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合宿 壱

 八月最初の金、土、日、タイガースの夏合宿があった。

 お父さんに見送られ、マンションを出た珠子と大翔は、揃いのユニフォーム姿で第三公園まで行った。既に大きな観光バスが横づけされ、荷物の積込みを始めているところだった。

 行き先は、隣県の、とある湖畔。

 元町代表、梅田監督はじめ、コーチのほとんどと、十人ほどのお母さんが帯同する。

 異色は、やっぱり、るなと珠子の女子高生二人。

 るなは、練習用の白いユニフォームに身を包んで現れた。大きなスポーツリュックを背負っている。


「夏休みの宿題は、もう終わった?」

 三宮ママがおもむろに聞いてきた。

 夏休み前に、でんにの宿題はハンパないから、覚悟してたほうがいいよと、さんざん脅かされたけど、実際はさほどでもなかった。それでも七月中に終えることはできず、昨日、やっと始末した。

「なんだ、でんにも甘くなったものね」

 と三宮ママが言ったのに対して、

「宿題なんて、お盆過ぎたら連絡網で回ってくるんだから、それ写せばいいのに」

 と杭瀬ママ。

「宿題、自分でやんなかったの? も、信じらんない」

「貴重な夏休み、お勉強ばっかりしても、ねえ、たまちゃん」

 終えた身からすれば、今回は三宮さんに一票、ですかね。

 ちなみに、るなは七月には終わらせたらしい。部活やってて、さすがとしか言えない。

「部活たって、練習時間、短かすぎなんだもん。だいたい、この合宿に来れちゃうんだよ。それで試合に勝てないとかって、当たり前だっちゅうの。わたしの代なったら、絶対に変えてやるから!」


 バスはユニフォーム姿の子どもたちを乗せて、出発した。多くのお父さん、お母さんに見送られながら。途中、高速道路のトイレ休憩で、ユニフォーム姿のまま、パーキングエリアをうろうろすると、いろいろな人たちから奇異な目で見られて、けっこう恥ずいものがあった。

「タイガースがいる、タイガースがいる」

「あの人、女の人だよ、なんでタイガースの格好してるの?」

 子どもが珠子を指さして、大きな声を出したのには閉口させられた。


 お昼過ぎには、合宿所に着いた。

 そこでお昼をいただいた後、宿のマイクロバスを借りて、今度はグラウンドに向かう。

 ふだん使っているグラウンドより、よっぽど広い。準備体操を終えると、さっそく守備練習が始まった。AチームとBチームに分かれて、広いグラウンドを存分に使える。

 それにしても。

 大翔は、相変わらず下手だ。外野フライがようやく捕れるようになってきたが、それでも目測を誤ってバンザイしたり、グラブの土手でボールを弾いたりする。

 それからすれば、同じ三年生でも、九条君や千尋ちゃんはとても上手だ。特に千尋ちゃんは身体がとても小さいだけに、プレイは際立って見える。

「はいっ」

 ショートにゴロが行くと、甲高い声とともに、小さな女の子がことも無げにボールを捕る。そして、流れるような足の運びで、「ひとおーつ」と声を出して送球する。ボールは一塁手の胸のあたりに投げられるから、捕り損ねることもない。小さな女の子のプレイを見ながら、珠子もその動きをまねてみようと思った。それで、ノックに混ぜてもらった。


「ボールが捕れる場所に合わせて、体を持ってゆくのよ」

 ボールを捕るコツは? と尋ねた珠子に、千尋はすかさず答えた。

 なるほど、彼女を見ていると、バウンドに合わせ、前に出て、ボールを捕りに行っている。

 下手な子は、ボールが来るのを待っている。待っていると、途中でバウンドが変わったりすることもあるし、待っている場所に来たボールが捕りやすい高さとも限らない。だから、エラーにもつながるし、動きがギクシャクしたりする。

「前に出たほうが、投げる距離も短くなるから、思ったところにちゃんと投げられるでしょう」

 千尋ちゃんはそうも言った。確かにそうだった。短い距離なら、無理して投げなくていいから、コントロールをつけやすい。

「珠子ちゃん、左右に振るでえ」

 ノッカーの新在家コーチがそう言って珠子の左に転がした。

「回り込んで、回り込んで」

 千尋の言うとおり、少し後ろから弧を描くようにボールに入る。腰を屈めて、バウンドに合わせてグラブを出す。しっかり両手で捕ってから、走りながらグラブからボールを取り出し、スナップを効かせてサイドから投げる。キャッチャー役の九条コーチのミットにきれいに収まった。

「今津コーチ、とってもお上手ぅ!」

 千尋が手を叩いた。珠子の表情が緩んだ。

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