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幸せな結末  作者: 灰色 シオ
第Ⅴ章 塁と桃子
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高校3年 3月①

 不幸な事故で父親を亡くした少年 るいが転校してきたことから物語は動き出す。

 幼馴染の少女桃子と小学校に通うことになった塁。慎重に身を処し、うまくクラスに馴染めたと思ったころ、事件が起こる。

 互いに好意を寄せあっていた二人は事件をきっかけにすれ違い始める。全てを許し未来を掴もうとする桃子。対して塁は良心の呵責から桃子に対して素直になれない。塁の友人たちは何かとサポートするが二人の結末はどうなるのか?

 高3の3月、わたしは無事大学に合格し、卒業式を残すのみとなった。わたしは私大の文学部に進むことにした。心理学を勉強して将来は臨床カウンセラーになりたい。わたしたちのようなこじれちゃった子たちを助けてあげられるように。


 あれから、わたしは髪を伸ばした。塁とは会っていない。教室ですれ違うことはあったけど、挨拶はおろか視線すら交わさない。あのままでは彼もわたしも壊れてしまう。距離を置くことが必要だったのだ。

 わたしは山中先輩ともつきあわなかった。塁と別れたことを聞いて期待していたようだけどごめんなさいした。それからも相当しつこく言い寄られたけど、その見苦しさは十分知っているわたしですら幻滅するほどだったけど、やっぱりつきあわなかった。どうしても山中先輩とつきあうイメージがわかなかったのだ。


 そのかわりもう一つの依頼は受けることにした。結局、わたしは2期2年、生徒会長を務めた。なぜかやっぱりスタッフは女子ばかりで百合生徒会と呼ばれたけどしょうがない。男子は子供ばかりでわたしのお眼鏡めがねにかなう子がいなかったのだ。今の生徒会長の紫藤雪乃しどうゆきのさんもわたしが見つけて育て上げた才媛さいえんだ。明日の卒業式もわたしが気持ちよくなるような送辞そうじを読んでくれるだろう。もちろんわたしも彼女たちがジュンとするような答辞とうじを用意してある。生徒会が4年前からハーレムと呼ばれていることを否定できない。する気もない。

 別に恋に破れて百合に走ったわけじゃない。今のわたしは自分たちに必要なインターバルをとっているだけだ。もっとも本気を出すタイミングをつかみ損ねていることも事実だった。ここまで徹底して避けていることが呪縛じゅばくは解けていないことを証明している。


     *


 桃子と別れて(つきあってすらいなかったが)オレは日常を取り戻した。意識を集中する対象がいないといろいろと周りが見えてきた。どれだけ桃子に依存してきたかを思い知らされた。福沢先輩にはいろいろ言われた。泣くぐらいボロカスに言われた。本当に少し泣いた。反論はできなかった。全て先輩が正しい。最後には先輩はなぐさめてくれた。優しい先輩だった。


 数少ないが友人もできた。誘われて後期から新聞部に入った。中学では桃子を守ろうという不純な動機で入っていた新聞部だったが、高校ではちゃんと部活にいそしんだ。人に伝える文章を書くことはオレの性に合っていた。その頃からなんとなくジャーナリストになりたいと思うようになった。母子家庭ぼしかていでもあり諦めていた進学だが祖父母も応援してくれた。大学は私大の政経学部を選んだ。受験にはさほど苦労はしなかった。勉強が習慣づいているのがよかったのだろう。もう、夜中に無茶な走りをすることもなくなった。背が少し伸びた。


 あれから桃子とは会っていない。避けられているのではなく、オレが避けていたんだと思う。桃子は1年生で生徒会長に当選し、翌年も圧倒的な支持で再選を果たした。すっかり遠いところに行ってしまった。安西から桃子もオレと同じ大学に受かったとは聞いたが、何も感じなかった。オレはもうあのころの夢は見ない。


     *


 きっと浮かれていたのだろう。日常を取り戻したと慢心したせいで異常が目に付くようになった。自分だって父のことを思い出しもしないくせに、情緒不安定じょうちょふあんていな母が嫌でたまらなかった。離れたくてしょうがなかった。やっぱりオレは自分勝手な悪いやつだ。桃子に捨てられたのは当然だ。彼女は賢明だ。


「塁、どこか行くの?」

 大学進学を契機に独り暮らしをすることにしたオレは引っ越しの準備に追われていた。とはいっても住むのは大学にほど近い六畳一間ろくじょうひとま築35年のボロアパートだ。大した荷物など持ち込めない。作業の大半は荷造りより後片付けだった。

 一息つきにリビングでコーヒーを飲んでいると、珍しく母が二階の部屋から降りてきた。今日はオレのことがわかるらしい。父を事故で亡くしてから、父を中傷する悪意にさらされてから母は心を病み、殻に閉じこもっていた。薬のせいもあるのだろう。ここ数年はオレのこともわかっていなかった。


