るな 壱
連休が終わり、珠子が学校に行くと、日焼けしていることに驚かれた。
「少年野球? どこのチーム?」
川崎るなが、珠子の言った「少年野球」に反応した。
「田園タイガースだけど」
「ああ、タイガース。やったやった、わたしの頃はけっこう弱かったけどね」
るなはソフトボール部。小学生の頃は少年野球をやっていて、中学でも部活は野球部だったらしい。
「今度の日曜もあるよね?」
「なにが?」
「少年野球」
「あるけど」
「じゃあ、わたしも行ってみよかな」
え?
「うちの部活、ユルくてさあ。日曜は練習ないんだよね。かろうじて土曜はあるんだけど、日曜、ヒマでさ」
あたし、日曜は行かないよ。
「第三公園だったよね、練習場所。何時に行けばいい?」
「八時集合だけど」
「じゃあ、それまでには顔出すわ」
ええー、じゃあ、あたしも出なきゃいけないじゃない。
るなはショートヘアをちょっと揺らして、ふふっと笑った。
「そう言えば、タイガースに元町っていたんだよね」
「元町って、元町悠一郎?」
「そうそう、下はそんな名前」
「中学いっしょだったよ。元町がどうかした?」
るながふふんと笑った。
「あいつからホームラン何本か打ったことあるんだ、わたし」
結局、珠子は日曜日、大翔といっしょにタイガースに行くことにした。
「お姉ちゃん、今日、用事あるって言ってなかった?」
「うるさいわねー。あったけど、なくなったの!」
せっかく久々にひとりの時間を楽しみたいと思ってたのに。るなのおかげで、まったくもう。
第三公園に着くと、すでにるなの姿があった。
「珠子ぉ、おそーい!」
いやいや、そっちが早すぎるんでしょ。
るなは練習用ユニフォームに身を固めて、バッグを肩からかけ、バットまで持ってきている。様になっていて、カッコよかった。
「おー、少年! 君が大翔くん?」
るなは中腰になって、大翔の頭を撫でた。
「おはようございます」
大翔がるなをまっすぐ見て、返事する。この子、あたしと同い年くらいの女の子に物怖じしない。慣れてるからね。
「ちゃんと挨拶できるじゃない。りっぱりっぱ。わたしはね、川崎るな。お姉ちゃんの友だちだよ。よろしくね」
見慣れない女子高生がまたひとり現れたことで、コーチのお父さん連中がどよめいた。
「こりゃまた、珠子ちゃん、えらい別嬪さん連れてきたもんやなあ」
新在家がアケスケな言い方をした。
確かに、るなって、ちょっといないほどの美人だ。それも深窓系ではなくって、元気ハツラツ系だから、近寄りがたい雰囲気はどこにもなくって、いつも誰かに囲まれてる感がある。でも、なに? お父さん方のこの反応は? つい先週まで、珠子ちゃん珠子ちゃんって言ってたくせに。
梅田監督が来た。
「なんだ、川崎じゃん」
「監督、お久しぶりです」
るなが笑顔を監督に向けた。
るなって、監督知ってるの?
「川崎? ホエールズの? あの川崎?」
新在家が素っ頓狂な声を上げた。るながにこやかな表情を新在家に向けた。
新在家コーチも知ってるの?
「ひどいなあ、忘れられるなんて」
「おまえには、ほんっとう、よく打たれたよなあ」
「タイガースさんには、ずいぶん勝たせてもらいました」
るなが屈託のない笑顔を見せた。
「どれ、高校生になった川崎が、どんなもんか見せてもらおか」
子どもたちの練習がひと段落したところで、新在家がミットを構えた。
「ボール、M球でいいですか」
「なんでもええ」
「マウンド、近いですけど、いいですか?」
「かまへん、かまへん」
「じゃあ」
るなが振りかぶった。大きく左足が上がる。ぐんっとお尻が向けられ、左足が大きく前に踏み出された。長身ということもあって、すごく近くに感じる。
ぶんっ!
しなるように腕が振られた。
ずっぱあーん!
「すっんげぇ」
子どもたちから、どよめきが上がった。
「南中のWエースの一人だからな」
梅田が落ち着いた口調で言った。
「南中って、県大会でベスト4まで行った?」
三宮が口を挟んだ。
「そう、タイガースのみんなで見に行ったでしょ。あのときの女ピッチャーがあれ」
「あの子だったんだ」
お母さん含め、話がどんどん広がってゆく。るなのピッチングはますます凄みを増した。
「変化球行こか」
「コーチ、大丈夫ですか?」
「任せんかいな」
「じゃあ、カーブ行きまあす」
ぶんっ!
「うおっ」
ボールが大きく逸れた。新在家コーチが捕れない。
「コーチィ、大丈夫ですかあ?」
「軌道見ただけやがな」
るなが少しへらへらしたかおで「ほな、もいっかいカーブ行きまーす」と言って、振りかぶった。
ぶんっ!
ボールがググッと落ちてゆく。新在家は全身でそれを止めた。
「おー、ナイスキャッチ!」
るなが帽子のツバに手を当てて、満面の笑みを見せた。
「さすがですね、コーチ。高校のソフトボール部じゃあ捕ってくれる人いないもの」
「ほな、バンバン行こかあ」
新在家は、嬉しそう。しばらく、るなの凄い投球が続いた。
「新在家さん、そろそろ始めます」
監督が子どもたちに集合をかけた。