中学3年 4月④
不幸な事故で父親を亡くした少年 塁が転校してきたことから物語は動き出す。
幼馴染の少女桃子と小学校に通うことになった塁。慎重に身を処し、うまくクラスに馴染めたと思ったころ、事件が起こる。
互いに好意を寄せあっていた二人は事件をきっかけにすれ違い始める。全てを許し未来を掴もうとする桃子。対して塁は良心の呵責から桃子に対して素直になれない。塁の友人たちは何かとサポートするが二人の結末はどうなるのか?
店を出たところでりさ子が待っていた。
「バカ、桃子。心配したんだから」
「ごめんね」
心配させたのだろう。抱きついてきた親友に謝った。
「大丈夫だったから。優里菜もなにもされてない。りさ子のおかげだよ」
「よかった……」
心底、ほっとしたようにりさ子は身体を離した。後ろにいた旧友が声を掛ける。
「りさ子……」
「優里菜……久し振り」
「うん……ありがとう」
「それは桃子に言って」
りさ子、照れてる。
「もう言った」
「優里菜、目赤い」
「うう……見ないで」
小学校のときは二人は仲良かった。それが3年も会わなくなったのはあの事件のせいだ。みんな気まずくなって避けるようになった。ちゃんと終わらせなかったわたしたちが悪い。でも、子供のときの不始末にケジメをつけて、これからは少しだけ前を向いて生きて行ける。
「良かった。二人も仲直りできたよね」
「うん。ありがと」
「そこは感謝するけれど」
優里菜は素直でかわいいけれどりさ子はちょっとうざい。そんな思いが顔に出ていたのかもしれない。りさ子はちょっと強硬だった。
「もう二度とひとりで突っ走らないと約束しなさい!」
「痛い痛い。約束するから頭をぐりぐりするのは止めて!」
はあはあ
やばい。マジで怒ってる。これから頼みごとをしなければならないんだけど。聞いてくれるかなあ。
「ねえ、りさ子。お願いがあるんだけど」
「何?」
仏頂面のりさ子だったが、返事はしてくれた。
「下着を買いに行きたいんだけど、つきあって……」
ぶふっ
吹き出された……
「ようやっと思い知ったか」
硬かったりさ子が一変して笑顔になった。
「うん。見られて恥ずか死ぬって意味わかった」
隣で優里菜も真顔で頷いている。恥ずかしいよぉ。
*
ガタッ
「しーっ!」
乱暴に席を立つ音に周囲から叱責の声が上がる。だが、そんなこと気にしてはいられない。そのまま席を立ち待ち人を迎えにロビーに進む。
「ごめんね、塁君。待たせちゃって」
待ち人の声にホッとした塁が頷く。一瞬、視線を隣に向けた。
「ああ、りさ子から聞いていたのね。よかった。連絡あれっきりになっちゃったから、ごめんね」
黙って頷く塁を見て後ろで怯えたような声が上がる。もう一人いた。
「あれで怒ってないって嘘でしょ?」
「そんなことないよ」
振り返って桃子が答える。
「今日偶然、優里菜に会って、話し込んじゃった。話すの久しぶりだったから。買い物にも付き合ってもらったの。わかるよね、優里菜」
紹介された桃子の旧友を見て塁は小首をかしげる。
「嘘だろ。お前同じクラスだろ……」
「前の席なんだけど……」
考え込む塁の反応にりさ子と優里菜が突っ込んでくる。
「いや、佐伯だとはわかっているが……久しぶり」
「「……」」
あまりの態度に2人は言葉が継げないようだった。
「ほらね。怒ってないでしょ。見えてないだけだから」
自慢げな桃子に向ける2人の見る目が生温かくなった。
だが、そうではない。勘違いしている桃子の頭を塁が優しく小突く。
「そうじゃない。昨日までとは雰囲気変ったな。久しぶりに会うみたいだ」
「わかるの?」
優里菜が驚いて応える。桃子もりさ子も口をはさめない。
「オレにだって目くらいついている」
周りの反応に塁が少しイラつく。だが、優里菜はそれには取り合わない。彼女が聞きたいことはそんなことではないのだ。
「そう。許してくれる?」
「許すも何もない。始めからお前に含むことなどない。すべてオレたちの問題だ」
「そう。なら、あたしのことは全て桃子のおかげだから。幸せにしてあげて」
優里菜の言葉に苦いものでもかんだように塁が顔をしかめる。
「それはできない」
「なぜ? あなたたちの問題なんでしょ?」
「だからこそだ」
「だからこそ、高梨にしかできないと思うけど」
昔を取り戻したように強気に問い詰めてくる佐伯優里菜だが、塁も頑なだった。
「どうしたの? 2人とも」
「何でもないよ。桃子も苦労するね」
桃子の問い掛けに、優里菜は苦笑して答える。
友達の冷ややかな感想にも桃子は動じない。
「塁君もどうしたの? 買い物に連れてかなかったから怒った?」
「いや……」
能天気な桃子に女友達としては冷やかしたくなってしまうのだろう。
「桃子、後で見せてやれよ。あれなら見せても恥ずかしくないだろ」
「面倒だから、そのまま幸せになっちゃえば」
「あんなスケスケなの、もっと恥ずかしいよ!」
「?」
こいつら何を言っているのだろう。話が見えない塁が首を捻る。スケスケ?
