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幸せな結末  作者: 灰色 シオ
第Ⅰ章 高梨塁
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小学校6年5月④

 不幸な事故で父親を亡くした少年塁るいが転校してきたことから物語は動き出す。

 幼馴染の少女桃子と小学校に通うことになった塁。慎重に身を処し、うまくクラスに馴染めたと思ったころ、事件が起こる。

 互いに好意を寄せあっていた二人は事件をきっかけにすれ違い始める。全てを許し未来を掴もうとする桃子。対して塁は良心の呵責から桃子に対して素直になれない。塁の友人たちは何かとサポートするが二人の結末はどうなるのか?

 翌週の月曜日、オレの予想は悪い方に裏切られた。ここまでとは思ってなかった。


 登校したオレたちは、黒板一面に書かれた佐々木とオレを中傷する卑猥な落書きを見ることになった。あの件に、関わった者しか知り得ない情報も含まれていた。

 佐伯たちではありえない。そんなことをばらせば、自分たちの犯行を教えることになる。加害者でも被害者でもないその場にいた第三者……河原貴大が犯人だった。


 大急ぎで黒板の落書きを消すと、河原を教室の隅に引っ張った。

「お前、何したかわかってるのか? こんなことがばれたらお前だってただじゃすまないぞ」

 襟首をつかみ、問い質す。だが、河原はふてぶてしくもいやらしい笑いを浮かべてうそぶいた。

()()()のは高梨君、君だろ。無理強いしたのは佐伯さんたちだ。俺は関係ない」

「お前には貸しがあったはずだが。」

「その借りはチャンスを譲ってあげたことでチャラだよ。君は十分楽しんだだろう。俺だったらもっとうまくやれた。ちゃんとイカせてやったのに……ねえ、佐々木さんって淫乱だったんだね。今度は俺にもやらせてくれよ。俺、エッチな娘って好きなんだ……!?」

 思わず、河原の股間を蹴り上げていた。

 豚はとことん豚だった。だが、オレも河原を非難はできない。一番悪いのは間違いなくオレだ。しかも、守るなどと言いつつ、全く守れていなかった。


 うわさはあっという間にクラス中に広まった。そのほとんどは佐々木に関することだった。


     *


「塁。君たちに関してよくない噂があるのは知っているかい?」


 その日の放課後、終りの会で河原への暴力を告発されたオレは何一つ言い返せなかった。どう言い繕おうと佐々木を巻き込むことになる。一方的に糾弾され、オレは空虚な謝罪を口にした。河原は不満そうだったが、もともとクラスで好かれていない彼に同調する生徒は誰もおらず、それで幕引きとなった。


 帰ろうと席を立ったオレに博樹が声をかけてきた。練習がない日は塾に通っているはずだ。遅刻してまでオレと話をしたいということだ。野球部の取り巻きたちは遠慮して先に帰って行った。ごまかすわけにはいかない。ごまかせる相手でもない。


「河原のことか?」

「関係はあるんだろ? だけど、そのことじゃない。君と佐々木さんのことだよ」

 博樹は、ストレートに切り込んできた。だが、それには答えられない。

「聞かないでくれ」

「否定はしないんだ……」

「オレは君の友達でいられるようなやつじゃない。卑怯で人の弱みに付け込んで傷つける、最低の人間なんだ。オレを許さないでくれ。頼む……」


 博樹は困ったような顔をして、ため息をつく。

「河原君は俺が止める。付き合いは長いんだ。抑えどころはわかっている」

「助かる」

「けれど、塁、俺は君を軽蔑するよ」

 博樹は優しいやつだ。誰よりも信頼できた友人だった少年は扉を開けて去っていく。


 扉の外で博樹の声がした。

「桃子ちゃん。待たせて悪かったね。また、明日」

 開けた扉の向こうに小さな影があった。

 博樹は彼女を苗字ではなく名前で呼んだ。佐々木桃子を信じると言ってくれたのだ。

(ありがとう……)

 オレは元友人に感謝した。しかし、その言葉は誰にも届かない。


     *


「それで、君たちはどうしてくれるんだい?」

 放課後の理科室に呼び出された河原貴大は先週とは違ってふてぶてしかった。

「あんた、何勘違いしてるんだよ。もう一度、ひん剥いてやろうか?」

「なんだ。俺とセックスしたいのか?」

 凄んで見せる佐伯優里菜の言葉にも薄ら笑いで返してきた。

「バカ言ってんじゃないよ。誰があんたなんかと。どういうつもりで、あんな噂をばらまいてんだい」

「俺は、何一つ嘘は言っていないさ。それに俺は佐伯がやらせたとは、()()言ってないよ」

「てめえ……」

「笹山君は紳士だからね。佐伯が主犯だなんて知ったらどう思うかな?」

「脅迫しているつもりか?」


 佐伯優里菜が笹山博樹に好意を抱いていることは周知の事実だ。これまでのような子供のいざこざくらいでは笹山は気にしていなかった。だが、今回はやりすぎた。いくら笹山でもこれを知ったら許さないだろう。