「わかるのかよ」

 久しぶりの母子の会話だというのにオレは嫌悪感けんおかんき出しで応えた。

「今日は少し気分がいいの」

「ふーん……」

 母はそんなオレにかまわず椅子に座った。

 黙ってコーヒーを入れてやる。

「はぁ……おいしい……」

 一言(つぶや)くとそれきり母は黙り込んだ。


 沈黙に耐え切れなくなったのはオレのほうだった。先程の問いに答える。

「大学に行くんだ。独り暮らしする。明日引っ越す」

「そう……大きくなったのね」

「……うん」

「塁に独り暮らしなんてできるの?」

「何とかなるさ。奨学金も貰える。バイトもする」

「ごはんは?」

「……それも、何とかなるさ」

「体には気を付けて……」

「うん……」


 母親らしい言葉を聞くのは何年ぶりだろう。まだ、この人はオレの母親でもあるのかもしれない。ほとんど諦めていたのだけれど。

 今度の沈黙は嫌ではなかった。暖かい沈黙だった。


「それで、どこの大学に行くの?」

「お父さんお母さんと同じところだよ」

 母は父と同じ大学の同級生だった。大学で知り合い、つきあって結婚した。


 なんであんなことを言ってしまったんだろう。母の前で父のことは禁句だったのに……

「そう……お父さん……」

 母の目から光が失せた。表情が変わっていた。虚ろな目に、もうオレは映っていない。

「お父さん……何処にいったのかしら? ずいぶん長いこと会っていない気がするわ。会いたいわ、あなた……」

 夢遊病者むゆうびょうしゃのように、ふらふらと母は自室に戻っていった。

 階段を上る前、一瞬、母と目が合ったように思った。気のせいだ。

『ごめんなさい』

 かすかにそう聞こえた。


     $


「お父さんお母さんと同じところだよ」

 塁の言葉を聞いて私は目が覚めたような気持だった。こんなにすっきりした気分になるのは久しぶりだ。そしてあの頃のことを思い出した。あの人と出会った頃のことを


 大学の入学式、経済学部に進学した私の隣に座ったのは身体の大きい人だった。身長は180cm以上あるだろう。胸板も厚くて既製品のスーツがはちきれそう。ちょっと怖いとも思ったけれど、その男子の背筋を伸ばして腰掛ける姿勢がきれいだと思った。それからその男子が気になっていた。

 情報通のクラスメイトの話によると野球をやっていて去年甲子園にも出たらしい。そう言えば何十年ぶりに都立高校が都大会を勝ち上がったと聞いたような気がする。野球に興味がない私は試合を見なかったし、地元のヒーローの顔も知らなかった。でもそれが良かったみたい。


 甲子園に出たことで突然祭り上げられ彼は戸惑っていた。甲子園で活躍するまでは「どうせ私立には勝てない」だの「無駄な努力するな」だの馬鹿にされることが多かったのにヒーロー扱いとは不信感すら覚えていた。

 だからこそ野球に興味がなくただの同級生として好意を寄せる私を彼も意識してくれた。


 告白は彼からだった。高校野球のエースらしくど真ん中の直球勝負だった。

「好きです。必ず涼子さんを幸せにします。だから俺とつきあってください」

 恋愛で駆け引きをすることが好きではなかった私はそんな彼に夢中になった。彼は約束を守ってくれた。野球は趣味に(とど)め、大手商社に入社した彼は厳しかった父でも反対できなかった。そして、私たちは結婚し子供も授かった。今はあの人と息子のキャッチボールを見守る幸せな日々だ……今は……?


 そうだ……塁が家を出る。学生なのだからまだ大人ではないのかもしれない。でも、もういいでしょう。あの子も私たちと同じように大学で出会いがあるかもしれない。私にはそれを見守ることはできないけれど……

「お父さん……何処にいったのかしら? ずいぶん長いこと会っていない気がするわ。会いたいわ、あなた……」


 会いたい。あの人に。会って謝らないと……謝る……何を? そう、塁を置いて行ってしまうこと。でも……会いたいの。どうしても会いたいの。あの人に会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい! 会いたい!! 会いたい!!! 会いたい!!!!

 会いたいの……守さん


 部屋に戻ろうと階段を上る前、一瞬、塁と目が合った。

「ごめんなさい」


     *


 母が睡眠薬を常用していることは知っていた。オレも以前は内なる獣が抑えきれないとき、くすねた薬の力を借りたことがあった。だが、身体の抵抗を押さえつけ無理やり深淵に引き込む睡眠薬の暴力的な眠りは好きになれなかった。


 テーブルの上に空の瓶が残っていた。ふたは開いていた。赤い蓋が空のコップと共にびんの脇に置かれている。まるで役目を終えたかのようだ。閉じられることのない瓶は……瓶の中身は母を連れて行ってしまった。


 ベッドに眠る母の死に顔は綺麗だった。苦しんだ様子はない。まるで眠っているかのような安らかな顔だった。母の顔をこんなにじっくり見るのは久しぶりだった。

 年をとった。40を超えたばかりとは思えない。肌は荒れ、白髪も増えた。もう何年も化粧をしていなかったはずだ。だが、その顔には薄化粧されていた。唇にはべにが引かれており、事故ではなく、自らの意思であったことをうかがわせた。

 胸にはお父さんとオレと三人で写った最後の家族写真を抱きしめていた。


読んでくれてありがとうございました。

最終章です。いろいろあった高校も卒業です。そんなときに塁の励ましの甲斐もあって母親が立ち直り、そして塁にとって最悪の決断をします。塁は立ち直れるのか? 桃子はどうするのか? 

投稿は毎週火曜日と金曜日に行う予定です。あと少しですので、お付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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