*
その夜、わたしは部屋で姿見の前に立っていた。りさ子と優里菜に選んでもらった下着を試してみた。改めて見てもやっぱり恥ずかしい。ワイヤー入りのブラなんて初めて買った。サイズを合わせたら胸が楽になったのはよかったけど、いままで以上に目立つような気がする。デザインはそれほど大胆ではない。ピンクに白の水玉のものと水色にレースをあしらったもの、どちらも上下でそろえたものだ。可愛らしいデザインのおとなしめのもの。それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
最初に二人が持ってきたものは見ただけで赤面するような大胆で布の少ないものだったが、目一杯抵抗してこれに落ち着いた。ちなみにピンクがりさ子で水色が優里菜のセレクトだ。やっぱりりさ子の方が攻めてくる。
お母さんに見せたらむしろ喜ばれた。派手じゃないかと心配されると思ったのだけれど。母親の買ってきたものを何も言わずに着ているのも心配だったらしい。両親にはあのときのことは言っていない。
いずれにしても見せるために買ったわけじゃない。そんな予定はない。でも……いつか見てもらえたらいいな。
腕を後ろに回してホックを外す。慣れてないのですこし手間取る。ショーツも脱ぎ捨てる。どうしようもなく身体が火照っている。河原に言われた通りわたしは自分で慰めることを覚えていた。本当は触って欲しい。でもそれはかなわない願望だ。
独りでするとき、わたしは裸になる。あのときの恥ずかしさを思い出すことで興奮してしまう。鏡に映る自分を見て思う。
わたし、やらしい顔してる。
下半身に右手を伸ばす。
びくっ
電気が走る。
くっ……
声が漏れそうになる。
鏡の中のわたしは内ももを膝近くまで濡らしている。感じやすい身体だ。鏡の中のだらしない顔をした女を心の底から軽蔑する。
嫌なのに……言うことを聞かない左手は勝手に乳首をつねる。甘い吐息と共に膝が崩れかかる。もう立っていられない。
ベッドに倒れこんだわたしは枕に顔を埋めて声を殺す。布団を頭からかぶり目を閉じる。
瞼の裏では彼が優しく微笑んでいた。恥ずかしいことをいっぱいしてくれる。こらえきれず漏れ出る声を枕で抑える。もう限界。でもいつも彼は最後まではしてくれない。上り詰めるためには自分でするしかない。あれが最初で最後だったんだ。涙が出てきた。
わたしたちは夢の中でも結ばれない。それでも……
頭の中が真っ白になり、わたしは涙を流したまま眠りに落ちていった。
*
「ちっきしょう。あのブス、いいところで邪魔しやがって。いつかお前も落としてやるからな。」
河原貴大は悪態をつきながら路地を歩いていた。
「とは言え、あいつらは甘いんだよ」
補導歴がつかなかった幸運もこの豚の反省する機会を奪っただけだったかもしれない。自分のことしか考えないから豚なのだった。
「しゃーねぇ、ゲーセンでも行くかな」
そんな貴大の肩に腕が回された。
「よう。久しぶりだな、貴大。元気そうじゃねぇか」
1年前に卒業した2つ上の中学の先輩だった男だ。髪を金色に染め、まともな高校生には見えない。さらに落ちぶれたようだった。他にも似たような姿の2人を連れていた。
「さ、佐藤先輩。どうしたんすか? こんなところで」
「たまたまだ。それよりお前、なにやらいろいろやらかしたそうじゃねえか」
「な、なんのことですか?」
「バックれんじゃねぇよ。沢田さんの店に迷惑かけたらしいなぁ。補導の手入れがあったって評判だぜ。妙な手垢がついたせいで上客がみんな逃げちまった。あの店のオーナー田中先輩だって知らないわけねえよな。先輩、マジ激怒しててさぁ。お前が俺らの後輩ですって庇ってやったから、1本で済ませてくれるってよ。俺たちみたいな後輩思いの優しい先輩もって幸せだろ? マジ感謝しろよ」
「い、1本って…1万っすか?」
スパン!
