『大帝降臨』
「エルピス……」
エルピスと名乗った少女はそう呟いたきり、子ライオンを抱きしめ俯く。
少女の顔を見ていると、記憶の奥底で何かが浮かんできそうになる。
あの時、石の中から声が聞こえると同時に俺の脳裏に映った光景は何だったのだろう。
「どうしてあんな怪物に狙われてたんだ?」
と尋ねてみるも、エルピスと名乗った少女は俯いたまま、答えない。
「わかんねえ、ってわけか」
腕を組んで、宙を見上げる。夜風に乗って、沈黙が俺たちの間を漂う。
不思議な渦をくぐった先にあった暗い森。そして黄金に輝く大樹の中で眠っていた少女。そしてそんな少女を狙う、見たこともない異形の怪物。
俺の想像を越えた何かが起きていることは間違いない。
俺は自身の左手に巻かれたブレスレットを見る。先ほどまで赤と金で輝いていたが、今は元の化石のような色に戻っている。
だが、一つだけわかっていることがある。俺は座り込んでいるエルピスを見つめる。
エルピスをこのまま放っとくわけにはいかない。
彼女の正体について気になるが、それ以上にまたエルピスを狙って新たな怪物がやってきてもおかしくはない。
と、今後どうすべきかについて考え事をしていると、不意に左手首に付いていた石が突如として光りだす。
「っつ、何だ?!」
光は段々大きくなり、俺は眩しさから目を護るように目を閉じる。
眩しさが消え、俺は眼をゆっくり開けると同時に、声にならない声が漏れ出る。
濃密な闇の空間が、目の前に広がっていた。
地面には、煌めく宇宙を切り取ったような模様をした床が、漆黒に包まれた空間を照らすように淡く光る。
呆然として、言葉が出なくなるも、笑いがこみ上げる。
もはや驚きを通り越して、実は俺は夢の中なんじゃないかと思ってしまう。
無理やり深呼吸をして、落ち着かせる。
「ったく、今度は何だっつうの」
俺はもうやけくそになりながら周囲を見渡すと、すぐ近くの床に、暗闇の中で光る宝石のように輝きを放つエルピスと子ライオンがいた。
俺が胸をなでおろすと
「八剣太陽」
頭上から稲妻のように轟く声が響き、俺の名前を呼ぶ。
「誰だ!」
顔を上げると、俺は驚きのあまり口が開く。
そこにいた、いや正確に言えば頭上に浮かんでいたのは老人だった。それもただの老人ではない、ちょっとしたビルくらいの大きさをした、巨大な老人が俺を見下ろしていた。
全身を灰色のマントで覆っている。
背中まで伸びた白髪、眼帯で片目を隠しつつ、口元には豊かに蓄えた口ひげが生えている。
右腕は銀色の義手を嵌めており、左手には、三又の槍を持っている。
「我が名はノーデンス。旧き神々の王にして、大いなる深淵の大帝、そして邪神に仇名すものである」
威風堂々たるその態度と言葉が、波動のように俺に響く。その圧力だけで、膝を屈しそうになるも、何とかこらえる。
「ほう。儂を目の前にしても、倒れはせぬとはの……選ばれただけのことはある」
「神、邪神? てめえ、一体何を言ってやがる!」
俺はノーデンスと名乗った神から発せられる威圧に震える体を抑え込み、言い返す。
するとノーデンスは怒るだろうかと思ったが、予想外の反応が返ってくる。
穏やかそのものといった柔和な笑みを浮かべると、
「ふむ。八剣太陽、勘違いをするでない。儂はお主に感謝を伝えに来たのだ」
「へっ」
予想もしてないお礼を言われて俺は戸惑う。ノーデンスは、厳粛さを保ちながらも、微笑みを浮かべる。
「なぜなら今宵、お主の勇気のおかげで、二つの世界が救われたのだから」
「どういう意味だよ?」
「文字通りの意味じゃ。そしてお主にやってもらわねばならぬことがある」
その後にノーデンスから告げられた言葉を、俺は、一生忘れることはないだろう。
「八剣太陽。女神に選ばれし少年よ。邪神から女神を護るため、女神の守護者として戦うのだ」




