『名状しがたき恐怖の始まり』
虚空を見つめるかのように開いた瞳は、どこまでも広がる青空のように澄み切っている。
無垢なる眼差し。何の色も感情も、そこにはなかった。
ただ、あるがままを移す万華鏡のような瞳が、俺を見ている。
言葉を失った俺は、少女と見つめあう。
そんな少女の顔に、俺はどこか既視感を覚える。記憶を探り思いだそうとするも、どうしても思い出せない。
無意識に呼吸を止めていた俺は、息を吸って体を上げた時、洞の天井に頭をぶつけ、痛みで呻く。
少女は一瞬びくっと体を震わせるも、俺が痛がる様子を、ただただじっと見ている。
ようやく我に返った俺は、出来るだけ優しくその不思議な少女に声を掛ける。
「君はだれなんだ?どうしてこんなところにいるんだ?」
俺は尋ねるも、少女は答えない。無表情にこちらを見る様は、どこか非人間的であり、感情が欠落している。
その翡翠の瞳も、俺を見ているのか、それとも俺の背後、虚無を見つめているかのようだ。
「どうしたもんか」
言葉が通じていないのか、喋れないのか、それとも単に答えたくないだけなのか。
俺は頭をかきつつ考えたあと、ふと今朝見た夢のことを思いだす。
美しい声の主が、とある少女を見つけて、助けてほしいと言っていた。
「そうか。君のことだったんだな」
俺の言葉に、少女はよくわからないというように首をかしげる。
「まあとりあえず、それは置いとくか。俺は……」
と自己紹介をしようとしたところ、少女の目が大きく見開き、細い肩が震えだす。
「どうした?」
俺は震えだした少女が見たものを確認すべく、後ろを振り向いた。
それを見た瞬間、体が凍り付く。全身に鳥肌が立ち、石になったかのように体が固まる。
そして、臓腑の奥から抗いがたい恐怖が、絶叫となって迸る。
その時、俺はようやく気付いた。
俺が踏み入れたのは、夢と希望で満ちあふれた冒険の物語なんかじゃない。
名状し難き恐怖が支配する、悪夢の物語なのだと。




