小学校6年5月③
不幸な事故で父親を亡くした少年塁が転校してきたことから物語は動き出す。
幼馴染の少女桃子と小学校に通うことになった塁。慎重に身を処し、うまくクラスに馴染めたと思ったころ、事件が起こる。
互いに好意を寄せあっていた二人は事件をきっかけにすれ違い始める。全てを許し未来を掴もうとする桃子。対して塁は良心の呵責から桃子に対して素直になれない。塁の友人たちは何かとサポートするが二人の結末はどうなるのか?
「面白そうなこと、やってるじゃないか」
オレの台詞を聞いた瞬間、佐々木が悲しそうに目を伏せた。
「あたしたちセックスに興味があるんだよね。そしたら、この二人がするって言うじゃん。だから後学のため見学させてもらうことにしたんだ。無理やりじゃないよ。こいつらに聞いてみればわかるよ」
佐伯が白々しくもほざいた。だが、オレは佐伯を無視した。
「河原、お前、童貞だろ?」
「えっ……うん」
いきなり、話を振られた河原が戸惑いながらも頷いた。
「よし、なら代われ」
「えっ?」
河原は話についてこれないようだ。代わりに、佐伯が食いついた。
「あんたが代わりにやるの? 経験あるんだ」
「いや、オレも初めてだ。河原に先越されたくないからな」
「ふーん……」
「河原はもういいだろう。服返して帰してやれ」
「ダメだね。帰るふりして職員室に駆け込むかもしれない」
「勝手にしろ」
佐伯を無視して、服を脱いだ。それなりに鍛えているオレの身体は体脂肪率一桁だ。腹筋も六つに割れている。佐々木もしゃがみこんだまま見上げている。
「へぇー」
「いい身体してんじゃん……」
「オヤジかよ……」
佐伯のおっさんくさい台詞に苦笑しつつ、オレはパンツも脱ぎ捨て全裸になった。半身は既に怒張していた。
「まあ、見せてくれるなら、あたしはどっちでも構わないよ」
佐伯の同意が得られたところで、河原を押しのけ佐々木の前に立った。
「……塁君」
不安なのだろう。おずおずと問いかける佐々木に答えず黙って包み込むように抱きしめた。
小さな体は火傷しそうなほど熱かった。
「あ……」
何か言いたそうに開きかけた小さな口を唇で塞いだ。そのまま押し倒した。床に頭をぶつけぬよう細心の注意を払って
佐々木の腕がオレの背中に回された。抱き返されたようにも思えたが、それは気のせいだ。
オレの蛮行に応える理由が彼女にはない。
*
ことが済むとオレは佐々木の身体を放した。
「もういいだろ。服を返してやってくれ」
そのままの姿で前に立ち、オレは佐伯に向かって言った。
「あ……ああ。おい!」
佐伯たちは、既に撮影する気も失せたらしく、内股になって太腿を擦り付けていた。気圧されたように佐伯はおとなしく従った。部屋の奥に隠してあった佐々木の服とランドセルを三井と酒井が運んできた。佐々木はランドセルからウエットティッシュを取り出すと向こうを向いて汚れた身体を拭いている。
「これでいいか?」
「あ……えっと……」
そのままの格好で向き合うオレの言葉に佐伯優里奈はまともに答えられない。さっきまでの威勢は失われ、オレの目を見ることもできない。
「なんだ。お前、濡らしてるのか?」
「悪かったな! いいから早く服を着ろ、けだもの!」
オレの冷やかしを否定もできない佐伯優里菜は、もう、こんなことは起こさないだろう。
だが、それだけで終わらせるわけにはいかない。オレはスマートフォンを持つ佐伯の右手を掴んだ。
「佐伯。今日撮った動画、消してくれるか? 頼む」
「……わかったよ。消せばいいんだろう。消せば! だから早く服を着ろ!」
顔を真っ赤にして佐伯が約束した。
オレは安心して服を着た。
「……これでいいだろ!」
服を着終えたオレに向かって佐伯がスマートフォンを差し出す。
「ありがとう」
礼を言ったオレに佐伯が問いかけてきた。
「お前らできてるんじゃねえの?」
「違う。オレにそんな資格はない」
一瞬、感じた思いは錯覚だ。佐々木がオレに好意を寄せているなんて。レイプした相手と恋仲になろうなど許されることではない。これから一生をかけて償わなければならない。
「塁君……」
身支度を終えた佐々木が声をかけてくる。
「帰るぞ」
顔を見ることもできずに先に理科室を出た。ついてくる足音だけをずっと耳で追っていた。
「あたしたちも帰ろう。」
佐伯たちも帰るらしい。だが、オレたちはとんでもないミスを犯していた。誰からも忘れられ、未だ全裸で突っ立っている一人の少年が元凶だった。
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なんでこんなことになってしまったのだろう。
運が悪かったのだ。だってあれは事故だったのだから。そう……事故……不幸な事故
なら、なぜ私じゃなかったんだろう? あの人の隣は私のものだったはずなのに
息子は言ってくれた。「お父さんはそんなことしない」と
なら、なぜ一緒に逝くのは私じゃなかったんだろう
あの日から同じことを考える。何度も何度も。答えなどでない。当たり前だ。あの人は私を選ばなかった。それだけのことなのだから。
今すぐ、あの人に聞いてみたい。なんで私を選ばなかったの? 置いていったの?