 立場は逆転した。河原の言葉に佐伯がおびえていた。


「佐々木を見習って俺のチンポをしゃぶりなよ。うまくできたら俺も黙っていてやってもいいぜ」

 佐伯の隣で黙って見ていた安西りさ子が、河原の前に歩み寄り、下着ごと彼の半ズボンを引き下ろした。


「安西、お前がやってくれるの……いててて」

 安西が河原の一物を乱暴に握りしめると、右手に隠し持っていた鋏の刃を当てた。

「豚野郎! 私は笹山に興味はないからね。そんな脅しは効かないよ」

 下半身に感じた鉄の冷気に河原が縮み上がる。立場が反転した。


「痛い痛い。やめてくれ」

「それが人にものを頼むときの態度かい? このままちょん切ってやろうか。」

「すいませんでした。もうしませんから、ちょん切るのだけは許してください」

 豚野郎は涙交じりで懇願した。


「何を?」

「えっ?」

「何をもうしないのかって聞いてるんだよ!」

「笹山君には、この間のことは絶対に話しません」

「それだけじゃないだろ!」

「えっ……えーと……」

「佐々木と高梨のこともだ。二度とあんな噂を流さないと誓え」

 安西の気迫に完全に屈服した豚はこくこく頷いた。

「聞こえねえなあ!」

「はい、佐々木さんと高梨君の噂は二度としません。ぎゃ!?」

 河原の一物を離したその手で睾丸を握って悲鳴を上げさせると安西は水道で手を洗った。

「あー汚い。……優里菜、行こう」

「……うん。」

 すっかり元気をなくした佐伯優里菜と仲間を引き連れた去り際に安西りさ子が念を押す。

「私は甘くないよ。もし、今度噂が立ったら、一生セックスのできない身体にしてやる。わかったな!」


     *


 結局、塁の心配していた通りになった。


 噂はあっという間にクラス中に広まった。そのほとんどが、桃子に関してだった。ビッチとか淫乱とかささやく声が聞こえる。経験のあるはずもない小学生には信じられないことなのだろう。特に女子の拒絶は激しかった。不潔……それが小学生女子の気持ちだった。それ以来、桃子に話しかける子はいなくなった。


 転校してきたばかりの塁には元からほとんど友達がいない。笹山博樹の仲間とよく話していたが、それもなくなった。この前、博樹と塁が二人で話をして以来、博樹と塁は口も利かなくなった。桃子は自分のせいで二人を仲違いをさせてしまったと思い落ち込んでいた。

 博樹はただ一人、桃子に話しかけてくる。これまでは「佐々木さん」と呼んでいたのに「桃子ちゃん」と呼ぶようになった。それは博樹の優しさだったが、女子にまではその影響力は及ばない。むしろ逆効果だ。佐伯優里菜たちが、噂を止めているから表立っては騒がれないが、クラスの奥底に根付いた悪感情がよどんでいる。


 桃子は初めて汚れるという意味が分かった。けど、それは気にならなかった。小学生なのに、『また、塁君と()()()。気持ちよくなりたい』と思う自分がいることは事実なのだ。

 塁君とお話がしたい。わたしのことを見て欲しい。毎日一緒に登下校しているにもかかわらず桃子の望みは叶わない。塁はあれから一度も桃子と目を合わせない。こんなに近くにいるのに二人の心はすれ違う。誰よりも遠くに感じてしまう。


     *


『私たちが悪かったんだよ。悪ふざけにしてもやりすぎた。優里菜も反省している。もうこんなことはさせない』

『桃子ちゃんはどうなんだい?』

『桃子ちゃんねぇ……相変わらず博樹は誰にでも優しいね。でも、いくら博樹でも女子の噂話までは止められないよ』

『手厳しいね。僕はやれることは何でもやるつもりだよ。でも抑え込むのは逆効果になりそうだね。で、どうだったんだい?』

『はあ……なんていうか……愛のあるセックスっていうんだろうな。他にセックスなんて見たことないけどさ。私たちの方がドキドキしちゃって目が離せなかった』

『愛があるってことは塁もなんだろうね、やっぱり』

『高梨の方が惚れてるんじゃないかな。ぞっこんってやつ。守っているみたいだった。高梨塁ってのもいい度胸してるね。暴走した私たちを黙らせるにはあれが唯一の正解だよ。あいつがいなけりゃ私たちも止まれなかった。どこまで行ってしまったか怖くなるくらいだよ』

『それは彼に感謝しないとね。そこで終わらせられれば良かったけれど』

『馬鹿が紛れ込んでいなけりゃね』

『河原君は僕が止めるよ』

『豚なら釘を刺しておいた。もう、大丈夫だと思うよ』

『手荒な真似はしていないだろうね』

『それは受け止め方次第かな。それよりあの二人、つきあわないの?』

『僕もそれが一番いいと思うんだけどね。そうすればちょっと進んでる二人ってだけで噂なんてすぐ収まるだろう。けど、じつは塁の方が重傷だ。無理強いだったと思い込んでいる』

『そうは見えなかったけどねぇ。でも、それに関しちゃ私たちが悪い』

『うん』

『私には冷たいじゃない』

『そんなことない。頼りにしている。君たち親子には助けられてばかりだ』

『父さんは笹山先生のために働いている。けど、私は博樹のためだけにしか動かない』

『わかってる。だいたいのことは理解できた。助かったよ、りさ子』

『それはどーも。ところでさぁ、博樹は前から高梨塁のこと知ってたの?』

『ああ、彼は東京のリトルリーグじゃ有名人だ。地域への人脈作りで親にやらされている僕なんかが逆立ちをしても敵わないほどのすごいピッチャーだ』

『でも、あいつ、自分が有名人だなんて思ってもいないようじゃん』

『自己評価が低いことが彼の一番の欠点だね』


     *


 半年後、一人ぼっちの二人は小学校を卒業した。


読んでくれてありがとうございました。

本話で第Ⅰ章小学校編はおしまいです。思い合っているのにうまくいかないまま卒業です。次話からの中学校編ではどのように変わっていくのでしょうか。

投稿は毎週火曜日と金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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