表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せな結末  作者: 灰色 シオ
第Ⅴ章 塁と桃子
22/24

高校3年 3月②

 不幸な事故で父親を亡くした少年 るいが転校してきたことから物語は動き出す。

 幼馴染の少女桃子と小学校に通うことになった塁。慎重に身を処し、うまくクラスに馴染めたと思ったころ、事件が起こる。

 互いに好意を寄せあっていた二人は事件をきっかけにすれ違い始める。全てを許し未来を掴もうとする桃子。対して塁は良心の呵責から桃子に対して素直になれない。塁の友人たちは何かとサポートするが二人の結末はどうなるのか?

 4月からわたしは東京で一人暮らしをする。部屋も既に契約した。父の絶対の意向でオートロック付きのマンションだ。


 その日もわたしは部屋で荷造りに追われていた。日が傾きそろそろ電灯をつけようと思った頃、慌てた様子でお母さんが部屋のドアを開けた。

「桃子、着替えなさい」

「えっ? どこか行くの?」

「涼子が……塁君のお母さんが亡くなったの」

 涼子さんとは塁のお母さんの名前だ。うちのお母さんとは幼馴染で小中高と一緒だった。涼子さんはご主人を亡くしてからずっと具合が悪かった。もう7年近くなる。最近は子供(塁)のこともわからなくなっていると聞いていた。


 喪服に着替えてお母さんとお悔やみに伺った。お母さんがご両親にお悔やみの言葉を伝えている。お母さんも泣いていた。親友だったのだから悲しいだろう。申し訳ないけどわたしには実感がない。わたしが涼子おばさんと会っていたのは子供の頃までだ。もう10年近く顔も見ていない。

 けど、後ろに控えている何も感じていないかのような塁を見たとき、心がざわついた。この子は変わっていない。身体は大きくなったけど良くも悪くも子供のままで、繊細な心をむき出しにしている。きっと心の中で血を流していることも気づいていないのだろう。自分では手当てあてすらままならない。心の中ですら泣くこともできないでいる。放ってはおけない。今こそ、わたしはわたしを取り戻そう。そう決心した。


 自宅で行われた涼子おばさんのお葬式は質素なものだった。ほとんど近所付き合いをしていなかった涼子さんだから参列者も少ない。ご両親と塁、それにご近所の数名だけだった。その中にりさ子と優里菜が来てくれていた。塁というよりわたしを心配してくれたようだ。心を決めたわたしの顔を見てわかったようだ。黙って頷いてくれた。


     *


チャイムを鳴らすと塁が扉を開けてくれた。下調べは済んでいる。今日、お祖父さまとお祖母さまは出かけている。帰りは遅くなるはずだ。


 わたしは明後日引っ越す。わたしにとっては初めての一人暮らし。家からでも片道2時間ちょっと。通えないことはないが、わたしが地元で浮いていることを知っているのだろう。ちゃんと話したことはないけれど。両親も反対しなかった。お父さんは……本当にしぶしぶだったけれど。

 塁も同じ大学だと聞いた。やはり大学近くで一人暮らしをするらしい。広い東京だ。引っ越したら今度はいつ会えるかわからない。同じ大学だとは言っても学部が違う。広大なキャンパスで出会うことは難しいだろう。偶然には頼れない。その前に決着をつけなければ。今日のわたしは戦闘モードだ。


「こんにちは。上がってもいい?」

 塁は体を開いて黙って通してくれた。


 まったく変わらない。成長してない。おかげで闘志が掻き立てられる。

 リビングに通される。塁がやかんに水を汲み、コンロの火をつけた。お茶くらいは出してくれるつもりのようだ。

「塁君の部屋に行きたい」

「何にもないぞ」

「いいの。でも、その前に仏様にご挨拶させてね」

 塁が言葉で抵抗するが、一蹴する。


 隣の和室のとびらを開ける。箱に収められた骨壺こつつぼと真新しい仏壇があった。花が供えてある。遺影の写真はいつごろのものだろう。見たこともないような笑顔だった。この人がラスボスだ。