でも怖くて聞けない。私の知らなかった本当のあの人の気持ちを
私たちは幸せだったはずだ。可愛い息子にも恵まれて。あの人と息子が野球をするところを見ているのが好きだった。たまには私もキャッチボールに引っ張り出されて。小学校三年生だというのに私は息子のボールを捕ることができなかった。それが少し寂しくて、誇らしくて、うれしかった。
ああ、そうね。そうなんだわ。
あの子を一人にしてしまうわけにはいかない。だから待っててね。あなた……
わかっている。本当は怖いだけだ。あの人の本当の気持ちを聞くのが。だから自分に言い訳をして先送りしているのだと
*
塁がいつもより、ゆっくり歩いてくれていることは桃子にも分かった。だけど下半身のしびれるような違和感が気になって歩きにくい。それよりあの後、一回も自分を見てくれないことが桃子にはつらかった。
今日は、一杯恥ずかしいことをした。裸を見られたし、セックスもした。自分も気持ち良くなった。動画を撮られるのは恥ずかしくてイヤだったけど塁はわたしが写らないように盾になってくれていた。
わたしが声を出さないよう堪えているのを悟って塁は口を重ねて塞いでくれた。キスはセックスのようなしびれるような快感とは違ったけど、とっても気持ちよかった。キスだったら、今もしたいと桃子は思う。だから……
小学校からだいぶ離れた人気のない路地で桃子は塁のTシャツの裾をつかんだ。塁が立ち止まる。
「なんで、こっちを向いてくれないの……」
「……すまなかった」
「わたし、謝ってほしいんじゃない」
それでも塁は振り返らない。
「オレが守るから……何があっても絶対守るから……」
「守るって、何から? わたし、うれしかったんだよ。最初は河原君で絶対やだって思ってた。もし、最後までやらされたら、死のうって考えてた。でも、塁君がきて、代わってくれた。塁君だからいいって思ったし、優しくしてくれた。抱きしめてくれたし、写真撮られるのも庇ってくれた。わたし、うれしかった。なのに何を守るっていうの?」
振り向かない塁の背中はとても苦しそうだった。
「君はわかってない。こういうことは女の子の方が悪く言われるんだ」
「悪く言われたっていい。だって本当のことだもん! 君なんて呼ばないで! わたしは佐々木桃子。そんな誰にでもあてはまる言葉じゃ納得できない」
裾を握っていた桃子の右手が荒々しく振りほどかれた。ようやく振り返った塁の顔は涙に濡れていた。
「今日、君はレイプされたんだ。嫌がることを無理やりやらされたんだ。怒っていい。オレのことを殴っていい。警察や学校に通報しても構わない」
「なんでそんなこと言うの? それって嘘じゃん。わたし、嫌がってなんかない。わたしに嘘をつけっていうの?」
「そうじゃない。本当は止められたはずなんだ。けど、オレがよこしまな思いで、あの状況を利用したんだ。オレは最低だ。オレは幸せになるべきじゃない」
「わたしの気持ちはどうなるの? 守るっていうなら、わたしのこと抱きしめて。今、守ってよ」
「それは……オレにはできない」
「そんなこともできないのに、守るなんて言うんだ。わたしをどうしたいの?」
「……君は幸せになるべきだ」
それから、家につくまで二人は黙ったままだった。家に着いても「じゃあ」「うん」しかなかった。
桃子はただ悲しかった。幸せの絶頂にいたと思ったのに不幸のどん底に突き落とされたような気分だった。その夜は、家族に知られないよう枕に顔を伏せて朝まで泣いた。
読んでくれてありがとうございました。
思い合っているはずの二人に亀裂が生まれました。望んでいるはずなのに、嫌がってはいないのにどうしてこうなってしまったのでしょう。これからどうするのでしょうか。
投稿は毎週火曜日と金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。