『名前』
「はっ? 」
俺は一瞬、聞こえてきた言葉の意味が理解できず、間抜けな声が出る。
「……。いや、そんなの、俺が知るわけねえだろ」
『……』
返事がなく、不穏な沈黙が漂い、嫌な予感がした次の瞬間だった。
『ぬわぁああああああ』
鼓膜を金槌で殴られたかのように頭蓋が揺れる。
『思いだせぬ! 我は一体誰なんじゃぁあああああああああ』
と声の主は、俺の脳内で赤子のようにぎゃんぎゃんに騒ぎ始める。
頭の中に響いてくるやかましい声に俺は耳を塞ぐ。
「ぎゃあぎゃあうるっせえ! 」
と言うも、声の主は目覚まし時計のアラームをなおひどくした音で煩くわめき続ける。
「自分の名前も思い出せねえのかよ! 」
と耐えかねた俺が言うと
『名前……』
と声の主はぶつぶつ言いだす。
「そうだよ。あんたも名前くらいは覚えてんだろ?」
いや頼む。流石に覚えていてくれ。
俺の祈りが届いたのかはわからないが、声の主はぶつぶつ言いだす。
『名前、名前、名前……』
「そうだよ。あんたが何者かわかんねえが、」
『……ひる』
「ひる?」
俺が聞き返すと
『駄目じゃ、こっから先が思いだせぬのじゃ』
「ひる、ねえ……」
ひるっつったら、お昼のことか。それともあの虫の蛭か……。
名前にしては奇妙過ぎる。
『こんなところに閉じ込められた挙句、名前すら思いだせぬとは……』
と意気消沈な声を出す。
「こんなところって……、あんたがいるこの中はどうなってんだよ? 」
興味が湧いてきた俺はつい質問をすると、
『……とても暗い洞穴の中にいるのじゃ。しかも出入口が見つからぬ。唯一あるのは顔が映るくらいの浅い水溜まりだけでの。そこを覗き込んだら、お主が見えるのじゃ』
「そうなってんのか、この中は」
俺は声の主の正体についても気になるが、ノーデンスが言っていたこの腕輪、イマジナイトのことが気になりだす。
変身アイテムとずっと思い込んでいたが、それだけじゃねえってことか。
俺が考えていると
『そうじゃそういえば! お主、昨夜はすごかったのう! 』
唐突に声の主がはしゃぐように話し出す。
「すごかったって、何がだよ? 」
『あの怪物相手に戦っとったではないか! 』
驚いた俺は聞き返す。
「見てたのか? 」
『そうじゃよ。気づいたらさっき言った洞穴におって、せめて何かないかと手探りで探しておったら水溜まりがあっての。それを見ておったら不意に見えたのじゃ! いやー、とんでもない怪物じゃったのう! あんなもの見たことないわ! 何度もお主がやられそうになって見ててはらはらしておったが、最後はかっこよく決めて、見事あの娘を助け出すとは……誠にあっぱれ、なのじゃ! 」
先ほどまでの落ち込んだ様子とは一転して、テンション高く話し出す。
名前も正体もわからない怪しい声の持ち主ではあるが、ここまで褒めちぎられると、俺は何だか気恥ずかしくて堪らなくなる。
話を逸らそうと、名前のことに触れてみる。
「名前のことなんだけどよ……」
『なんじゃ。我は思いだせぬといったはずじゃが』
と不機嫌そうになる。
「ちげえよ、そうじゃなくて」
俺は女の子っぽい、咄嗟に思い付いた名前を言ってみる。
「ひる子ってのは、どうだ?」