後頭部を叩かれた。
「相変わらずお前面白いな。一桁間違う奴はいても二桁とは意表突かれたぜ。百万だよ。百万! やらかしたことに比べれば安いもんだろ」
「ひゃ…百万って俺中学生ですよ!?」
「関係ねえよ。やらかした不始末はてめえでつけろよ。そこんところゆっくり話し合おうぜ」
有無を言わせず貴大は引きずられて行く。すれ違う通行人も目を逸らす。佐藤たちのいで立ちはアンダーグラウンド特有の腐臭をさせていた。河原貴大は既にどっぷり泥沼にはまっていたのだった。
*
翌日、優里菜とわたしは大城さんの事務所に呼び出されて反省文を書かされた。なぜかりさ子もついてきた。改めてお説教されたけど、昨日ほど怖くはなかった。優しく諭されてみると本当に危ないことしていたことがよくわかった。でも、後悔はしないけどね。
隣に優里菜がいてくれることがうれしい。
「今回の記録は私のところで留めておきます。警察には通報しません。あなた方の将来のためにそうした方がよいと判断しました」
「「ありがとうございます」」
女の子が性的暴行されそうになったことはなるべく公にしないのだそうだ。今の法律では性犯罪は親告罪ではないので本当はいけないのだけれど、証拠がわたしたちのヌード写真しかないとなると立件したら穏便に済ますことは難しくなる。大城さんの温情らしい。
「その代わり、加害者側も罪に問えなくなります。記録と証拠は私の手の中に残しておきますので、あなたたちに手出しはしてこないと思いますが、今回のようなうかつな行動は厳に慎んでください」
「「はい」」
りさ子の話では三井さんたちから話を聞いたときに大城さんに相談したのだそうだ。いずれ校外でことを起こすだろうと。そうなったら生徒会など校内の権力は頼れない。そのときに頼れる戦力として笹山君が大城さんに相談するよう教えてくれたそうだ。確かに補導員はよい選択だ。警察より融通が利くし、学校とも繋がりが深い。
わたしもまさか自分が補導されるとは思ってもみなかったけど。
とにかく今は、りさ子だけでなく優里菜も友達になってくれたことがうれしい。
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「その後、具合はいかがですか?」
白衣の男が言った。
この男は誰なのだろう。やけに馴れ馴れしい。嫌だわ。私には主人も子供もいるというのに。
「だいぶ落ち着いてきたようではあるのですけど……」
「そうですか。それでは投薬はこのままで、もうしばらく様子を見ましょう」
母の言葉に白衣の男は機械的に応える。
何を言っているのかわからない。誰のことを言っているの? 私はなぜここにいるの?
早く帰って夕飯の支度をしなければいけないのに。今日はあの人の好きな生姜焼きにしましょう。なんだか待ち遠しいわ。
「でも、先生。よくなっているようには思えなくて」
「お母さん。人の心とはデリケートなものです。焦って悪化させたら元も子もないのですよ」
「はあ……」
お母さん、そんな男のことなんてどうでもいいから早く帰りましょう。あの人が待ってるわ。あの子もきっとお腹を空かせているわ。急いでお夕飯作るからね……
読んでくれてありがとうございました。
本話で第Ⅲ章はおしまいです。桃子は友人からの身だしなみに関する注意を軽く受け流していたことを深く反省しました。少し大人になりました。次話からは第Ⅳ章 高校編です。
投稿は毎週火曜日と金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




