ユニフォーム 壱
「お姉ちゃん、今度も一緒に行こうね」
気がつけば、珠子の週末は、小学生と野球をすることになっていた。
タイガースは土日祝日を朝から夕方まで全て埋めてくれる。休みというものがない。
JKの週末がこんなことでよいのだろうか。クラスでは、街中に繰り出して遊んできただの、カレシとデートしただの、自由な休日を満喫しているかのような話もチラホラ聞こえてくる。
「部活やってたら、土日なんてないのが当たり前だよ」
るなはそう言って笑うけど、部活は同年代が集まってワイワイやるのに対して、少年野球はお子ちゃまと大人の集まりに高校生はあたし一人だけ。仲間と過ごす青春じゃない。それに、でんにのソフトボール部は日曜がオフだから、休日だけを言えば、部活を越えている。
珠子がタイガースに出ると、「今津コーチい」と女の子二人が満面の笑みで駆け寄ってくる。
だからあ、あたし、コーチじゃないんだって。
と思いながら、もうそこを抗議する意欲さえ失せている。
「あのね、あのね」
じゃれついてくる小学生女子には遠慮がない。
「ねえねえ、今津コーチって、カレシいるの?」
「カレシ? んなのいたら、こんなとこにいるわけないでしょ」
「えー、いないの? 今津コーチかわいいから、カレシくらいすぐ作れるよ」
それ褒めてるの? けなしてるの? それとも慰めてる?
「でもさあ、タイガース来なくなったらイヤだから、今津コーチはカレシ作ったらダメだよ」
「こんなとこに来てて、どうやって男の子と出会えるわけ?」
「学校に男子いるでしょう?」
「うち女子高なの」
「あ、そうか。でも、男の先生ならいるでしょう」
先生? 頭の中で高速回転して、めぼしいところを探してみるけど、適当なのが浮かばない。でんには、そういう面ではハズレかも。
「学校の行き帰りに出会いがあるとか」
「そんなドラマみたいな話、あるわけないでしょ」
「そんな自虐的なことばっか言ってたら、カレシなんていつまでたってもできないよ、今津コーチ」
「じぎゃくてきって、そんな難い言葉、よく知ってるわね。つーか、あたし、コーチじゃないんだって」
「えー、まだそんなこと言ってるの? みんな今津コーチって呼んでるよ」
「今津コーチい!」
大きな声がした。新在家コーチだ。
「ノックするよって、こっち来てえー」
「ほらあ、新在家コーチもそう呼んでるじゃん」
はあー。
「たまちゃん、たまちゃん」
お昼を食べ終わったとき、杭瀬ママが紙袋を持ってやってきた。
「これ、着てごらん」
「なんですか?」
ばさっと出てきたのは、タイガースのタテジマのユニフォームだった。
「代表の家にあったんだって」
ほらほら、着てごらん着てごらんと、Tシャツの上に着せられた。ボタンを留めると
「ほー、ぴったりじゃん」
ママたちが手を叩いた。女の子二人も駆け寄ってきて、「似合ってるう」とはしゃいだ。
「せっかくだから、下もはきなよ」
「えー、ここでですかあ?」
「クルマの中、クルマの中」
杭瀬ママにワンボックスカーまで連れてゆかれた。ジャージを脱いで、ハイソックスをはいて、ズボンをはいてベルトして、帽子をかぶると、みんなと同じ格好になった。
「これ、誰かのお古ですよね?」
「代表の家にあったということは、代表のお孫さんが着てたのかなあ」
杭瀬はのほほんとした口調で言った。
代表のお孫さん? 元町悠一郎のこと? あの子が小学生の頃に着てたのが、高校生の今のあたしにぴったりなの?
はあー、あの子、大きかったけどね。
その日の午後は試合だった。
それも公式戦だという。
「田園市、十二チームの総当たり戦をやるんだよ」と九条ママが言った。
「じゃあ、十一試合もするんですか」
「そうだよ」
「タイガースは強いんですか?」
何も考えずに発した珠子の問いに、九条は
「まあ、見てりゃわかるよ」と答えた。
見なくてもわかる、と珠子は思った。
やってきたのは、帽子のツバが黄色い中州ホークスだった。子どもたちがわらわらとクルマから降りてきた。「整列っ!」と甲高い声がする。ホークスの子どもたちが一列に並んで、脱帽した。タイガースの子どもたちも帽子を取って、それぞれの場で直立不動になった。
「田園タイガースさんに、礼!」
ホークスの子どもたちが一斉に頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
それを受けて、今度はタイガースの子どもが声を張り上げた。
「気をつけえ! 中州ホークスさんに、礼!」
タイガースの子どもたちが一斉に頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
それを受けたホークスは
「グラウンドに、礼!」
の声とともに、また一斉に頭を下げた。そうして、荷物を抱えながら、グラウンドに入ってきた。