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幸せな結末  作者: 灰色 シオ
第Ⅱ章 佐々木桃子
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中学1年 5月 体育祭②

 不幸な事故で父親を亡くした少年 るいが転校してきたことから物語は動き出す。

 幼馴染の少女桃子と小学校に通うことになった塁。慎重に身を処し、うまくクラスに馴染めたと思ったころ、事件が起こる。

 互いに好意を寄せあっていた二人は事件をきっかけにすれ違い始める。全てを許し未来を掴もうとする桃子。対して塁は良心の呵責から桃子に対して素直になれない。塁の友人たちは何かとサポートするが二人の結末はどうなるのか?

 引きずられるまま、用具倉庫の床に押し倒された。両手を二人の3年生に、脚を名も知らない2年生と1年生の河原貴大に抑えつけられていた。カメラを持った3年生がファインダー越しにいやらしく笑う。


「初めまして。佐々木桃子ちゃん」

「何するんですか? 写真部の活動じゃなかったんですか?」

 うかつだった自分が悔しい。最近は落ち着いてきたと油断していた。


「いやいや、これも写真部の活動だよ。君、かわいいからモデルになってもらおうと思ってね。ちゃんとそういったよね」

「ヌードモデルとは言わなかったけどな」

 右手を押さえていた男がまぜっかえす。

「河原君、あなたって人はまだ懲りないの?」

「俺が何をしたというんだよ。ビッチのくせに」

 唇をかむ。しかし、その表情でさえ、被虐心をくすぐるのだろう。続けざまにシャッター音が鳴り響く。


「いい表情だねぇ。いじめたくなっちゃうよ。ねえ、君ビッチなんでしょ。見られながらするのが好きなんだって?」

 悔しくて、涙が出そうになるのを歯を喰いしばって堪える。こんなところで泣いては相手を喜ばせるだけだ。

 大声を上げて助けを呼ぼう。そう思って息を吸った瞬間、おなかを殴られた。

 げふっ、ごほっ

 息ができない。


「だめだよ~、勝手なことしちゃ。あまり我儘されると、いくら温厚なおれたちでも切れちゃうよ」

「ほら、ごめんなさいは?」

 左手を押さえていた男がわたしの髪をつかんで揺さぶった。

「泣いてみろよ。許してくださいって」

 こんなやつらにそんな台詞、絶対言うものか。

「なんだ。おもしろくねえな」

「もう、いいから、さっさと脱がせちまおうぜ」

「一枚ずつな」

 カメラを構えた上級生が指示を出す。


 ジャージのジッパーが降ろされる。

 カシャカシャ。悔しげな表情を狙ってシャッターが切られる。

 前がはだけられ、交互に腕が抜かれる。


 カシャカシャ。じらすように一枚ずつ脱がせていく。

 その下は体操着だ。すぐに体操着もめくりあげられる。

 カシャカシャ。


「なんだ、色気無いブラだな。」

 まだ薄い胸を包むスポーツブラを写す。

「次、下な」

 河原がジャージのズボンを引き摺り下ろす。

 カシャカシャ。

「こっちもまただっせぇパンツはいてんな」

「子供パンツじゃねえの?」

 わたしを辱めようと勝手なことを言い立てる。


 ズボンを足首から抜かれるタイミングで、河原の顎を蹴り上げた。

「なめてんじゃねえぞ、このアマ!」

 抵抗されたことに激怒した右の男に平手打ちを食らった。口の中に血の味が広がる。

 こんなときなのに、1年前のことを思い出した。


 悔しい。だけど、わたし一人では逃げられない。塁君……だめだ。今頃はグラウンドで応援の練習中のはず。誰かが気が付いてくれる機会を待つしかない。


 左の男が無言でブラを胸元から引きちぎった。

 両側から汚い手が伸び胸をまさぐる。乳首を探り当て指でつまむ。

 痛い。


「あと1枚だぞ。じっくりいたぶって脱がしてやる。それともさっさと脱がせてほしいか。どっちがいい?」

「おい、パンツ濡れてきてないか?」

 股間を指でこすっていた2年の男が声を上げる。


 嘘だ。こいつら女の子のことまるでわかってない。こんな気持ちよくもないのに濡れるわけがない。濡れるっていうのは全然違う。


 カシャカシャ。股間をアップで撮られた。

「噂通りのビッチだな。見られて興奮してるんじゃね?」

 ばかばかしい。

 けど、残りは1枚。その後のことは考えたくない。


 サイドのゴムに指がかかる。

「先輩……何でもしますから……()()のだけは許してください……」

 本気の訳がない。泣き真似をしてでも時間をかせがなくっちゃ。その間になんとか逃れる術を考えよう。


「……ぎゃはは! 聞いたか、おい」

「そういえば、桃子ちゃん、フェラ得意なんだったよね」

「やべぇ、今ので俺もう勃ってきたわ」

 お調子者の左の男がわたしの手を膨らんだ股間に導く。

 引っかかった。だけど、カメラを構えている主犯の男は釣られなかった。

「でも残念。ヌード撮影の後まで大好物のチンコはお預けだよ。おい、さっさと脱がせちまえ」


 下着がじらすように少しづつ下げられていく。

 また、裸見られちゃう。他の人には見せたくないのに。助けて。誰か。助けて……

「助けて、塁君!」

 次の瞬間、扉が吹き飛んだ。

「桃子!」

 嘘……夢みたい。


     *


 彼女を助けられなかった。そのことが塁の怒りを掻き立てた。

 蹴り飛ばした扉の下で河原ともう一名がのびていた。カメラを持っていた男の尻を塁が蹴飛ばすと顔面から壁に激突して動かなくなった。桃子の両手を押さえていた二人はまとめて蹴り飛ばした。

