーデンスが話しているその時だった。


 目の前のノーデンスの身体、その輪郭がぶれ始める。



「ノーデンス! 」


「……ふむ。あまり悠長に喋っている時間は無いようだ。儂の話をよく聞くのだ、太陽。まず異界のことだ。異界が出現したら、イマジナイトが反応する。それに従い、異界を見つけよ」


「おい! 俺が聞きたいのはっ!」


「時間が無い、次はお主への助力について。我ら神々は封印の維持、門の守護をする必要がある以上、直接お主を助けることはできぬ。だが準備が整えば、そちらに援軍を送り込むことはできる。神話世界の我らの同胞を。それまでは、そこにいるレグルスが、お主と共に戦う」


「レグルスって、そのライオンのことか?」


俺がエルピスの傍にいる子ライオンを見ると、ノーデンスは頷く。


「それは、まあ助かるが……ってそうじゃねえ!」


「そしてそのイマジナイトは依り代として機能も備えておる。お主がそれを手にした時、我ら神々の一柱を降ろすことができた。イマジナイトを通してであるが、お主の助けになるはずだ」


 俺はイマジナイトを見る。神がここにっつうことは……


『ふむ。我のことみたいじゃのう! やはり我はすごい神様に違いないわい! 』

 ずっと黙っていたヒル子が途端にはしゃぎだす。


 振動は激しくなり、ノーデンスの体、その輪郭が薄れていく。


「そしてこれはしてはならぬことだ。決して、この異界のことについては誰にも喋るでない。今のところ、この場所へたどり着けることができるのは儂とイマジナイトを手にしたお主のみ。だが、お主が何者かに話すことは、その者をこの異界へと繋げる危険が生じる。努々忘れるでないぞ」


「ああはいはい、わかったわかった! 最低限これだけは教えやがれ! エルピスは、一体何なんだ? 彼女の正体は?」


 僅かな沈黙。そして口を開いたノーデンスは言った。


「わからぬ」

「わからねえって……」


「我ら神話世界のどの神々にもあてはまらぬ。だが、ただの人間の少女にはない力を秘めておる。そして肝心かなめのことだが、エルピスは自分が何者なのかわかっておらぬ。自分自身がどうして神話世界にやってきたのかも」


「なにっ!? 」

 俺はエルピスを見ると、エルピスが俺を不思議そうに見返す。


「最後に話すこと、これが最も重要なことだ。警告をせねばならぬ。最も警戒すべき邪神がおる。どの邪神とも比べ物にならぬほどの悪辣さを持ち、我らを追い詰めたものがおる。その名も……」


 と、最後まで言いきることなく、俺の目の前から、ノーデンスは消えていった。

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