『悪夢再来』
俺は少女につられて振り向く。
視線の先に見えるのは、砂場と2つ並んであるブランコ。
突如、誰も載っていないはずのブランコが、ゆっくりと揺れ始める。
動きが段々と激しくなり、金属のぶつかる音が響かせ、大きく回転する。
遂に鎖がはじけ飛ぶ。
軋むような音が聞こえたと同時に、空間を抉るが如く、亀裂が走る。
亀裂は徐々に広がっていき、その隙間から、漆黒の闇、そして蠢く鮮血の眼球が、数えきれないほどこちらを見る。
「嘘、だろ……」
亀裂の隙間から無数の触手が飛び出る。それは亀裂を広げつつ、ゆっくりと這い出てくる。
俺はそれをなす術もなく眺めることしかできない。
悪夢の怪物が、俺たちの目の前に、再び現れる。
俺はうずくまる少女を背に庇うように前に出る。
怪物は牙を鳴らし、その全身の目を狂ったように動かす。そして全ての目が俺たちを捉える。
全身の皮膚が逆立ち、恐怖が再び襲い来る。
怪物はその異形の脚で不快な音を鳴らしながら、ゆっくりと近づいてくる。
頭を片手で抑え、震えながらもう片方の手で俺の裾にしがみつく少女を見る。この様子じゃ走るのも厳しそうだ。
前を向いた俺は、怪物の一挙手一投足を見逃さないように注視する。
なんとかタイミングを見計らって、先ほどのように少女を抱えて逃げようと考えていると、怪物の動きがピタリと止まる。
そして怪物の全身の目が光るった瞬間、俺の全神経が警告を発する。
「まずいっ!」
怪物の開いた口から、何十本もの触手が飛び出したと同時に、俺は背後の少女を抱えると同時にそのまま横っ飛びに倒れ込む。
体を捻りつつ少女を上にして固いタイルを転がりつつ起き上がると、先ほどまでいた場所には、棘の生えた醜い触手が獲物を求めて揺れていた。
俺は間髪入れずに少女を腕に抱えると、怪物を背に公園の出口に向けて走り出す。
俺は走りながら考える。まだあの怪物との距離は相当ある。何とか公園の外に出て、交番で助けを求めれば助かるはずだ。
そんな甘い思惑は、激痛と共に一瞬で砕け散る。
走り出したのも束の間、目も眩むような衝撃と痛みが、わき腹から全身に奔る。俺は声にならないうめき声をあげて、体が宙に浮く。
そして水の中に落ちる。かつて味わったことのない痛みに、俺の意識は寸断される。が、冷水が俺の意識を無理やり覚醒させる。
公園の中央にある噴水に落ちた俺は、臓腑を抉るような痛みに唸りながらうずくまる。
わき腹を見るとシャツはずたずたになり、鋭い切り傷、打撲の跡が体に刻み込まれていた。
俺は痛みと目眩によろけながらも、ころがりながら噴水から抜け出す。
俺が顔を上げると、吹き飛ばされる直前までいた場所に、少女が独り立ち尽くしていた。
少女の前には怪物が大口を開けていた。怪物の胴体は口から胴体にいたるまで上下に半分に割れ、その中から何百本もある鋭い牙が露出している。
俺は何とか少女の元に向かおうと力を入れるも、全身に激痛が走り、そのまま倒れこむ。
「くそがっ!」
俺は自身の動かぬ体を呪う。
俺が顔を上げると、少女は振り返り、こちらを見ていた。逃げることもせず、当たり前のように立っている。。
怪物が目の前にいるのにも関わらず、その少女の澄んだ瞳は恐れ、怒り、後悔、嘆きも、何の感情も表すことなく、ただ俺を見ている。
これから自身に起こることが、まるで変えられぬ運命と悟り、受け入れるかのように。
俺は傷だらけの腕を少女に向けて伸ばす。決して届くことのない、その腕を。
「早く、逃げ」
刹那、少女の全身は怪物の口に飲み込まれ、消えていった。