 半裸姿の桃子を起こすとそのままきつく抱きしめた。塁の背に彼女の腕がまわされた。一年ぶりに味わう彼女のぬくもりだった。


「ごめん。怖い思いをさせた」

「ううん、いいの。助けに来てくれたから」

「殴られたのか? 許さねえ!」

「大丈夫。抱きしめてくれたから」

「ごめん……」

「ううん」


「そろそろ、いいかな?」

 山中武光生徒会長がなぜか後ろ向きで声をかけてきた。書記の中林先輩も一緒だ。その後ろからりさ子が顔を出した。

「ケロちゃん、くっつき過ぎ。いつまでもそんな恰好じゃ、桃子がかわいそうでしょ」

 途端に恥ずかしくなって塁は慌てて桃子を離した。

 りさ子は、桃子にジャージを着せると立ち上がらせた。

「保健室に行きましょう。桃子、歩ける?」

「うん。大丈夫だよ」

「武ちゃん、あとはお願いね」

「心得た」

 全く、生徒会長を武ちゃん呼ばわりし、顎でこき使う安西りさ子はいったい何者だろう。塁が首をかしげる。

「塁君、またあとでね」

「ああ」

 手を振る桃子と付き添うりさ子を見送ると振り返った生徒会長が宣言した。

「さあ、君たちからも話を聞こう」


     *


 現場での事情聴取が終わると写真部の5人は家に帰された。証拠品のカメラは会長の手元にある。メモリーは抜いてある。

「このまま帰しちゃっていいんですか?」

「学校には知らせたくない。君もそう思うだろう。それに生徒会権限では生徒本人に処罰はできないんだ。義務教育だからね」


 不満げな塁に山中会長が諭す。桃子を気遣ってくれているのだ。

「ありがとうございます」

「君たちのことは博樹から聞いていたよ。去年の今頃、私に生徒会長になるように言ったのは博樹だ。佐々木君を生徒会で預かろうと考えたのも彼だ」

 篠山博樹、小学校時代の塁の友人だ。自分自身が許せなかった塁を優しく断罪してくれた彼は、見捨ててはくれなかったのだ。


「りさ子にも働いてもらった。彼女は私の従妹なんだ。私の父とりさ子の父親は笹山先生(市議)の秘書をしている。その関係で彼等のことも昔からよく知っている」

 なるほど、それでりさ子は会長と親しかったのか。塁は納得した。

 今回の件は、自分一人では助けられなかった。守ると約束しておきながら後手に回ってしまった。桃子を生徒会で守ってくれたからこそ、ギリギリのところで助けられたに過ぎない。塁は苦みをかみしめた。


「さて、それでは彼女を迎えに行こうじゃないか」

 簡単に話をまとめると会長は歩き出した。塁も後ろからついて行く。

「君は自分を責めるべきじゃない。間違わないで欲しい。悪いのは彼等であって、君じゃない。君は彼女を助けたんだ。それを忘れてはいけない」

「でも、オレが彼女を傷つけたからこそ、今回の事件に繋がったんです。守ると約束をしておきながら、守れなかった。彼女をまた傷つけてしまった」

「何があったかは知らない。詳しいことは聞いていない。けれど、これだけはわかる。君は彼女を甘く見過ぎだ。馬鹿にしていると言ってもいい。私の見た佐々木君は守られて当然と考えるようなそんなかよわい女性には思えない」

「そんな……馬鹿にしてなんて……」

「よく考えてくれ。今、一番にしなければいけないことは、君の後悔などではないはずだ。彼女の傷を癒すことじゃないか」


 会長の一言一言が、塁の心臓をえぐる。反論の余地はない。塁としても桃子を守りたいのだ。傷つけたいわけじゃない。だが、そう簡単に割り切れるものではない。自分が劣情に流されなければ、そもそも、こんな事件は起きなかったのだ。だいたい、助けたと言えるのだろうか。最悪は免れたものの桃子は辱めを受けたのだ。

 塁は自分自身が許せなかった。

読んでくれてありがとうございました。

桃子を救出できた塁ですが、辱めを受けさせたことに自責の念に押しつぶされていきます。生徒会長の助言も頑なな塁には届きません。桃子はそんな塁とどう向き合うのでしょうか。

投稿は毎週火曜日と金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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