 今日こそ決着をつけよう。


 お線香を焚く(火を使わない電気式のやつだ。)と気合を込めてりんを鳴らす。

 静かに手を合わせご挨拶……心の中で果し合いの口上を述べた。


 お母さま、勝負です。塁を連れて行かせません。


     *


 塁の部屋は相変わらず殺風景だった。

 テーブル代わりにした段ボールの上に塁がコーヒーのマグカップを並べて置いた。わたしはマグカップを並べ直した。間違わないよう片方を選んでベッドに腰掛け部屋を見回す。塁は気がついていない。

 隅に積まれた段ボールが4箱。空の本棚。その他にはベッドしかない。この子は独り暮らしを何だと思っているのだろう。自炊じすいができるとは思えないけど。こんな淋しい暮らしをしているから思いにとらわれてしまうのに。


「これまで通り、何も変わらない」

 隣に腰掛けた塁は特別我慢している風でもなく、コーヒーを飲みながら淡々と言った。

 この子は、まったくどうしようもない。自分の痛みに鈍感なのは褒めていいことじゃない。心は悲鳴を上げているというのに。


 わたしは両手を塁の頭に伸ばすとそのまま胸に抱き寄せた。

「おい、桃子、胸が当たってる……」

 狼狽うろたえるように塁は抵抗したが、離さなかった。


「ご褒美じゃないからね」

 わたしには言わなければならないことがある。そして……

「塁君は怒っていいと思う。何で一人にしたんだって」

「……」

 だけど塁は答えなかった。

「塁くん……?」

「……オレが殺したんだ」

「えっ……?」

「怒れって……? そんなこと言えるわけない。だって、お母さんはオレが殺したんだ!」

 塁はわたしの胸に縋りつくように告白した。


「どういうこと? 教えて」

「……」

「教えて。言ってくれなくちゃわかんないよ!」


 何かをこらえるように黙っていた塁だったが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。

「オレはおかしくなったお母さんが嫌いだった。お父さんのことを忘れてしまったお母さんが嫌いだった。だけど、あの前の日、お母さんは具合がよかったみたいで久しぶりに話ができたんだ。どこか行くのかって聞くから、大学に行く。独り暮らしをするって答えた。そうしたら『体に気を付けて』って……久しぶりの親子の会話みたいでオレは少しうれしかった。それで調子に乗ってしまったんだ。それで『お父さんお母さんと同じ大学に行く』って言ってしまった。それを聞いてお母さんはまたおかしくなった。オレはお母さんにお父さんを忘れてほしくなかったんだ。それで、ダメだとわかっていながらあんなことを……」

 塁のほほを涙が伝う。

「それが最後の会話だった。お父さんのことは禁句だったはずなのに……だから、お母さんはオレが殺したんだ」

「それは違……」

「違わない! お父さんのときもそうだ。次の日、出張だというのに遅くまでオレが引き留めていて、それで寝坊したお父さんは車を飛ばして事故ったんだ。何もかも、全部オレのせいだ……」

 歯を食いしばり、自責の念に囚われている塁を見て、わたしは今日ここへ来てよかったと思った。


「ねえ、塁君。わたしはやっぱり怒っていいと思う」

 苦しい胸の内を吐露して、少し落ち着いた塁の頭を撫でながらわたしは話しかけた。

「塁君が自分を責めるのはやっぱり間違ってると思うよ。今は、ちゃんと怒って、それから悲しんで。塁君はちゃんと悲しまないから、怒らないで我慢しちゃうから、だからいつまでも引きずっちゃうんだよ。お母さんには優しくしてもらったんでしょう。別れをちゃんと悲しんで、なんで残してっちゃったんだって怒って、そしてひとしきり泣いたら心が別れを納得するの……不幸な別れでも、みんなそうやって思い出にしていくの。塁君はずっと我慢しちゃってお別れをしていないから、引きずっちゃうんだよ。お父さんのときもそう。塁君は周りの人のことばかり考えて、自分のことを後回しにしちゃうからいつまでもお別れできないの。お父さんにはいっぱい教えてもらったんでしょう。気がついてる? 塁君の心はまだ11歳の子供のままだよ。お父さんを亡くしてから塁君の心の時計は止まったままなの。

 お母さんもそう。けど、お母さんは大人だから自ら決着をつけたんだと思う。塁君が大学に入って独り暮らしすることになって、安心したからお父さんに会いに行ったの。それは塁君にとってはつらいことだったと思う。ひどいことだったと思う。でも、それがお母さんの出した時計の進め方だったんだから……だから、塁君もそれを受け止めて前に進まなくちゃいけない……ううん。わたしがそうして欲しいの。だから……今は泣いていいんだよ」


 頭をかれながらわたしの言葉をじっと聞いていた塁はぽつりとつぶやいた。

「オレは寂しかったのか……」

「そうだよ。塁君は優しいお母さんに置いて逝かれて寂しかったの。大好きなお父さんに先立たれ寂しかったの。お別れが悲しかったの」

「オレはお父さんが大好きだった。もっと一緒に野球がしたかった……」

「そうだよね。大好きだったお父さんがいなくなって悲しかったよね。一緒にいられなくって寂しかったよね」

「でもオレはお父さんの言いつけを何一つ守れなかった。お父さんはオレのことなんて見捨ててしまっただろう」

「お父さんはそんな人だった? 言いつけを守れなくても一生懸命頑張っていた塁君のことを見放すような人だった? そんなお父さんのことをお母さんは好きだったの?」


 彼は私に抱かれたままの頭を横に振った。子供がイヤイヤするように。

「お母さんはずっと優しかった。オレとお父さんが野球しているのを応援してくれた。お父さんがいなくなって、お母さんが一番悲しいんだと思っていた。だから、オレは……」

「競争じゃないの。誰が一番かを決める必要なんてない。みんな悲しいの。塁君だって悲しかったの。だから今、お父さんとのお別れを悲しんで。お母さんのことも悲しんで」

 塁は何も言わなかったけど、胸元がじわりと熱くなった。服に染み込んだ塁の涙だった。7年溜め込んだ感情があふれ出して胸が火傷しそうなくらい熱かった。本当の塁はわがままで感情的な子供だった。よくしゃべる子だった。そんな彼が言いたいことを言えず、心を抑え込んで過ごした少年時代は生きていたとは言えない。


「お母さんはお父さんのことが大好きだった。子供の目から見ても恥ずかしくなるくらい仲が良かった。だから、オレと一緒にいるよりお父さんのところへ行くことを選んだんだな」

「そうだね。わたしも塁君が死んじゃったら7年も待たずにすぐに会いに行くよ。でも、子供の塁君は怒ってもいいんだよ。こんなに大好きだったのに、なんで置いて逝くんだって、怒っていいんだよ」

「そうか。怒っていいのか……」

「そうだよ。怒っていいんだよ。怒って泣いて我儘言っていいんだよ」


「ごめん……怒り方がわからない……」

「謝らなくてもいいよ。ずっと我慢しちゃってたからね。そういうときは泣けばいいんだと思うよ。わーわー泣けばいいんだよ。だって君の心はまだ11歳の子供なんだから。恥ずかしくなんかないんだよ」

 力なく下ろされていた塁の両手が恐るおそるわたしの背中に回されると力強く抱きしめられた。その息苦しさにわたしは幸せを感じていた。

 塁は声を上げられずにただ静かに涙を流していた。

 やっぱりこの子は不器用だ。

読んでくれてありがとうございました。

自責の念に囚われた塁を助けに桃子が動きます。桃子の言葉は塁に届くのでしょうか? 

投稿は毎週火曜日と金曜日に行う予定です。あと少しですので最後までお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